岩手の食材 - そこそこ美味しい物ばかり 果物(その2)

 今回のブログは、前回に引き続き、岩手の食材、果物に関する話題の第2弾を紹介します。

 

前回は、岩手県を代表する果物として、「りんご」、「ブルーベリー」、そして「さくらんぼ」を紹介しました。

 

★過去ブログ:岩手の食材 - そこそこ美味しい物ばかり 果物(その1) 20190824.html

 

まあ、「さくらんぼ」は、それ程、岩手を代表する果物ではありませんが、たまたま行った「さくらんぼ狩り」が楽しかったので、果物ついでに紹介した次第です。

 

実際、「さくらんぼ」の収穫量に関しては、山形県が断トツのトップで14,500トン、以下、北海道、山梨県となっており、岩手県など全く話になりません。

 

・第1位 :山形県、14,500トン

・第2位:北海道、 1,520トン

・第3位:山梨県、 1,170トン

・第10位:岩手県、   29トン

 

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前回ブログの最後に、岩手県の農産物と言うか、土地や気候が影響し、余り農産業は盛んでは無いと伝えましたが、まさにその通り、数字で見ると明らかです。

 

岩手県の農業産出額は、2015年で約2,494億円、全国に占める割合は、たったの2.8%程度しかありません。

 

しかし、それでも全国の順位で見ると、何故か11位なのです。

 

その理由はと言うと、やはり北海道の存在は非常に大きく、北海道の農業産出額は11,852億円で、ずっ~と1位になっています。

 

つまり、北海道以外の県は、それほど差がなく、「どんぐりの背比べ」状態になっている事が明らかです。

 

そんな状態の農産業ですが、今回は、次の3種類を紹介したいと思います。

 

  • すいか
  • なし
  • いちご

 

 

今回紹介する果物も、それほど収穫量が多い果物ではありませんが、農家の方は、頑張っています。

 

また、今回も、これらの情報と合わせて、果物狩りが出来る場所の情報も紹介したいと思います。

 

それでは今回も宜しくお願いします。

 

 

 

■すいか

 今回、最初に紹介する果物は「すいか」です。

 

「すいか」は、ご存知の通り「ウリ科スイカ属」に属する植物で、和名「西瓜」、英語名「Watermelon」と呼ばれています。

 

和名「西瓜」は、鎌倉時代に中国から日本に伝播した「唐音(とうおん)」と言う「字音」と言われています。

 

「字音」とは、漢字の発音が、日本語化した音のことです。

 

中国語で「西」を「シー」、「瓜」を「グァ」と言いますから、本来は「シーグァ」だった呼び方が、日本語化して「スイカ」になったと想像されています。

 

そして、呼び名と同様「すいか」も、記録が無いので何時かは定かではありませんが、室町時代(14世紀)以降、中国から日本にもたらされたと考えられているようです。

 

「すいか」自体は、紀元前5000年頃には、既に南アフリカで栽培されており、紀元前3000年頃のエジプトでも栽培が行われていたそうです。

 

その後、10世紀頃には中国に伝わり、「西方から伝わった瓜」と言う事で、中国でも「西瓜」と呼ばれています。

 

また、日本にもたらされた説としては、上記、室町時代と言う説以外、次の様な渡来説もあるようです。

 

安土桃山時代となる天正7年(1579年)、ポルトガル人が長崎に「すいか」の種を持ち込んだ。

・江戸時代となる慶安年間(1648~1652年)、「隠元禅師」が、中国(明朝)から種を持ち込んだ。

・江戸時代となる寛永年間(1624~1645年)、中国から種が持ち込まれた。(農業全書)

 

要は、何時から日本で食べられ始めたのかは明らかにはなっていないようですが、全国的に広まったのは、江戸時代後期とされているようです。

  

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「すいか」と言うと、前述の画像を直ぐに思い浮かべますが、結構、種類があります。

 

項番

品種

説明

1

大玉すいか

一般的なスイカ。主な種類は、縞王、富士光、早生日章、甘泉、祭ばやし等。 重さは平均3~5k

2

小玉すいか

1.5~3kgと小ぶり。外見や味は大玉と同等。主な種類は、紅小玉、ひとりじめ、姫甘泉、等

3

黄色すいか

果皮が緑で果肉が黄色。別名「クリームスイカ」。種類は、おつきさま、おおとり、ひまわり等

4

マダーボール

ラグビーボールのような楕円形。2~4kgの小玉。種類は、姫まくら、紅まくら、黒美人、等

5

でんすけすいか

深緑色の表皮を持つ変わったスイカ。高級スイカ。類似品に「ダイナマイトスイカ」がある。

6

角型すいか

四角スイカと三角スイカ。観賞用で味は良くない。他に「人面スイカ」もある。

7

太陽すいか

果皮が黄色く果肉が赤色。糖度12度程度。大玉7kg程度。種類は、金のたまご、愛娘ひなた等

8

入善ジャンボ西瓜

富山県入善町産の楕円形の巨大スイカ。重さが15~20kg。別名「たわらすいか」

9

種なしすいか

戦後日本で開発。生産が面倒で甘味が少ないため普及せず。糖度が高い品種が開発された。

 

 「何だ ! たったの9種類か !!」と思うかもしれませんが、実は、例えば上表の「大玉すいか」と言う品種の中には、表中にも記載していますが、更に次のような種類があります。

 

→ 祭ばやし、祭ばやし777、縞無双、必勝、春のだんらん、夏のだんらん、竜宝、暁ひかり、日章、翠章、貴ひかり、富士光、マイティー21、朝ひかりSR、サマーキッズ、甘泉、甘喜、甘湧、夏まくら、キャノンボール、月美人、バルビレッジイカ、アイスクリーム

 

そして、当然、その他の品種にも、様々な品種があるので、「さくらんぼ」の様に、何千種類とまでは行かないにしても、それなりの種類、150種類くらいはあるようです。

 

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そして、肝心の岩手県ですが・・・実は、それほどの収穫量は無く、ベスト10どころかトップ30にも入りません。済みません。

 

 日本国内における「すいか」の収穫量のベスト3は、次のとおりとなっています。(2017年)

・第1位    : 熊本県       47,000トン

・第2位    : 千葉県       39,000トン

・第3位    : 山形県       32,200トン

 

以下、鳥取県、長野県、新潟県・・・と続き、約33万トンの収穫があるそうです。

 

また、余り気が付かないと思いますが、海外からも「すいか」を輸入しており、そのほとんど全てを、次の3カ国から輸入しているそうです。

・第1位   : アメリカ 141トン

・第2位   : 韓国     82トン

・第3位   : メキシコ 43トン

 

 しかし、この季節、スーパー等で沢山「すいか」を販売していますが、アメリカ産とかメキシコ産の「すいか」など1回も見たこともありません。一体、誰が「輸入すいか」を食べているのでしょうか ?

 

アメリカ等は、「農産物の輸入を解禁しろ !」と、いつも騒いでいますが、こと「すいか」になると、事情は違うようです。

 

そもそも、国産の「すいか」自体、その大きさや重さの割には、それほど高価な果物ではありません。まあ中には1個、1万円の「すいか」もありますが・・

 

つまり、アメリカとしても、重くてかさばり、なおかつ安い「すいか」を、わざわざ輸送コストを掛けて輸出しても、全く割に合わないのだそうです。

 

さらに、品質自体が、国産の「すいか」には敵わないのだそうです。海外から日本に旅行で来た人が、日本の「すいか」を食べると、その甘さに驚くと言われています。

 

このため、海外から輸入した「すいか」に関しては、そのまま食用に流通する事は皆無で、ほぼ全てが加工用として使用されているのだそうです。

 

ちなみに、世界的に見ると、「すいか」の収穫量世界一は、何と言っても中国がダントツの1位のようです。参考までにベスト3を掲載します。(2016年)

 

・第1位   : 中国     117,000,000トン

・第2位   : トルコ     4,044,184トン

・第3位   :イラン      3,800,000トン

 

中国は、本当に桁違いで、これは、全世界の収穫量の約80%を占めるそうです。恐るべし中国 !!

 

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 あと、これは余談ですが、その中国の江蘇省丹陽市では、2011年に「すいか爆発事件」なる事案が発生し、大量の「すいか」が爆発してしまったので、地元当局が、特別チームを編成して調査を行ったそうですが、原因不明となってしまったそうです。

 

「すいか」は、大雨等の影響で、内部にガスが溜まる事があり、その内圧で自然に爆発が起こる事があるそうです。

 

しかし、中国の「すいか爆発事件」では、「NCAF」と言うアメリカで開発された「膨張促進剤」の使い方を間違えて、やはり収穫直前に使用したため、「すいか」内部の圧力が不均衡になり爆発したと考えられているようです。

 

この「NCAF」は、過去には日本でも使われていた薬物ですが、この薬を使うと、形が崩れたり、腐りやすくなったりするので、現在では日本では使われていないそうです。

 

この薬、何か非常にヤバそうな薬のように思えますが、人体に対する影響への報告は無く、植物ホルモンと人体に影響があるホルモンは系統が違うので、人体に影響を与える可能性は低と考えられ、現在のところも副作用の報告も無いそうです。

 

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 ところで、余り「すいか」生産が盛んでは無い岩手県ですが、滝沢市には「滝沢すいか」と言う「ブランドすいか」があります。

 

滝沢市は、盛岡市の北西に位置し、かつては人口5万人を超える「日本一大きな村」として有名だったのですが、いつの間にか「市」に昇格してしまっていました。

 

岩手県では、唯一、この滝沢市が、「すいか」の名産地となっています。

 

滝沢市は、岩手山の南東にあり、市街地は、この岩手山山麓になっています。

 

 そのため、「すいか」の栽培に適した火山灰を含んだ土壌があるのと、昼夜の寒暖差が激しい気候の中で育った「滝沢スイカ」は、糖度が高く、シャリシャリとした歯触りとみずみずしさが特徴となっているそうです。

 

滝沢市「すいか」栽培の歴史は古く、滝沢市「すいか」栽培が始まったのは、昭和30~40年代頃と言われています。

 

左の画像は、滝沢市に設置されている「盛岡ガス」のガスタンクです。

 

 この「ガスタンク」、実は二代目で、初代は2015年に、老朽化のために解体されてしまったそうです。

 

そして、この解体方法が、「りんごの皮むき」として一躍有名になり、SNSなどでも取り上げられ、「滝沢すいか」と共に拡散されたそうです。

 

しかし、滝沢市民は、どんだけ「すいか」が好きなんでしょうかね ?

 

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ここで、夏の風物詩として有名な「すいか割り」について、ちょっと調べたので、その調査結果を報告します。

 

 が・・・皆さん、「すいか割り」にルールがある事はご存知ですか ?

