盛岡七夕祭りとその周辺情報ついて

盛岡の夏祭り、と言えば、毎年8/1〜8/4に開催される【盛岡さんさ踊り】が比較的有名ですが、【盛岡さんさ踊り】に関しては、去年も紹介したので、今回は【盛岡七夕祭り】を紹介したいと思います。

 ●現在開催中の「盛岡さんさ踊り」について(2011/08/02):http://msystm.co.jp/blog/20110802.html


【盛岡七夕祭り】も、実は他の社員が過去に紹介しているのですが、今回は拡大バージョンとして周辺情報も紹介したいと思います。

 ●盛岡の夏祭り(2011/08/11):http://msystm.co.jp/blog/20110811.html



【盛岡七夕祭り】は、盛岡市の中心部から南東に約500m、盛岡駅からは約2km離れた所にある【肴町】商店街で、毎年8/4〜8/7にかけて行われるイベントになります。

ちなみに、弊社盛岡事業所からですと、約1.2km、歩いて15分位の距離になります。(地図の赤線部分になります)



【肴町】商店街は、盛岡で唯一のアーケード商店街で、全長約350mの中に、生活雑貨から食料品、衣類等、あらゆる物を販売していますが、現在では、悲しいことに、地方商店街の典型で【シャッター通り】化してきているようです。東京で言うと、【武蔵小山商店街】に似た雰囲気のあった場所です。


この近辺は、子供の頃の、私達の【縄張り】で・・・と言うか小学校、および中学校の【学区】でしたので、今でも私の同級生が沢山住んでいます。

私が小さい頃は、ちょうど【肴町商店街】の入り口に、盛岡で、と言うか岩手県で最大の百貨店【カワトク】があり(写真左側)、いつでも人どおりが多く、とても賑わっていました。

しかし、その【カワトク】も何故か別の場所に移ってしまい、さらに跡地に入居した百貨店【中三】も、東日本大震災の影響により発生したガス爆発事故を契機に破綻してしまい、未だに空きビルと化している状況です。

【肴町商店街】にとっては、まさに「踏んだり蹴ったり」、「泣きっ面に蜂」状態が続いています。

この【肴町商店街】ですが、もともとは江戸時代、商店街の名前が現しているように、鮮魚や乾物を取り扱う商人が住む町で、本当に昔から盛岡で一番栄えていた町になります。

上図地図を見て頂けると、良くお分かりになると思いますが、地図の赤線の部分が【肴町商店街】で、青線の部分が、【盛岡八幡宮】の旧参道になります。


ちょうど、【盛岡城】と【盛岡八幡宮】に挟まれた場所に位置していますので、商店街の地理的条件としては最高だったと思われます。


【盛岡八幡宮】は、康平5年(1062年)に創建され、【前九年合戦】時、【源 頼義】が戦勝祈願した事が始まりとされていますが、その後、南部氏が【盛岡城】築城の際、鎮守社として再建され現在に至っています。

また青線の【盛岡八幡宮】参道付近は、盛岡随一の【花街】だったので、江戸時代から、私の子供の頃までは、お茶屋さんや料亭等が数多く存在していましたが、今は見る影もありません。

【盛岡八幡宮】の左下付近は、盛岡に、二つ存在する寺院街の一つ【大慈寺町】となっています。

盛岡城】に近いので、南部藩菩提寺かと思いきや、南部藩菩提寺は、もう一箇所の寺院街である【北山】にあります。【北山】には、過去に紹介した【報恩時五百羅漢】も存在します。

 ●報恩寺五百羅漢について(2012/05/31):http://msystm.co.jp/blog/20120531.html


大慈寺】は、1673年(寛文13年)に創建された黄檗宗(おうばくしゅう)の寺院で、明治17年(1844年)の火災で一度焼失しましたが、その後再建されています。また【大慈寺】は、大正時代に内閣総理大臣を務め、その後に暗殺された【原 敬】の墓所となっています。【原 敬】は、日本発の【平民宰相】として有名でした。

大慈寺】の山門は、明治38年(1905年)に建てられた【竜宮門】と呼ばれる【楼門】で、下層が土壁で、端部を曲線で仕上げられた、中国など大陸でよく見られる形式になっています。【大慈寺】は、現在 盛岡市の保存建造物に指定され、境内を含む周囲一帯は環境保護地区となっています。



また、【大慈寺】の目の前には【青龍水(せいりゅうすい)】と言う湧水があります。この【青龍水】は、別の湧水【大慈清水(だいじしみず)】と【御田屋清水(おたやしみず)】と合わせて【盛岡三清水】と呼ばれています。何だか【盛岡三大麺】みたいです。
【青龍水】は、前述の【大慈寺】と隣の【祇陀寺(ぎだじ)】に水源があり、現在でも明治期に造られた木管を通して水場まで水を引いています。
水槽は4段に分かれていて、1段目が飲料水、2段目が米研ぎ、3段目が洗い物、4段目が足洗いと決められています。現在でも管理組合が存在し、ちゃんと管理、利用されています。

ちなみに、【青龍水】と【大慈清水】は、【平成の名水百選】に指定されています。

【御田屋清水】は、もともとは、城下第一級の【清水】として、南部藩の大奥や茶道用の水として用いられていたそうですが、水源が枯渇してしまいました。しかし、その後、付近の工事中に、偶然過去の水脈を掘り当てたので、盛岡市が整備をして、現在で復活したそうですが、その関係で【名水百選】から漏れてしまったのかもしれません。

ちなみに、【青龍水】と【大慈清水】は、場所が近いのですが、この近辺には、昔から水を使う商店が多く、今でも豆腐屋蕎麦屋、造り酒屋が数多く存在しています。

この近辺ですと、【よしみ庵】と言う蕎麦屋が美味しいですし、【あさ開】と言う作り酒屋では、観光バスも来るほど旨い酒を造っています。


以上が、私の【縄張り】の説明ではなく、【盛岡七夕祭り】が開催される【肴町商店街】、およびその近辺の紹介になります。

本当に、この近辺は、子供の頃からの私達【悪がき】の遊び場で、【盛岡八幡宮】では、今では禁止されていますが、野球、缶けり、肝試しと、色んな遊びをしました。あと【盛岡八幡宮】では、過去に紹介した【裸参り】なども開催されています。

 ●盛岡の「裸参り」について(2012/01/04):http://msystm.co.jp/blog/20120104.html

大慈寺】近辺も、当然【肝試し】には最適です(笑)。ちなみに【祇陀寺】は、私の菩提寺です。

もしも、【盛岡さんさ踊り】見物で盛岡を訪れたら、【肴町商店街】と【大慈寺】近辺の散策をお勧めします。


以上