 

何と! 日本には、「日本すいか割り協会(JSWA:Japan Suika-Wari Association)」と言う協会があり、この協会が、平成3年(1991年)に公式ルールを定めていたようです。

 

そのルールを紹介すると、次の様なルールになっているそうです。

 

項目

決まり

距離

イカと競技者の距離は9m15cm。

直径5cm以内、長さ1m20cm以内。

目隠し用手拭い

JSWA公認手拭い、目隠し後は確認のため眼の前に1万円札を落として確認する。

使用するスイカ

良く熟した国産スイカ。輸入スイカは認められない。

制限時間

3分

判定

割れたスイカの断面の美しさによって審判員が判定する。

その他

審判員は、その年にスイカを10個以上食べている必要がある。

 

何とも、凄い公式ルールですが・・・これは、「JA(農業共同組合)」が企画したスイカの販売キャンペーンのための協会で、現在では存在しないようです。

 

ちなみに、このルールは、「日本すいか割り協会版」のルールなのですが、このルールとは別に、山形県のJAみちのく村山が策定した「日本すいか割り推進協会認定版」のルールもあります。

 

そして、こちらのルールには、競技開始時に、フォーメーションローリング(回転)の回数まで定義されており、そこには「右回りで5回と2/3回転」する事まで決められていますが・・・まあ、「すいか割り」は、楽しく、怪我をせず、周りに迷惑を掛けなければ、何でも良いと思います。

 

そして、「すいか割り」の起源ですが、これは諸説入り乱れているようです。

 

 ・豊臣秀吉安土城建築の時に場を盛り上げるために始めた

佐々木小次郎の頭をスイカに見立て、その怨霊を静めたという伝説が発祥

・スイカの豊作を占うアフリカの風習が伝わった

・海の神にスイカを捧げ、海運と漁業、遊泳の安全の願いが込められた

・戦いの前に生きた人間を砂に埋めて頭を叩き割る事で戦勝を祈願した

 

等など、沢山の起源説があるようですが、中でも最後の「頭を叩き割る戦勝祈願儀式」は、中国で行われていた儀式なのですが、それを「三国志」で有名な「諸葛亮(孔明)」が、儀式が残酷過ぎるとして、人の代わりに「すいか」を使ったのが始まりと言う説があり、この説が、一番信憑性が高いとされているようです。

 

しかし、これも、まあ、どうでも良いと言えば、どうでも良い話ですので、トリビアとして頭の片隅にでも入れておいて下さい。

 

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「すいか」の最後に、「すいか狩り」の情報を紹介したいと思ったのですが・・・そもそも「すいか狩り」と言うイベント自体があるとは思いもよりませんでした。

 

「すいか狩り」とは、これまで紹介した「さくらんぼ狩り」、「りんご狩り」、そして「ブルーベリー狩り」とは全く異なり、「すいか」が食べ放題になる仕組みでは無いようです。

 

残念ながら、岩手県内には「すいか狩り」を体験できる施設は存在しないようですが、他県にある施設の情報によると、次のような仕組みになっています。

 

・入園料650円(大人)を支払う

・800円を支払う事で、すいか1個を獲得できる

 

と言う様な仕組みで、つまりは、入園料とすいか代金を支払って、自分が好きな「すいか」を1個獲得する事が出来るのだそうです。

 

まあ、「すいか」を食べ放題にしても、普通の人は、すいか1個丸ごと食べるのは無理だと思いますので、このような「すいか収穫体験」が、まともな「すいか狩り」なのかもしれませんね。

 

でも、1,450円払って「すいか」を獲得するなら、スーパーで「すいか」を買っても同じ様な感じもしますが・・・この施設の場合、大きい「すいか」の場合、1個で10kgの大物もあるとの事ですから、お買い得なのかもしれません。

 

 

 

■なし

 さて、次は「なし」を紹介しますが、「なし」も、前回紹介した「さくらんぼ」や「りんご」と同じ「バラ科」の植物です。

 

皆さん、「なし」には、「(和/日本)なし」と「西洋なし」の2種類がある事はご存知だと思いますが、もう1種類「中国なし」と言う種類があることは知っていますか ?

 

一般的に「なし」と言うと、「和なし」、あるいは「日本なし」を指しています。(本ブログでは「和なし」採用)

 

しかし、この「和なし」も、元々は、原産地は中国の「なし」なのですが、この中国原産の「なし」」が日本に渡った後、日本に自生する「ヤマナシ」と掛け合わせた生まれた栽培品種となっています。

 

 それに対して「中国なし」は、中国原産の「ホクシヤマナシ」と言う「なし」を栽培したものとなっており、次のような複数の種類があるそうです。

 

→ 身不知(別名:千両)、鴨梨(ヤーリー)、慈梨(ツーリー、別名:莱陽慈梨)、紅梨(ホンリー)

 

19世紀以降、日本にも「中国なし」が持ち込まれたのですが、あまり人気が出ず普及しなかったようです。

 

現在でも、北海道、青森県、長野県、および岡山県で、ひっそりと栽培され、主に加工食品やお菓子の原料等として使われているようです。

 

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 そして、皆さんご存知の「西洋なし」、別名「洋なし」ですが、こちらはヨーロッパが原産となっています。(本ブログでは「西洋なし」採用)

 

まあ、名前が「西洋なし」ですから、そのものズバリですよね。

 

この「西洋なし」、起源は中国、あるいは西アジア一帯とされ、その後、ヨーロッパに渡ったと考えられています。

 

「西洋なし」の栽培の歴史は非常に古く、紀元前の古代ギリシア時代には、既に栽培が行われていたと考えられています。

 

また、紀元前の古代ローマ帝国の政治家の記述によると6種類の栽培品種があった事が、また、その後の帝政ローマ時代には、40種類もの品種が栽培されていた事が記録されているそうです。

 

その後、時代を経て、日本には、明治時代に持ち込まれたとされていますが、当初は、やはり気候が合わなかったので、山形県など、ごく一部の地域でしか栽培が行われなかったようです。

 

しかし、現在では、東北地方や信越地方などの寒冷地で栽培されるようになり、岩手県花巻市紫波町でも盛んに栽培されています。

 

そして、当初は、見た目が悪いので生食としては用いられず、加工用として栽培されていたのですが、1990年頃から、ようやく食用に栽培されるようになったのだそうです。

 

何か、私の子供時代、1960年代から1970年代にも、普通に、果物として食べていた覚えがありますが、これは産地に近かったからこそで、産地以外で食用になったのは、ここ20~30年位のようです。

 

これには驚きです。

 

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 さて、「なし」ですが、その語源は、江戸時代の学者「新井白石」が、「なし」の中心部ほど酸味が強い事から、『中酸(なす)』が転じて「なし」になったと記述していたそうです。

 

何かイマイチの説ですが、それ以外、次のような説があるようです。

 

・果肉が白いことから「中白(なかしろ)」あるいは「色なし」

・風があると実らないため「風なし」

・「甘し(あまし)」

・「性白実(ねしろみ)」

・漢語の「梨子(らいし)」が転じたもの

 

こちらも全部イマイチのような感じがします。

 

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さて、日本における「なし」は、これも歴史が非常に古く、弥生時代(紀元前10世紀~紀元3世紀)には、既に食用になっていたそうで、静岡県にある有名な「登呂遺跡」でも、多くの種子が見つかっているそうです。

 

そして、弥生時代以前の遺跡からは、全く「なし」が見つかっていないことから、弥生時代に、人の手により大陸から持ち込まれたと推測されているそうです。

 

 他方、文献に初めて「なし」が登場するのは「日本書記」で、飛鳥時代となる693年に行われた持統天皇による詔に、五穀の栽培を奨励する記述と共に、「なし」を含めた、その他の食物の栽培も奨励する記述があるそうです。

 

また、ちょっと脇に逸れますが、その昔、5世紀の中国の歴史書「洛陽伽藍記」には、重さ約6kgの巨大な「なし」があった事が記録されているそうです。

 

さらに、日本でも、江戸時代中期に編纂された辞書「和漢三才図会」には、落下した「なし」に当たって犬が死んだと言う「犬殺しのなし」の逸話が紹介されているそうです。

 

まあ、今でも「なし」は、結構ずっしりして重いですから、大きな「なし」があるなら、それが頭を直撃したらヤバい事態になるかもしれません。

 

 栃木県で栽培されている「にっこり」と言う品種は軽く1㎏を超えますし、群馬県の「冬将軍伝説」言う商標を持つ「なし」は、最大で3kg近くの巨大な「なし」になります。

 

右の画像を見ると、「冬将軍伝説」の巨大さが分かると思います。

 

赤ちゃんの頭と同じくらいの大きさですから、こんな巨大な「なし」が頭を直撃したら、当たり所が悪ければ、ホントに犬でも人間でも死んでしまうかもしれません。

 

ちなみに、「冬将軍伝説」とは、愛宕新雪、晩三吉(おくさんきち)と言う品種の「なし」の内、1個の重量が1.1kg以上の大きな梨を「冬将軍伝説」と呼んでいるそうです。

 

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さて、日本における「なし」の品種と言えば、「幸水」や「豊水」、ちょっと前だと「二十世紀」とかを思い浮かべると思います。

 

 「なし」が登場したのは、前述の通り、弥生時代とされていますが、、「なし」に品種名が付けられたのは、江戸時代中期となる享保20年(1735年)に行われた特産品調査以降となり、当時、既に1500種類もの品種が登録されていたそうです。

 

そして、その後、「なし」に対する品種改良が施されるようになったのは20世紀後半とされていますので、それまでは、現在の様に甘い「なし」は存在しなかったと考えられています。

 

明治時代に、「二十世紀(千葉県)」、および「長十郎(神奈川県)」と言う品種が発見されたのですが、戦後までは、「なし」と言えば「長十郎」で、全国の栽培面積の80%を占めるほどだったようです。

 

 そして、戦後になると「幸水(1959年)」、「新水(1965年)」、そして「豊水(1972年)」と言う3品種が生まれ、これら3品種が普及しだし、逆に「長十郎」の生産は激減したそうです。

 

ちなみに、この3種類の「なし」を、まとめて「三水」と呼んでいるそうです。

 

また、「和なし」には、大きく「赤梨」と「青梨」の2系統があるそうです。赤梨は「豊水」や「幸水」など果皮が茶色いもので、青梨は「二十世紀」のような果皮が緑色の梨です。

 

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ところで、岩手県では、花巻市紫波町で「なし」の栽培が盛んだと紹介しましたが、岩手県で盛んに栽培されているのは「西洋なし」です。

 

 「西洋なし」にも、次のような種類があります。

 

また、下表以外にも、シルバーベル、レッドバートレット、ドワイエネ・デュ・コミス、ブランデーワイン、バラード、エル・ドラド等の多くの品種があり、現在では4,000種類以上あると紹介されているそうです。

 

しかし、日本で栽培されているのは、希少品種を含めても20品種程度で、その中でも、約63%は「ラ・フランス」なのだそです。

 

項番

品種

説明

1

ラ・フランス

フランスが原産。1864年に発見された品種。平均サイズは200~250g

2

ル・レクチェ

フランス原産。重さは250~400g。熟すと果皮がきれいな黄色になる。

3

バートレット

イギリス原産。世界的生産量の多い品種。果重は250g前後。果皮は黄緑色。

4

オーロ

アメリカ/ニューヨーク州原産。1964年「オーロラ」と命名

5

ゼネラル・レクラーク

フランス原産。「コミス」自然交雑。サイズは平均500g熟すと黄色くなる。

6

マルゲリット・マリーラ

1874年にフランスで発見。重さが500g前後。熟すと果皮全体が黄色くなる。

 

ヨーロッパにおける「西洋なし」は、原産地から推測すると、何となく、フランスが生産量1位のような感じがしますが、生産量第1位は、何と「イタリア」で125万トンとなっているようです。

 

そして、第2位がフランスなのですが、生産量は、イタリアの足元にも及ばす40万トン・・・意外ですよね。

 

そして、片や日本ですが、「西洋なし」全体で見ると、次のような収穫量になっています。(2015年)

 

・第1位      :山形県、18,800トン

・第2位      :新潟県、 2,240トン

・第3位      :青森県、 1,850トン

 

収穫量1位はダントツで、山形県です。2005年までは、岩手県も第5位にランクインしていたようですが、現在では、長野県や福島県に抜かれてしまったようです。残念・・・

 

しかし! ここで無理矢理、「ラ・フランス」だけの栽培面積を調べて見ると次の通りとなっています。

 

・第1位      :山形県、766ha

・第2位      :長野県、 46ha

・第3位      :岩手県、 35ha

 

 となり、どうにか3位にランクインしています。苦し紛れの調査結果です。

 

そして、ラ・フランスの栽培が盛んな紫波町には、その名も「ラ・フランス温泉館」と言う温泉宿泊施設まで作ってしまったようです。

 

この温泉は、ちゃんとした天然温泉で、泉質はアルカリ性単純温泉(低張性アルカリ性温泉)なので、よく言う「ぬるっとした美人の湯」と呼ばれるたぐいの温泉のようです。

 

日帰りも700円程度で利用出来ますし、画像を見て分かるように、ウォータースライダーまで備えていますので、ファミリーでも楽しめそうです。

 

私は、まだ、ここを利用したことはないのですが、盛岡の実家からは30分程度で来れるので、何時かは利用したいと思っています。

 

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そして、最後に「梨狩り」の情報ですが・・・岩手県には、「梨狩り」を行っている果樹園は非常に少なく、恐らくは1軒だけ「マルシロ農園」という所だけだと思います。

 

但し、この農園の仕組みだと、入園料は無料のようですが、「もぎとり料金」を徴収するらしく、1kg当たり400円となっているようです。

 

【 マルシロ農園 】

・住所           :岩手県盛岡市川目第15地割149-3

・電話           :019-624-5978

・営業時間       :直接お問い合わせ下さい。

・営業期間       :9月中旬~10月中旬(梨狩り期間)

・定休日         :土・日曜日・祝日のみの営業です

・駐車場         :有り(台数不明)

・その他         :受入人数に制限有り

・URL(県観光協会) :https://iwatetabi.jp/spot/detail.spn.php?spot_id=1699

 

 

 

 

■いちご

 果物の最後は、みんなが大好きな「いちご」を紹介します。

 

「いちご」も、これまで紹介した果物と同様「バラ科」の多年草で、世界で流通している、ほぼ全ての「いちご」は、「バラ科オランダイチゴ属」の栽培品種です。

 

このため、「いちご」を大きく分類すると、「オランダイチゴ」と、「ヘビイチゴ」や「ノイチゴ」を含む「野イチゴ」になってしまうそうです。

 

「オランダイチゴ」は、18世紀のオランダで、北米産の「バージニアイチゴ」とチリ産の「チリイチゴ」の異種交配によって作られたとされています。

 

 このため、「いちご」の歴史としては、当然、「野イチゴ」の方が古く、スイスの「トゥワン遺跡」から出土した紀元前3830年頃のスープから、「いちご」の種が見つかっているそうです。

 

また、「いちご」栽培の歴史も古く、紀元前の古代ローマ帝国では、既に「いちご」が栽培されていたことが分かっています。

 

しかし、その後は、いくつかの品種が栽培されていた事は分かっていますが、前述の通り18世紀になるまでは、現在、皆が食べている「いちご」は登場しなかったようです。

 

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ところで、「いちご」の語源ですが・・・どうも明確には分かっていないようです。

 

 日本において「いちご」が登場したのは「日本書記」で、その中に「伊致寐姑(いちびこ)」と言う記述があり、これが「いちご」の原形と考えられているようです。

 

そして、次に、平安時代中期となる昌泰年間(898~901年))に編纂され、現存する最古の漢和辞典と言われる「新撰字鏡(しんせんじきょう)」には、「一比古(いちびこ)」とあるそうです。

 

その後は、日本現存最古の薬物辞典(本草書)とされ、平安時代中期となる延喜18年(918年)に編纂された「本草和名」、および同じく平安時代中期となる承平年間(931~938年)に編纂された辞書「和名類聚抄」に、「以知古」と言う記述があるそうです。

 

ちなみに、「和名類聚抄」には、「りんご」の事が、『 利宇古宇(りうこう/りうごう)』として紹介されている事は、前回ブログでも紹介した通りです。

 

また、「いちご」を表す漢字には、「苺」と「莓」がありますが、これは「異字体/異体字」と言って、旧字など、読み方や使用方法などが一緒で漢字の一部が異なる字体となります。

 

そして、「苺」と「莓」、どちらが正しいのかと言うと・・・どちらも間違いでは無いようです。

 

ちょっと難しいのですが、「苺」は本字で、「莓」の方が正字となってそうです。「じゃ、本字と正字って何が違うの ?」って事ですが、これも複雑で・・・

 

・本字 :略字や俗語に対して、その元となった本来の漢字。

正字 :用法が正しい文字。従来から正しいとされている文字。

 

何か、よく解りませんよね。で、結局、何が違うのかと言うと、次の様に使い分けているのだそうです。

 

・苺  :オランダイチゴ系、英語の「strawberry(ストロベリー)」

・莓  :野いちご系、英語の「berry(ベリー)」

 

しかし、この英語の「strawberry」と「berry」の違いも複雑で・・・「strawberry」は、「straw(藁:わら)」+「berry(果実)」なのですが、何故「藁」が付いたのかも分からないのだそうです。

 

その昔、「イチゴが藁に包まれて売られていた」とか、「イチゴは麦藁を敷いて育てられた」とか、様々な説があるそうです。

 

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さて、世界で流通している「いちご」は、「オランダイチゴ」であることは既に紹介した通りですが、それじゃ「いちご」の品種は1種類だけなのかと言うと、そんな事はありません。

 

皆さんも、「とちおとめ」とか「あまおう」とか、様々な品種があることはご存知だと思います。

 

「いちご」の登録品種は、ちょっと古いですが、農林水産省の品種登録データによると、2016年時点では258品種で、その内、登録維持されているのは129種類なのだそうです。

 

有名な品種としては、「とよのか」、「女峰」、「章姫」、「とちおとめ」、「あまおう」、「紅ほっぺ」・・・本当に、知っているだけでも沢山の品種がありますので、今回は、品種の紹介は割愛したいと思いまうす。

 

しかし、これらの「日本のいちご」に関しては、隣国の「大韓民国」で無断栽培されているという問題が起きています。

 

 現在、慰安婦や徴用工の件で、外交や経済で問題が起き、かの国では「日本品の不買運動」が起きているそうですが、それなら、これら「日本産のいちご」に関しても、今後、一切栽培しないでもらいたいものです。

 

「いちご」に関しては、国際法で「知的財産」となっているにも関わらず、知的財産を侵害して無断で栽培し、なおかつ栽培料も支払われてもいません。これでは、泥棒、盗人と同じです。

 

全く、かの国は、「日本に対しては何をやっても許される。」と思っているから、本当にタチが悪い国民です。まさに、「盗人猛々しい」とは、この民族の事を言うのではないでしょうか ?

 

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次に、「いちご」の収穫量ですが、これも、皆さん、ご存知のように、第1位は栃木県で、以降は、次の通りです。

 

・第1位      :栃木県、25,100トン、とちおとめ、女峰

・第2位      :福岡県、17,700トン、あまおう

・第3位      :熊本県、10,800トン、ひのしずく

 

 と言うことで、岩手県は、全く話になりません。

 

岩手県では、県南の一関市で「いちご」栽培が盛んなようで、「さちのか」と言う品種を中心にして栽培しているようです。

 

「さちのか」は、「とよのか」×「アイベリー」の交配種で、福岡県久留米市農林水産省野菜茶業試験場で育成された品種のようです。

 

この「さちのか」は、一般的な「冬春いちご」で、冬から春にかけて収穫される「いちご」です。

 

 しかし、現在では、「サマーベリー」と「北の輝」を交配した育苗と、「デコルージュ」と「Pajaro 」を交配した育苗の交配によって作った「なつあかり」と言う品種に力を入れているそうです。

 

この「なつあかり」は、「四季成り性」と呼ばれる夏~秋にかけて収穫される品種らしく、何と! 平成19年(2007年)に、岩手県で誕生した品種です。

 

しかし、栽培が難しいので、余り流通していないそうです。

 

「夏いちご」は、酸味が強く生食には適さないとされてきましたが、この「なつあかり」は、今までの価値観を覆すほど食味が優れる品種とされ、糖度測定で平均11以上を出せる品種は、知る限り、「なつあかり」以外に世の中に存在しないとまで言われているそうです。

 

今後は、この「なつあかり」を中心に、「いちご」栽培も盛んになってもらえればと思います。

 

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 それでは、最後に、「いちご狩り」が出来る果樹園を紹介しますが、これも、今年の春に、友達と行った果樹園を紹介します。

 

その場所は、「北上いちご園」と言う果樹園です。

 

東北道「北上江釣子IC」から約3㎞、国道4号線、通称:北上バイパスから、側道に逸れた場所にあります。ICからは、約5分程度です。

 

ちょっと分かり難い場所ですが、ゆっくり走れば大丈夫です。私も、ちょっと迷いましたが(笑)、大丈夫でした。

 

「いちご狩り」シーズンは、12~6月となっており、この果樹園では、次のような品種の「いちご」をン楽しむことができます。→ おいCベリー、紅ほっぺ、章姫、恋みのり

 

 その昔、子供達が、まだ小さい頃、栃木県の道の駅に併設されていた果樹園に「いちご狩り」に行った時は、地面に成っている「いちご」を取るので、中腰になるのが結構つらかったのを覚えています。

 

しかし、現在では、右図のように、立ったままいちご狩りができる高設栽培となっているので、非常に便利です。

 

今では、多くの果樹園が、このような高設栽培になっているようです。

 

昔は、「いちご農家は腰を痛める。」と言われていましたが、この栽培方法の方が、農家の方も楽に仕事が出来るそうです。

 

この果樹園は、予約制になっていますので、予約さえすれば安心して「いちご狩り」を楽しむ事ができます。(ネット予約可)

 

 また、ハウスになっていますので、雨が降っても大丈夫ですし、ハウス内には「いちご」を育てるために温風を送り続けていますので、冬でも暖かく快適でした。

 

逆に、コートを着たまま入ると暑いくらいですので、その点は気を付けた方が良いかもしれません。

 

あとは、「いちご」に付ける、練乳とチョコは無料ですし、お替り自由なところも嬉しいサービスです。

 

まあ、私は、チョコは付けませんでしたし、練乳も、最初こそ付けましたが、途中からは「飽きが来る」ので、そのまま食べていました。

 

時間は1回40分 なので、十分に食べることができますので安心して下さい。

 

前述の通り、4種類の「いちご」の食べ比べが出来るのですが、私としては「紅ほっぺ」が、一番美味しかった記憶があります。全ての種類は食べたのですが、途中からは、「紅ほっぺ」だけを食べていました。

 

また、「いちご狩り」終了後は、有料ですがコーヒーマシンがありますので、「お口直し」にコーヒーを飲むこともできます。

 

今年の「いちご狩り」は終了したので、来年、楽しいんでください。

 

【 北上いちご園 】

・住所     :岩手県北上市町分2-70

・電話     :「いちご狩り」期間中のみ掲載

・時間     :40分間

・料金     :12~翌1月:2,000円、2~5月:1,800円、5月~:1,500円(※変更可能性有)

・営業時間 :10~15時(最終受付14時20分)

・営業期間 :12月上中旬~翌5月下旬(予定)

・定休日   :味覚狩り期間中月曜、ほか不定休あり(7~11月は休業)

・駐車場   :有り(50台)、無料

・その他   :受入人数に制限有り

・URL      :http://kitakamistrawberrygarden.jp/index.html

 

 

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今回は、「岩手の食材 - そこそこ美味しい物ばかり」の第2弾として、次の果物の情報を紹介しましたが、如何でしたか ?

 

  • すいか
  • なし
  • いちご

 

 今回は、前回と合わせて、岩手県で栽培されている果物を紹介しましたが、当然、本ブログで紹介した以外の果物も栽培しています。

 

ぶどう、メロン、柿、栗、キウイ、すもも、後は珍しい果物として、山葡萄などもあります。

 

山葡萄は、県北となる久慈市などで盛んに栽培され、その多くはジャム、ジュース、そしてワインなどに加工されています。

 

特に、岩手県では、駅前デパート等のお土産品コーナーでは「やまぶどうジュース」が数多く売られているのを目にします。

 

ポリフェノールや鉄分が豊富と言われていますが・・・結構、酸味が強いので、私は苦手ですね。

 

前回の「りんご」の章で、盛岡市が、「りんご」購入量日本一である事を紹介しましたが、岩手県自体も、果物の消費量が日本一になっています。

 

 これは、やはり「りんご」の消費量が影響しており、「りんご」の消費量が多い県が、必然的に、果物の消費量が多くなっており、「りんご」の消費量が多い県と少ない県とでは、その差は3倍にもなるそうです。

 

まさに「地産地消」の典型例で、非常に良い事だと思います。

 

実は、私も「りんご」大好き人間で、1年中「りんご」を毎日食べています。

 

今は、「りんご」のオフシーズンなので、価格も高く1個200円もするのですが、そんな事は気にもせず毎日食べています。

 

「りんご」は、「1日にリンゴ1個で医者いらず」と言われる様に、次のような栄養成分を含んでいます。

 

カリウム      :血圧の低下、脳卒中の予防、骨密度の増加。

ペクチン      :消化を促進させ、胃酸のバランスを整える。アレルギー性疾患の予防にも有効。

カテキン      :抗酸化作用があり、高血圧やがん予防、老化抑制。

・ケルセチン    :動脈硬化やがん予防に有効。

 

 また、従来「リンゴ」は、皮をむいて食べるのが一般的でしたが、現在では、皮付近には、果肉以上に食物繊維やビタミンCなどの栄養素が詰まっていることが解かって来ましたので、「皮付き」で食べる事を推奨しています。

 

その昔は、「りんご」の栽培には、大量の農薬やワックスを使うので、皮は食べちゃダメ! なるべく皮を厚めにむいて食べる事を勧めていました。

 

事実、昔の「りんご」は、手で触るとワックスでテカテカして、「りんご」を触った後は、石鹸で手を洗わないと、いつまでもテカテカで大変だったのを覚えています。

 

しかし、現在では、ほとんどワックスは使っていないようです。

 

また、元々、「りんご」の表面には、「りんご」自身が出す「ろう物質」と呼ばれるものが付いています。

 

この「ろう物質」とは、天然ワックスとも呼ばれるパラフィンやアルコール、飽和脂肪酸からできている物質なので、身体には何の悪影響も無いそうです。

 

しかし、これは、あくまでも「国産りんご」だけの話で、外国産の「りんご」には、今でも艶を出すためにワックスを塗っているので要注意だそうです。

 

また、国産に関しても、今でも「りんご」に人工的にワックスを塗っているケースも若干残っているそうですが、これも、昔と比べると大分無害になっているので、神経質になって洗い流す必要も無いとの事です。

 

人口ワックスの成分は天然多糖類、タンパク質、動植物性油脂を混ぜて作られている場合が多いので、気になる人でも、軽く洗い流すだけで大丈夫なのだそうです。

 

「りんご」以外でも、「みかん」等の柑橘類にも、「シェラック樹皮」と言う天然物質を主成分にしたワックスを塗っているそうです。

 

しかし、「シェラック」は、ガムベースや光沢剤として、チューインガムやチョコレートなどに使われているので、こちらも食べても問題ありません。

 

つまり、国産の果物であれば、皮ごと食べても大丈夫とのことです。

 

私も、今では「りんご」を皮ごと食べています。皆さんも、是非「医者いらず」の「りんご」、特に岩手県産の「りんご」を食べてみて下さい。

 

それでは次回も宜しくお願いします。

 

以上

 

【 画像・情報提供先 】

Wikipedia(http://ja.wikipedia.org/)

・いわて食材倶楽部(https://www.iwate-syokuzaiclub.com/)

・果物ナビ(https://www.kudamononavi.com/)

国文学研究資料館(https://www.nijl.ac.jp/pages/cijproject/)

コトバンク(https://kotobank.jp/)

ウィクショナリー(https://ja.wiktionary.org/wiki/)

・食生活研究所 -食☆ラボ-(https://syoku-life-labo.com/)

 

IT業界を震撼させたメルトダウンとスペクター ~ OSは信頼出来るのか ?(その1)

 米国時間2018年1月3日、Intel製プロセッサに 深刻な脆弱性が発見されたとするとする報道がありました。

 

この脆弱性は、大きく「Meltdown(メルトダウン)」と「Spector(スペクター)と言う」2種類の脆弱性になります。

 

どちらも、プロセッサの根幹を成す処理の脆弱性のため、IT業界のみならず、全世界でニュース配信されました。気が付きましたか ?

 

そして、この報道を受け、Intel社は、急遽、次のようなプレスを発表したのですが、これが、また酷い内容で・・・

 

『 これらのシステム上の弱点(exploits)を「バグ」、「欠陥」と呼び、Intelプロダクト固有の問題だとする現在のメディアの報道は正しくない。

 

現在までの調査の結果が、多種類のコンピューティング・デバイス、つまり多数のベンダーが製造するプロセッサや複数のOSに共通してこの弱点が存在することが明らかになっている。 』

 

つまり、Intel社としては、『 この問題は、Intelだけの問題じゃない!! 』と言いたかったのだと思いますが、余計にヒンシュクを買う結果になってしまったそうです。

 

これら一連の報道を受け、多くの人は、「また、コンピューターの脆弱性が発見されたのか~ 早く治して欲しいな~」位の感じしか抱かなかったと思います。

 

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しかし、私は、このニュースを見た時、正直、『 あ~、この世は終わった!! 』と思いました。

 

少しでもコンピューターやCPUに関する知識があれば、これまでに何度も伝えられた「脆弱性」と、今回の「CPUの脆弱性」とは、全く次元が異なるものだと言う事が、直ぐに分かると思います。

 

まず、大きな違いとしては、これまでの脆弱性は「ソフトウェア」対する脆弱性であって、今回の脆弱性は「ハードウェア」に対する脆弱性である点が挙げられます。

 

そして、今回の「脆弱性」の原因が「CPU」に対する脆弱性と言う点が非常に重要です。

 

「CPU(Central Processing Unit:中央演算処理装置)」に関しては、以降の章で詳しく説明しますが、コンピューターの心臓とも頭脳とも呼ばれるハードウェアです。

 

 つまり、この「CPU」に脆弱性があると言う事は、悪意のある犯罪者集団が、この脆弱性を利用するマルウェアを開発し、コンピューターから機密情報を盗み出す事が出来てしまう事を意味します。

 

そして、現在、世界に流通しているCPUのほとんどは、IntelAMD、そしてARMと言う3社のメーカー製品となっており、今回の脆弱性は、この3社の製品に共通して存在しています。

 

このため、この脆弱性を攻撃するマルウェアを作成すれば、全世界のコンピューターの、ほぼ全てから機密情報を盗み出す事が可能となります。

 

以上の事が理由で、私が「あ~終わった」と思った事は理解して頂けたかと思います。

 

しかし、幸いにも、事件が発生してから1年以上経過しますが、まだ世界は安泰なようです。

 

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とは言いつつ、まだ安心は出来ません。何故なら、1年以上経過した現在でも、CPU供給メーカーが、脆弱性を修正出来ていないからです。

 

本当に、「何やってんだ!!」となるのですが、脆弱性が見つかった箇所の処理が、CPUの高速化処理の根幹を成す場所なので、そう簡単に修正できないと言う事情もあるようです。

 

ところが、この脆弱性、実は、今に始まった事ではなく、何と!!  20年以上前から解っていたと言う事実も明らかになっています。

 

つまり、CPUメーカーは、設計ミスがある事が解っていながら、その事実には目をつぶり、20年以上も利用者を欺いていた事になります。

 

私は、この事実を知った時、アメリカ政府を始め、各国政府は、どうしてCPUメーカーを犯罪者として処罰しないのかと不思議に思っていました。

 

今では、世界中の政府や軍隊が、コンピューターを利用しています。そのコンピューターに脆弱性がある事が解っているならば、早急に対応するのがメーカーとしての最低限の義務ではないかと思います。

 

そこで、本ブログでは、今回見つかったと言うか、その昔からCPUに存在していた脆弱性に関して、紹介内容を2回分けて次の情報を紹介します。

 

【 1回目 】

  • コンピューターの仕組み
  • CPUとは

 

【 2回目 】

 

初回は、主に、コンピューターの仕組みを説明する内容になってしまいますが、まずは、コンピューターが、どのような仕組みで動いているのかを理解しないと、今回発見された脆弱性が、どんなに危ないのかを理解出来ないと思います。

 

若干、小難しい話になってしまいますが、最後までお付き合い下さい。

 

それでは今回も宜しくお願いします。  

 

■コンピューターの仕組み

 

今回問題となったCPUの高速化処理に伴う脆弱性である「Meltdown(メルトダウン)」、および「Spector(スペクター)」の問題を取り上げる前に、まずは、コンピューターが、どのような仕組みでプログラムを動かしているのかを簡単に説明します。

 

 下方に掲載した図が、私が数十年前、会社に入社した当時に学んだ「コンピューターがプログラムを動かす仕組み」です。

 

まあ、私が学んだのは、「IBM/S370」全盛時代、俗に言うメインフレームと呼ばれるコンピューターの仕組みでした。

 

当時は、コンピューターと言えば、左図のような巨大なハードウェアを備えた「メインフレーム・コンピューター」を意味していました。

 

当然、「パーソナル・コンピューター」、つまりPCも存在していたのですが、こちらは希少品種というか、マニア、今で言う「オタク」の人しか持っていませんでした。

 

今では、結構、高性能なPCでも5万円程度で購入する事ができますが、、当時のPCは、性能は、現在よりかなり低かったのですが、それでも1台100万円近くの値段がしましたので、本当に「オタク」の人しか購入できませんでした。

 

 その後、1980年代になると、NECが「PC-9800」、俗に言う「PC98」の発売を開始し、日本の社会に、ようやくPCが流通し始める事になりますが・・・

 

この「PC98」は、日本で大ヒットしたPCと言われていますが、それでも、フル装備にすると40万円近くの費用が掛かる贅沢品でした。

 

当時の40万円ですから、現在以上の価値があったと思います。やはり、余程の「オタク」じゃないと購入出来ない代物です。

 

 そして、1995年になると、今では、もう伝説レベルの話になってしまいますが、Microsoft社が「Windows 95」を発売した事で、一気に、PCは一般家庭にも広がり始めます。

 

私も、この頃、初めて、今では「HP(ヒューレットパッカード)」に買収されてしまい会社は存在しませんが、「COMPAQ(コンパック)」社製のPCを購入したのを覚えています。

 

 当時も、モニタと装置は分離しているのが普通だったのですが、COMPAQは、モニタ一体型PCを発売し、「PC98」の牙城を崩し始めていました。

 

私は、NEC製のメインフレームが大嫌いでしたので、COMPAQ製のモニタ一体型PCを購入しました。

 

PCの価格も、だいぶ低価格にはなってきていましたが、10万円以上したような記憶があります。

 

その頃は、ようやくインターネットも電話回線で使えるようになってきましたので、このインターネットの普及もPCの流通拡大に、一役買っていたのだと思います。

 

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さて、そんな時代でしたが、私が覚えた「コンピューターの仕組み」は、次のような感じでした。

 

 

 

 (1)コンピューターには、「OS(Operating System)」と呼ばれるソフトウェアが組み込まれている。

(2)この「OS」がインストールされていないと、PCは「単なる邪魔で重たい箱」でしかない。

(3)PCの電源を入れると、最初に「OS」が稼働し、さらに「OS」内の「基本ソフトウェア」が処理を開始する。

(4)また、「基本ソフトウェア」の中でも、「カーネル(スーパーバイザー)」と言うソフトウェアが起動し、PC内の複数の処理(タスク)が処理を開始する事で、PCを使う事が出来るようになる。

(5)PCにインストールしている、「Word」や「Excel」等の「応用ソフトウェア」、俗に言う「アプリケーション(Application)」を起動すると、基本ソフトウェアの「タスク管理」が、「CPU(中央演算処理装置:Central Processing Unit)」に制御を渡し、プログラムを実行させる。

(6)CPUは、ファイルに格納されているプログラム情報を読み取り、PC内の「実メモリー(実記憶域)」にローディングする。

(7)ちなみに、メインフレームでは、JCL(Job Control Language)をJES(Job Entry Subsystem)が読み取って必要リソースの獲得/割振りを行った後、実記憶域にプログラムをローディングする事になる。

(8)ローディングされたプログラムは、実記憶域でプログラムに書かれた命令を逐次実行して行くことになるが、実記憶域の大きさには制限があるので、一度に沢山の命令を実行する事は不可能となっている。

(9)このため、OSでは、「仮想記憶域(Virtual Memory)」を多数作成し、ローディングしたアプリケーションの大部分を、この仮想記憶域で管理する事になる。

(10)CPUは、仮想記憶域にあるプログラムを、必要に応じて、ページ単位に実記憶域に配置(スワップ・イン)して、命令を実行して行く。(ページング処理)

(11)処理が終了した命令は、再び仮想記憶域に戻される事になる。(スワップ・アウト)

(12)プログラムが終了するまで、CPUは、スワップ・インとスワップ・アウトを繰り返しながら命令を実行して行く。

 

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と、まあ、大体、コンピューターの処理の仕方を、大雑把に説明すると、こんな感じになりますが、しかし、実際の処理の仕方は、こんなに単純ではなく、メチャクチャ複雑です。

 

 元々、私が、その昔に使用していた「メインフレーム」と言う汎用大型コンピューターは、現在の、ような「マイクロプロセッサ」が誕生する前に生まれた言葉です。

 

当時のコンピューターには、複数の「プロセッサ」が搭載され、かつ、これら「プロセッサ」が使用する多くの周辺機器がフレーム構造の枠の中に格納されていました。

 

そして、それら多くのフレームの内、CPUを格納する枠(フレーム)を、他の枠と区別して呼ぶために、「メインフレーム」と呼ぶようになったとされています。

 

それでは、次にコンピューターの心臓部とも言える「CPU」について、こちらも簡単に紹介します。

 

 

 

■CPUとは

 前章ではメインフレームにおけるOSの処理の仕方を説明したのですが、PCの世界でも、大体の流れは同じだと思っています。

 

そして、数あるOSの処理の中でも、重要な役目を果たすのが、「CPU」と言うハードウェアです。まあ、その他も全て重要ではありますが・・・

 

「CPU」とは何 ?  と思う人も多いと思いますが、別名「チップ」、あるいは「MPU(Micro Processing Unit)」とも呼ばれるハードウェアです。

 

この「チップ」の中には、各種演算処理や転送処理等を行うための大量の電子部品が組み込まれています。

 

そして、これら電子部品を繋ぐ回路(回線)も大量に組み込まれており、これら大量の回路を積み重ねて格納する事から「集積回路(IC:Integrated Circuit)」とも呼ばれています。

 

そして、さらに、これら大量の集積回路を集めたものを大規模集積回路(LSI:Large Scale Intelligence )と呼び、回路の線幅を細くする事で電子部品の集積率を向上させる事で処理能力を向上させて来ました。

 

他方、現在のCPUの主流は、記憶域にプログラムをローディングしてから命令を実行する「プログラム内蔵方式」と言う仕組みを採用しています。

 

この方式は、別名「ストアド・プログラム(Stored Program)方式」)とも呼ばれますが、この方式を最初に考案したのが、オーストリア出身の「ジョン・フォン・ノイマン(John von Neumann)」と言う人物です。

 

このため、この方式のコンピューターを「ノイマン型コンピューター」と呼び、さらに、彼を「コンピューターの父」と呼んで称えていますが・・・

 

彼は、俗に言う「マッド・サイエンティスト」系の学者とも言われております。

 

 彼は、上記の様に、コンピューターの原理を考案した優秀な科学者でもあり、さらに、アメリカの核開発計画「マンハッタン計画」にも関わり、広島に投下された原爆「ファットマン」の開発でも重要な役割を果たしています。

 

そして、原爆の投下地点を決める際、「京都は、日本国民にとって深い文化的意義をもっている場所だから、京都に原爆を投下して殲滅すべきである。」と進言したとして、「マッド・サイエンティスト」の称号を得たとされています。

 

この件は、次の過去ブログでも紹介しています。

・岩手の先達 ~ 地味な岩手にも有名人 Vol.1(blog/20151219.html)

・AI(Artificial Intelligence) - その恐怖と現実 その2(20190209.html)

 

この事実は、コンピューターに関わる日本人としては、ちょっと残念に感じる部分でもありますが、「ジョン・フォン・ノイマン」が優秀だった事実は変わりありません。

 

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 これまでは、Microsoft社のWindows PCには、米Intel社のCPUが、ほぼ全てのPCに採用されてきました。

 

このため、Microsoft社とIntel社との関係は、「Win-tel」と呼ばれる程、密接な関係を築いて来ました。

 

皆さんも、TVで「インテル入ってる」と言うコマーシャルを見たり、聞いたりしたことがあると思います。

 

Intel社製の最新のCPUは、第9世代Coreプロセッサのフラッグシップモデル「Core i9」だと思います。

 

しかし、「Win-tel」と呼ばれ、「Microsoft社のWindows PCには、必ずIntel製CPUが搭載される。」という蜜月関係も、近頃では終わりを迎えつつある、と言うのがもっぱらの噂です。

 

 近頃では、AMD社(Advanced Micro Devices)の「Ryzen」もシェアを伸ばしています。

 

特に、2019年7月に発売を開始した「Ryzen 9 3900X」の性能は、上記Intel社製「core i9」の性能を、大幅に凌駕しているとされています。

 

この新型プロセッサは、Zen 2アーキテクチャを採用した7nm世代の新型CPUで、AMD社の第3世代CPUと言われています。

 

 元々、CPU業界では、Intel社が圧倒的な支配力を示し、前述の通り、Microsoft社と密接な関係を築くことでシェアを大幅に伸ばしてきました。

 

ところが、半導体チップの線幅を「10ナノメートル」する計画が大幅に遅れてしまった事で、ライバルであるAMD社や台湾TSMC社に出遅れてしまったそうです。

 

加えて、最近では、易摩擦の影響をモロに受けてしまい、中国のデータセンター向けのチップの生産が激減し、新規設備投資もままならない状況に陥ってしまっています。

 

現在の半導体チップの線幅は「7nm(ナノメートル)」が主流になりつつあり、前述の「Ryzen」等も「7nm」で設計された最新チップですが、この「7nm」チップのリリースにも遅れ、現在では、AMD社の後塵を拝す状況になってしまったそうです。

 

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 さて、肝心の「CPU」ですが、前述の様に、命令が書かれたプログラムをメモリーにローディングし、この命令を、1個ずつ順番に実行することで、様々な処理をこなして行きます。

 

今回、単純な例として、次のような処理を行う「プログラムA」を作成して、コンピューターで処理を行わせます。

 

『 今年の売上げと去年の売上げを比較し、前年比を算出し、売り上げが低下したら赤字にする。 』

 

この場合、プログラムは、次の様な命令を順番に実行して行きます。

 

(1)処理を開始する。

(2)去年の売上げを獲得する。

(3)今年の売上げを獲得する。

(4)今年の売上げを去年の売上げで割って前年比を算出する。

(5)前年比はプラスか ?

・前年比プラスなら黒字にする。

・前年比プラスじゃないなら赤字にする。

(6)処理を終了する。

 

まあ、本当は、数値を獲得するために、ファイルを読み込んだり、数値が格納されている場所を参照したりする命令が必要なのですが、今回は、それらの命令は割愛します。

 

「CPU」における処理は、通常、このように上から順番に、プログラムに書かれた命令を実行して行く事になります。

 

 しかし、実際の業務処理は、こんなに単純な処理ではありません。もっと複雑な処理を大量に実行する必要があります。

 

私が、作成していたプログラムは、企業の業務処理を自動的に実行させるシステムだったのですが、1個のプログラムで、5,000個程度の命令が記述されたプログラムが数百個もありました。

 

左の画像は、私が使っていたIBM互換のアセンブラ言語です。1行が1個の命令になります。

 

例えば、上から10行目くらいに「MVC」と言う英語がありますが、次の意味を持っています。

 

【 命令「MVC」 : Move Character(文字列を移動せよ) 】

 

MVC  USRGPR+00(12),20(1)

→ 意味:レジスター1が指している場所(アドレス)から20バイト目の場所にある12バイトの内容を、USRGPRと言う名前の場所(アドレス)に移動しろ。

 

「CPU」は、このような複雑で、大量の命令が書かれているプログラムを瞬時に実行しなくてはいけません。(※レジスター:数値やアドレスを格納する器。非常に高速で処理する事が可能)

 

私が作ったシステムを使っていた「某電話会社」様では、夜間バッチと言う業務で、一晩(8時間程度)の間に、10,000個以上もの業務を実行していました。

 

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その昔の「CPU」には、プログラムに書かれた命令を、自動で、かつ正しく実行する事だけが求められていました。

 

もちろん、処理速度も、人間より早く行う事も求められていましたが、あくまでも「人間が行うより速く」が基準でした。

 

  

 

 ところが、現在の「CPU」は、自動で、かつ正しく処理を実行するだけでなく、「速く」処理を行う事も求められており、そのために「スーパー・コンピューター」が作られるようになってきています。

 

「スーパー・コンピューター」は、「CPU」、つまりPCを大量に並列稼働させる事で、処理速度を大幅に向上させてきましたが、それにも限界があります。

 

CPUの性能を向上させ、かつCPUを大量に並列稼働させる事で、スーパー・コンピューター「京(けい)」を作ったのですが、この「京」とは、1秒間に「1京回」の計算(浮動小数点演算)が出来る性能を持つことから命名されたコンピューターです。(1京回:10,000,000,000,000,000回)

 

しかし、上の画像が「京」の設置状況ですが、見て分かる通り、膨大な場所が必要になります。

 

また、コンピューターや周辺機器は、大量の熱を放出しますので、大規模な空調設備を設置しなければなりません。

 

このため、「京」のように、大量のPCを並列稼働させるためには、大規模な空間と空調設備も必要になります。

 

確かに、PCを無制限に並列稼働させれば、それだけ処理速度も上げる事は可能ですが、上記のような制限があるので、どこまでも無制限にPCを並列稼働させる訳にも行きません。

 

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 そこで、現在は、従来からの考え方に加え、量子力学の考え方を加えた、新しい設計思想で構築するコンピューターである「量子コンピューター」が実現されつつあります。

 

従来のコンピューターは、2進数でしか物事を考えられなかったのですが、この「量子コンピューター」においては、その2進数の考え方を垂直方向に重ね合わせた考え方が出来るのが特徴です。

 

 従来のコンピューターでは、処理を、「1」、あるいは「0」と言う、半導体の1ビットで管理できる2進数でしか管理する事が出来ませんでした。

 

しかし、これが「量子コンピューター」になると、「量子ビット」と言う半導体1ビットの情報を、垂直方向に重ね合わせた様な「量子ビット」で管理するので、「2進数n倍」で管理する事が可能になります。

 

つまり、 量子コンピューターは、『 1回の処理で、2n乗回の処理を行う事が可能になる。 』コンピューターなのです。

 

例えば、「50量子ビット」の性能を持つ量子コンピューターがあった場合、「250乗 = 1125兆8999億684万2624」回分の処理を1度に行う事が可能になる、と言う仕組みです。

 

この簡単な例を見ただけで、量子コンピューターの処理速度が、どんなに凄まじいか解かると思います。

 

ところで、現在、実際に稼働している量子コンピューターが存在するのか ? と言う事ですが、現在、商用運用している量子コンピューターは、下記2機種だけだと思われます。

 

項番

企業

製品名

量子数

発売日

方式

1

D-Wave Systems

D-Wave Two

28

2019年1月

量子焼きなまし方式

2

IBM

Qシステムワン

20

2007年7月

ゲート方式

 

 

 さらにIBM社では、2020~2022年頃を目途に、現在のスーパー・コンピューターの処理能力を超える、「50量子ビット」性能を持つ「量子コンピューター」の実用化を目指していると伝えられています。

 

もう、こうなると、私の様に、「レガシー」とか「恐竜」とか言われているメインフレームの知識しかない人間には、ついていけない世界になってしまいます。

 

今後の量子コンピューターへの取り組みは、楽しみでもあり、悲しくもあります。

  

■最後に

今回は、「IT業界を震撼させたメルトダウンとスペクター ~ OSは信頼出来るのか ?(その1)」と題して、2018年1月に世間を騒がせたCPUの脆弱性「Meltdown」と「Spector」に関して、次のような情報を提供しましたが、如何でしたか ?

 

  • コンピューターの仕組み
  • CPUとは

 

今回は、脆弱性の紹介と言うよりは、その前段階、コンピューターの歴史と仕組みを紹介する内容になってしまいました。

 

結構、専門的な内容だったので、コンピューターに詳しくない人には、分かり難い内容だったかもしれません。

 

現在、「GAFA」と呼ばれる巨大IT企業が、世界のITデータを独占している事ばかり取り沙汰されていますが、コンピューターに搭載されるプロセッサも、次の3社に独占されている点も問題にされるべき事柄だと思います。

 

Intel

AMD

・ARM

 

GAFAGoogleAppleFacebookAmazon

 

IntelAMDで、PCに搭載されているCPUのほぼ90%以上、ARMは、スマートフォンに搭載されているCPUに関しては、やはり90%以上のシェアを占めています。

 

そして、これらのCPUのほほ全てで、今回紹介する予定の脆弱性を抱えています。

 

つまり、CPUメーカーの寡占状態が続くことで、CPUの価格も高止まりし、かつ全てのCPUにおいて同じ脆弱性の危機を抱えている状況になっています。

 

なおかつ、データセンター自体もGAFAによって寡占化が進んでいる状況ですので、IT業界は、今後、何らかの対策を取る必要があると考えられています。

 

とは言え、ここまでCPUとデータセンターの寡占化が進むと、今さら過去に状況に戻る事も不可能です。

 

今から、新しい設計思想を持つCPUを作るとなると、時間も金も掛かる大変な作業になります。

 

 「CPUとは」の章で、これまでとは全く異なる思想で設計された「量子コンピューター」を紹介しました。

 

実際、既に実用化されてはいますが、これを市販のPCに搭載するとなると話は全く異なります。

 

現状では、量子コンピューターに搭載するプロセッサの小型化は出来ているようですが、汎用化までは至っておりません。

 

特に、この新型プロセッサは、「絶対零度(-273℃)」にまで冷却して、内部に電気的が行らなくなる「超電導」状態にする必要があります。

 

ノートPC内部を「絶対零度」にする事など、今の技術では不可能だと思います。

 

但し、この点に関しては、日本の「革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)」が、2017年、室温でも稼働できる量子コンピューター「量子ニューラルネットワーク(QNN)」を開発して一般公開しています。

 

量子コンピューターには、現在、次の3種類の方式があり、それぞれ様々なメーカーや大学が、他分野での実用化に向けて取り組みを進めています。

 

 

ゲート型

アニール型

ネットワーク型

基本原理

線形干渉形

量子トンネリング

非線形発振器

主要開発元

IBM/Google/Intel

D-WAVE/MIT

NTT/Stanford

ビット数(現状)

20ビット

2,000ビット

2,000ビット

ビット数(将来)

50~100ビット

8,000ビット

100,000ビット

回答可能問題サイズ(2N)

-

N < 70程度

N < 2,000

動作温度(ケルビン:K)

極低温(10mK)

極低温(10mK)

室温(300K)

条件

超高真空

超高真空

常圧

物理系

超電導量子回路

超電導量子回路

パラメトリック発振器

ネットワーク

消費電力

-

25kw

1kw

 

まあ、こんな比較表を作っても、私のような素人、特に文系の素人には、さっぱり理解できません。

 

他方、現在、通信ネットワークも加速度的に進化しており「5G」と呼ばれる次世代高速通信規格も実用化されつつあります。

 

この「5G」規格では、現在使われている「4G」規格と比べ、「高速」、「大容量」、「低遅延」、および「同時多接続」と言うメリットがある事が明らかかになっています。

 

そうなると、この「5G」と「量子コンピューター」を組み合わせると、PC本体に「CPU」を保持する必要はなくなります。

 

PCと量子コンピューターを5Gで接続し、PCから要求された処理を、サーバー側に設置した量子コンピューターで処理し、その処理結果を高速でPCに返す事が可能になります。

 

今後は、これら「量子コンピューター」の汎用化と「5G」通信網の広がりで、新しいIT化が進んで行く事になると推測されます。

 

それでは次回も宜しくお願いします。

以上

 

【 画像・情報提供先 】

Wikipedia(http://ja.wikipedia.org/)

・「メインフレーム・コンピューター」で遊ぼう(http://www.arteceed.net/)

富士通「コラム・セキュリティ記事」(https://www.fujitsu.com/jp/solutions/business-technology/security/secure/column/)

トレンドマイクロ脆弱性」(https://blog.trendmicro.co.jp/archives/16735)

 

岩手の食材 - そこそこ美味しい物ばかり 果物(その1)

 先日、盛岡に出張した際、古くからの友人と連れ立って、「さくらんぼ狩り」に言って来ました。

 

これまで、「さくらんぼ狩り」には行った事がなかったので、どんな感じなのか楽しみでしたが・・・これが結構面白かったです。

 

さくらんぼ」と言えば、「佐藤錦」と言う品種しか知らなかったのですが、それ以外にも、結構沢山の品種がありました。

 

そして、「さくらんぼの木」を見て、私が、まだ小学生低学年の頃、裏山に「さくらんぼの木」が沢山あった事を想い出しました。

 

その時は、近所の悪ガキ達と「さくらんぼの木」に登り、『 これは俺の木 !! 』とか、トンデモナイ事を言って、勝手に人のさくらんぼを食べていました。

 

今考えると、これって窃盗ですよね ? 農家の方、済みませんでした。

 

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今、当時、昭和40年代の事を思い出すと、家の周りには、沢山の果物が溢れていました。

 

りんご、梨、ぶどう、柿、もも、すいか、栗、くるみ、さくらんぼ・・・さすがに熱帯地方じゃないので、バナナはありませんでしたが、そこら中に果物畑がありました。

 

私の家にさえ、今では、もう何も残っていませんが、当時は、ぶどうや栗、そして柿がありました。私の友達など、庭で遊んでいると、勝手にぶどうを食べていました。

 

私の実家周辺は、そんな豊かな環境だったのですが・・・現在では、見事に、本当に見事にと言わざるを得ないのですが、沢山あった果物畑は、全く、何も残っていません。

 

昭和50年代頃は、人口も増え、また農家の高齢化の影響で、沢山あった果物畑は、全て宅地になってしまいました。

 

私が遊んだ裏山の「さくらんぼ畑」などは、あろう事か!! 岩手県知事の公舎になってしまいました。残念で仕方ありません。

 

ちなみに、現在の知事は、この知事公舎には住んでいないようです。全く・・・何ための公舎なのか ? 利用しないなら維持費が無駄なので解体した方が良いのではと思ってしまいます。

 

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と、話が脇道に逸れそうになったのですが、今回は、岩手県の食材、その中でも「果物」を紹介しようと思います。

 

岩手の果物と言えば、「りんご」を思い浮かべますが・・収穫量1位の青森県が約42万トンなのですが、岩手県は、第4位で約4万トン・・・全く、足元にも及びません。

 

何か、全てに渡って、果物は中途半端な感じがしますが、そんな果物に関して、2回に分けて次の果物を紹介します。

 

【 第1回 】

  • さんくらんぼ
  • りんご
  • ブルーベリー

 

【 第2回 】

  • すいか
  • なし
  • いちご

 

また、これらの情報と合わせて、果物狩りが出来る場所の情報も紹介したいと思います。

 

それでは今回も宜しくお願いします。

 

 

 

さくらん

 「さくらんぼ」は、別名「桜桃(おうとう)」とも呼ばれており、木を「桜桃」、実を「さくらんぼ」と呼び分けるケースもあるそうですが、実は、「バラ科」の植物です。

 

さくらんぼ」は、「桜の実」、つまり「実桜(みざくら)」の果実の事で、「桜の実」を意味する「桜の坊」の「の」の呼び方が変化して「さくらんぼ」になったとされているようです。

 

そして、皆さんが「花見」で楽しむ「桜(ソメイヨシノ等)」にも「実」が出来る事はご存知ですか ?

 

 こちらの観賞用の桜の実は大きくならないので食用には不向きですが、桜桃の果実の方は、一般的には丸みを帯びた赤い実となりますが、その品種により白っぽい物や赤黒い物もあるそうです。

 

桜桃には、大きく、東洋系とヨーロッパ系の2つの系統があり、日本で生産される「さくらんぼ」の大半はヨーロッパ系となっているそうです。

 

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ここで、「さくらんぼ」の歴史を簡単に紹介します。

 

 先に、「さくらんぼ」には、東洋系とヨーロッパ系があると紹介しましたが、東洋系に関しては、既にお解りの通り、中国が原産です。

 

これは、北京がある華北、上海がある華中を中心に自生していた「カラミザクラ(唐実桜)」という種になります。

 

別名、「シナミザクラ(支那実桜)」、あるいは食用にする事から「含桃」とも呼ばれています。

 

後漢の時代(25~220年)に編纂されたと言われている「礼記(らいき)」には、天子が祭祀の際に「含桃」を備えたと言う記述が見られるそうです。

 

日本には、江戸時代に、当時の「清」から伝えられ、現在でも、西日本地域では、木材として利用するために栽培されているそうですが、金沢の「兼六園」でも、数多くの「カラミザクラ」が見られるそうです。

 

 日本では、「さくらんぼ」の事を「桜桃(おうとう)」と呼びますが、この呼び方は、中国から伝わった際の呼び名に由来しています。

 

他方、ヨーロッパ系には、次の2つの品種があり、有史以前、つまり文字が成立する以前から「さくらんぼ」が食べられていたと考えられています。

 

・「セイヨウミザクラ(西洋実桜)」 :イラン北部、ヨーロッパ西部にかけて自生

・「スミミザクラ(酸実実桜)」    :トルコ周辺に自生

 

 これら生息地に関する情報は、古代ローマ帝国時代(前27年~480年)の学者「プリニウス」の著書に根拠があるとされています。

 

それによると、古代ローマの執政官「ルクッルス」が、黒海沿岸の「ケラソス(Kerasos)」で「さくらんぼ」の木を見つけて、ローマに持ち帰ったと伝わっているそうです。

 

この2種類の「さくらんぼ」は、黒海沿岸からヨーロッパ諸国、特に、イギリス、フランス、およびドイツに普及したとされています。

 

さくらんぼ」は、英語で「Cherry(チェリー)」ですが、当初は、ノルマン人により「Cherise(シェリーズ)」と呼ばれていたのが、イングランドに渡り、英語の「Chery(シェリー)」になり、そして、最終的に「Cherry(チェリー)」になったとされています。

 

さくらんぼ」は、その後、16世紀頃から本格的な栽培が始まり、17世紀になってアメリカ大陸に伝えられたことになっています。

 

ちなみに、「さくらんぼ」が属する「サクラ属」の学名「Cerasus」は、「Kerasos(ケラソス)」のラテン語表記となっています。

 

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さて、このような興味深い歴史を持つ「さくらんぼ」ですが、品種としては、現在、1,000種類以上とも言われるほど、数多くの品種が存在するそうです。

 

岩手県で生産されている「さくらんぼ」は、主に、次の様な品種になっているそうです。

  

項番

品種

説明

1

紅さやか

佐藤錦」に「セネカ」を交配。「佐藤錦」より酸味は強いが適度な甘みがある。

2

紅てまり

山形県育成品種。登録時、両親は共に不明。「ビック」と「佐藤錦」の交配種と推定。

3

紅ゆたか

「ビック」に「C-21-7(ビング×黄玉)」を交配。大玉で酸味が少なく甘い。

4

紅きらり

「レーニア」と「コンパクトステラ」を交配。大きさ9gと大きく着色は鮮やか。

5

紅秀峰

佐藤錦」と「天香錦」の交雑種。果実は大きく糖度高く豊産性で非常に優秀な品種。

6

佐藤錦

国内で最も多く生産されている品種。ナポレオンと黄玉を交配。別名「赤いルビー」。

7

香夏錦

佐藤錦」に「高砂」を交配。甘酸適和の食味良好な早生。

8

八興錦

佐藤錦」に「ジャボレー」を交配。心臓形。果汁が多く甘みは中で酸味は少ない。

9

最上錦

「高社錦」の選抜系品種。

10

月山錦

月山錦は中国大連で育成され、日本に持ち込まれた黄色いさくらんぼの品種。

11

南陽

「ナポレオン」交雑種。ナポレオンよりも一回り大きく、ハート形を縦にした形。

12

高砂

アメリカ原産。収穫時期は6月中旬。元名はロックポートピカロー。別名「伊達錦」

13

ナポレオン

ヨーロッパ各国で栽培されている品種。ベルギー王が命名。収穫時期は6月下旬。

 

当然、これ以外の品種もあるようですが、多くの農園で、これらの品種を取り扱っているようです。

 

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それでは、最後に、「さくらんぼ狩り」の出来る果樹園を紹介します。

 

 ●田屋果樹園

 この果樹園は、私が「さくらんぼ狩り」に行った果樹園です。。

 

場所は、盛岡市手代森と言う場所で、盛岡市中心部から遠野市に向かう、国道396号線、旧釜石街道から、少し山側に逸れた山中にあります。

 

国道沿いには、直売店があるのですが、「さくらんぼ狩り」をする場所は、そこから1Km程離れた場所にあるので、ちょっと分かり難いかもしれません。

 

果樹園内には、りんごの木、桃の木、梨の木等が栽培されていますが、「さくらんぼ狩り」を行う場所は、上図の画像の様に、ハウス状になっているので、雨の日でも「さくらんぼ狩り」が楽しめる様になっています。

 

この果樹園、通常は日曜日が休みなのですが、「さくらんぼ狩り」の期間中は無休で、朝9時から開園しています。

 

駐車場もあるのですが、20台弱位しか停められないので、早めに行った方が良いかもしれません。私は9時30分頃に果樹園に着いたのですが、既に10台以上は停まっており、ギリギリセーフ状態でした。

 

料金は、大人が、平日40分で1,800円、休日2,000円となっております。

 

『 40分間で1,800円は、ちょっと高いかな~ 』とも思ったのですが、かなりの量の「さくらんぼ」を食べる事が出来たので、私としては、まあ妥当な金額だと思っています。

 

スーパー等では、「佐藤錦」が、1パック200gで約430円ですから、これを5パック食べると元を取れる感じですが、実際は、もっと食べれますので、やはり価格的には妥当だと思います。

 

但し、後で紹介する「いちご狩り」と比べると、練乳やチョコを付けれない分、味が単調になってしまうので、飽きが来るのが早い感じがします。

 

それでも、この果樹園には、次の様な品種の「さくらんぼ」がありますので、「さくらんぼ」の食べ比べを行う楽しみもあります。→ 佐藤錦紅さやか、紅秀峰、南陽高砂、ナポレオン、月山錦、紅てまり

 

品種としては、前に紹介した通り「紅いルビー」と呼ばれる「佐藤錦」が有名ですが、私としては、「佐藤錦」よりも「高砂」の方が、甘くて柔らかく美味しかったように感じました。

 

最後に、この果樹園の情報を掲載しておきます。

【 田屋果樹園 】

・住所       :岩手県盛岡市手代森21-20

・電話       :019-696-2742

・営業時間   :9:00~17:00

・定休日     :日曜日(除く:さくらんぼ狩り期間)

・駐車場     :20台

・URL        :https://www.ta8kajuen.com/

 

 

 

■りんご

 「さくらんぼ」の次は、岩手県で一番メジャーな果物「りんご」を紹介します。

 

「りんご」も、「さくらんぼ」と同じく「バラ科」の植物です。知ってましたか ?

 

さくらんぼ」は、『 バラ科サクラ属 』、「りんご」は、『 バラ科リンゴ属 』で、植物学上は、「セイヨウリンゴ」と呼ぶようです。

 

そして、「セイヨウリンゴ」がある事から解る通り、「ワリンゴ」も存在します。

 

日本においては、当然、「ワリンゴ」の方が古いのですが、最初に、日本における「リンゴ」の歴史を紹介します。

 

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 日本において、歴史上、最初に「リンゴ」が登場したのは、平安中期となる「承平年間(931~938年)」に編纂された辞書「和名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)」に、「りんご」の事が、『 利宇古宇(りうこう/りうごう)』として紹介されているのが始めとされています。

 

その後、この「りうこう」、または「りうごう」が、訛って「りんご」になったと考えられています。

 

この「和名類聚抄」は、「和名抄」、「倭名抄」、あるいは「倭名鈔」等と言う略称で呼ばれ、現在の各種辞典のベース様式になった辞典と言われているそうです。

 

 そして、日本にあった「ワリンゴ」ですが、現在では、本当にわずかになってしまい、各地の農家や試験場、あるいは皇居などで、細々と栽培されており、食用と言うよりは、仏前への「お供え物」として栽培されているようです。

 

この「ワリンゴ」、実際には一種類ではなく、栽培場所の名称が付けられたり、あるいは複数の変種名が付けられたりと、様々な名前があることが解りました。

 

・リンキ/リンキン :青森県津軽地方で栽培される系統。中部地方ワリンゴよりもやや果実が小さい。

加賀藩在来種   :石川県加賀地方で「加賀リンゴ」の名前で食用栽培されていたもの。

・高坂りんご     :長野県北部の飯綱町高坂地区周辺に古くから伝わるワリンゴ

 

戦国時代には、浅井長政最上義光が、「りんご」が送られた事に対する礼 状を

 書いている事が判明しており、その書状自体も現存しているそうです。

 

江戸時代には、葛飾北斎が「りんご」の花を描いたり、天皇が、民衆に「りんご」を下賜したりした事などが記録されています。

 

当時は、観賞用としても重用されていたようですが、やはり食用として各地に流通していたようです。

 

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 そもそも「りんご」は、元々は、中国から、平安時代に日本に持ち込まれたと考えられており、中国では、新疆ウイグル自治区がある、中国北西部が、最古のりんご生産地とされているようです。

 

中国明朝時代(1518~1593年)に編纂された薬学書「本草綱目(ほんぞうこうもく)」には、「りんご」に関して、次のように紹介されているようです。

 

『 林檎一名來禽、言味甘熟則来禽也。 』

 

これは、日本語にすると、次の通りです。

 

『 林檎(りんきん)の果は味が甘く能く多くの禽(の意)をその林に来らしむ。故、来禽(らいきん)の別名がある) 』

 

先に、「ワリンゴ」の種類として「リンキ/リンキン」と言う種類がある事を紹介しましたが、この名称には、このような意味があったようです。

 

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 しかし、江戸時代末になると、日本にも「セイヨウリンゴ」が流入するようになったようです。

 

国内で、初めて「セイヨウリンゴ」が栽培されたのは、安政元年(1854年)、アメリカからもたらされた「アッフル」が、板橋にあった加賀藩下屋敷で栽培され、翌年に実を付けたので食べられた事が、当時の加賀藩士の記録「御参勤御供中日記」に残っているそうです。

 

この時には、藩主「前田斉泰(なりやす)」から、餅に塗って食べる様に指示されたと記録されているので、ジャムのようにして食べたと思われています。リンゴジャム ?

 

また、文久2年(1862年)、越前福井藩主「松平春嶽」が、アメリカ産のリンゴの苗木を入手し、江戸の巣鴨にあった福井藩下屋敷で栽培を始めた記録が、「越前松平試農場史」に残っているそうです。

 

 このような形で、「セイヨウリンゴ」が日本に持ち込まれたと考えられていますが、本格的に「りんご」が栽培され始めたのは明治時代以降です。

 

明治4年(1871年)、政府の命を受けた北海道開拓使次官「黒田清隆」等が、アメリカから「国光(こっこう)」等の75品種の苗木を持ち帰り、北海道七飯町(旧:七重村)にあった「七重官園」で栽培を開始したのが始まりとされています。

 

その後、明治7年(1874年)、内務省が、日本全国に苗木を配布した頃から、本格的に「りんご」の栽培拡がったそうです。

 

このため、日本国内の主な「りんご」の産地は、この「七重村」が、その起源となっているそうです。

 

また、日本で最初に栽培が始まった「セイヨウリンゴ」の一種「国光」ですが、紆余曲折があったようです。

 

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 「国光」は、前述の通り、アメリカから日本に持ち込んだ品種です。

 

このため、その名称も、当然英語で、本当の品種名、原名は「Ralls Genet(ラルス・ジュネ)」と言います。

 

何か、英語らしくない名称ですが・・・その通り、原産地はフランスです。

 

「Ralls Genet」は、フランス語の呼び方なので、アメリカでは英語風の「Ralls Janet」とか「Rawls Jannet」と呼ばれるようになったそうです。

 

そもそも「Ralls Genet」は、後に大統領となる「トーマス・ジェファソン(Thomas Jefferson)が、親しかったフランス大使「エドモン=シャルル・ジュネ(Edmund Charles Genet)」から苗木をもらった事からアメリカで栽培が始まった品種です。

 

「トーマス・ジェファソン」は、もらった苗木をバージニア州アマースト郡のカレブ・ロールズ果樹園に託して、栽培と普及を図ったそうです。

 

そして、日本に渡った「Ralls Genet」ですが、原名は全く普及せず、栽培地域により、次のように呼ばれていたそうです。

 

・北海道      :49号

青森県      :雪の下

岩手県      :晩成子

山形県           :キ印

 

このため、明治27年(1894年)、仙台において「第1回りんご名称選定協議会」が開催されたそうですが、何故か、その結果に不満をもった津軽代表が会から脱退し、さらに独自の会を立ち上げ、名称の統一を妨害したそうです。

 

きっと、津軽の方々は、意味不明な津軽弁を使っているので、日本語が解らなかったのかもしれません。

 

その後、明治33年(1900年)、その前年に行われた、後の大正天皇となる皇太子「嘉仁親王」と九条節子とのご成婚の慶事にあやかり「国光」と言う名称に統一されたそうです。

 

明治時代に日本に持ち込まれた75品種には、「国光」以外、次の様な品種があり、それぞれ日本において有力品種となった物も数多くあったそうです。

→ ジョナサン(紅玉)、スミスズ・サイダー(柳玉)、ベン・ディヴィス(倭錦)

 

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 「国光」は、既に主力商品の座からは降りていますが、日本で広く愛されている「ふじ」の交配親に当たる品種です。

 

ちなみに、現在、市場に流通している「りんご」の多くは、「サンふじ」と呼ばれていますが、「ふじ」との違いは知っていますか ?

 

実は、「ふじ」も「サンふじ」も、同じ「ふじ」です。

 

それでは何が異なるのかと言うと、その栽培方法が異なるだけです。

 

「サンふじ」の「サン」は、お解りの通り、「太陽(Sun)」を意味しています。

 

 つまり、「サンふじ」は、太陽の光を一杯に浴びる「無袋りんご」と言う栽培方法で育てられ、「ふじ」は、途中から袋を被せた「有袋リンゴ」と言う栽培方法で育てられた「りんご」となります。

 

それでは、有袋と無袋とでは何が異なるのか、と言う話になりますが、詳細は割愛しますが、無袋の方が、見た目や触感が悪い反面、甘みが増すとの事らしいです。

 

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現在、「りんご」の品種は、全世界的にみると数千~10,000種類以上の品種があるとされておりますが、農林水産省に登録されている日本の品種は177種類で、その内、品種が維持されている物が85種類とされています。

 

多くの登録品種は、品種誕生年が古く、現在では、品種が維持出来ないのだそうです。

 

そこで、岩手県で栽培されている品種ですが、主に、次の様な品種が栽培されているそうです。

 

項番

品種

説明

1

大夢

宮古市を中心に盛岡市二戸市などで試験栽培。県オリジナルのリンゴ新品種。ふじとゴールデンデリシャスを交配。

2

はるか

ゴールデンデリシャスとスターキングデリシャス交配。平均糖度15度以上と甘みが強くシャキシャキした黄色いリンゴ。糖度や蜜入り指数が高い物は「いわて純情プレミアム冬恋」として販売。

3

紅いわて

早生種収穫以降で9月下旬に成熟する品種として開発。平成21年に品種登録。

4

さんさ

盛岡市郷土芸能さんさ踊り」から命名された品種。甘味と酸味のバランスが良い。

5

きおう

平成6年に品種登録された黄色いリンゴ。岩手県園芸試験場(現:岩手県農業研究センターで育成。

6

ジョナゴールド

気温差の大きい岩手の気候条件にマッチした品種。デザートや料理用にも最適なリンゴ。

7

ふじ

岩手の「ふじ」は酸味が少なく甘みが強いのが特徴。「江刺リンゴ」は全国有数のブランド。

 

先に、岩手県では、果物の中では「りんご」の生産が最も盛んと紹介しましたが、全国的に見ると、残念ながら、それほどでもなく、青森県、長野県、山形県に次ぐ4位で、実際の生産量としては、1位の青森県が約46万トンですが、その生産量と比較すると1/10以下となる約4万トンと、かなり少ない生産量となっています。

 

しかし、そんな中でも、こと「りんご」に関しては、盛岡市が購入金額、および購入数量とも全国一となっているそうです。盛岡市民が、どれだけ「りんご」好きか解ると思います。

 

さらに、全国的に人気のある「ふじ」ですが、その『原木』は盛岡市で保存されており、日本全国、および全世界に流通している「ふじ」に関しては、この盛岡で保存している『原木』の枝を接ぎ木して増やした木となっています。

 

また、岩手県では、昭和15年(1940年)からは、戦争の影響で一時中止した時期もあったようですが(1949年から再開)、毎年、皇室に「りんご」を献上しているそうです。

 

それでは最後に、りんご狩りができる場所を紹介しますが、岩手県では、多くの農家が「りんご」を栽培している関係で、「りんご狩り」が出来る農園も沢山あります。

 

前章「さくらんぼ」で紹介した「田屋果樹園」でも「リンゴ狩り」を実施していますので、再度、この果樹園を紹介します。。

 

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 ●田屋果樹園

 この果樹園は、「さくらんぼ」で紹介した」果樹園と同じです。

 

このため、場所等の情報は、「さくらんぼ」の章をご覧になって下さい。本章では、「りんご狩り」の仕組みだけを紹介します。

 

田屋果樹園では、毎年9月中下旬~12月下旬まで、「りんご狩り」が行えるようです。

 

「りんご狩り」を行いたい場合、事前予約制になっていますので、メール(メール・フォーム)、または電話等で問合せて下さい。

 

そして、「りんご狩り」ですが、40分で800円(3歳以上子供500円)となっているそうです。

 

こちらの果樹園では、次の「りんご」を栽培しているそうですが、「りんご狩り」では、どの種類の「りんご」が食べれるのかは解りませんでした。 → とき、ふじ、ぐんま名月、シナノゴールド

 

私は、これまで何度か「果物狩り」に行った事はあるのですが・・・「りんご」の様な大物の果物狩りを行った事がありません。

 

「サンふじ」は、東京のスーパー等では、シーズン中は1個100円、シーズンオフでも1個200円くらいで販売されています。

 

800円分食べるととなると、4個~8個程度、その場で食べる事になりますが・・・大人でも、「りんご」を8個も食べるのは至難の技だと思います。

 

と、こんな事ばかり考えているからダメなのだと思います。私は、常に、「元を取ろう!」と考えてしまうのが悪いクセです。

 

皆さんは、どうですか ?

■ブルーベリー

 次は、「ブルーベリー」を紹介します。

 

「ブルーベリー」も、岩手県では比較的多く栽培されている果物です。

 

特に、岩手県は寒冷地なので、冷涼な気候に適したハイブッシュ系と呼ばれる品種が、数多く栽培されているとの事です。

 

「ブルーベリー」は、さすがに「バラ科」ではありません。「ブルーベリー」は、「ツツジ科」に属しています。

 

元々、「ブルーベリー」は、南米原産とされており、その植物が、カリブ海の島々を経由して北アメリカに渡って進化し、現在の「ブルーベリー」になったと考えられています。

 

「ブルーベリー」には、6系統の種類があるそうですが、その内、食用となっているのは、下記3系統となっています。但し、細かな種類としては、数百種類にも及ぶそうです。

 

(1)ハイブッシュ系統

1)この系統のブルーベリーは、前述の通り、寒冷地向けの系統で、日本では、関東から北の地方で栽培されており、さらに次の3つのグループに分類されているそうです。何が違うのかに関しては、面倒なので今回は省略です。

・ノーザンハイブッシュ系

・サザンハイブッシュ系

・ハーフハイハイブッシュ系

2)元々自生していたものを、1906年に試験場に持ち込み、品種改良を加えたブルーベリーです。

3)ハイブッシュ系統のブルーベリーは「自家受粉」するので、単独でも栽培が可能です。

4)ハイブッシュ系統のブルーベリーは、栽培種として改良された品種です。

 

(2)ラビットアイ系統

1)この系統のブルーベリーは、温暖地向けの系統とされており、関東から南の地方で栽培されています。

2)1925年頃から品種改良が行われた種類です。

3)この系統のブルーベリーは、ハイブッシュ系とは異なり、「他家受粉」なので、収穫量を上げるには、二品種以上を栽培する必要があります。

4)ラビットアイ系のブルーベリーも栽培種です。

 

(3)ローブッシュブルーベリー

1)この系統のブルーベリーは野生種として、野に自生している品種です。日本では、ほとんど栽培されていません。

2)アメリカ北部、およびカナダに自生しています。

3)生食よりは、主にジャムやサプリメントの原料となっているそうです。

 

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先に、岩手県では、「ブルーベリー」が数多く栽培されていると紹介しましたが、実際には、生産量7位、約99トンで、シェアとしては約4%程度しか栽培されていません。

 

そして、生産量1位ですが、皆さん、何処だと思いますか ?  イメージとしては、やはり北海道ですよね。ところが、何と !  日本国内における「ブルーベリー」の生産量1位は「東京都」なのです。

 

「はあ!! 東京だ~!?」となるかと思います。

 

しかし、農林水産省による2015年の統計データによると、収穫量1位は東京で約313トン、2位は茨城で304トン、3位は長野で286トンとなっています。

 

そして、農作物なら常に収穫量1位の北海道ですが、これも何と!! 岩手県よりも少ない13位で60トンとなっています・・・以外ですよね。

 

それじゃ、「日本国内に流通しているブルーベリーは、ほとんどが東京産なのか ?」と言うと、それはまた別の話で、国内の収穫量が約2,547トン、輸入が1,832トンとなっていますので、約40%は、輸入に頼っている構図になっています。

 

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先に、東京の生産量が国内第1位であることは紹介しましたが、これは、昭和43年(1968年)、東京都小平市で本格的な栽培が始まった事に由来しているようです。

 

また、先にブルーベリーの系統の話において、日本では、ハイブッシュ系とラビットアイ系の2系統が栽培されている事を紹介しました。

 

そして、この2系統の「ブルーベリー」を、どちらも栽培出来るのが関東地方なのです。

 

このため、東京と始めとした関東地方において、「ブルーベリー」が盛んに栽培されています。ちなみに、関東1都6県における「ブルーベリー」の収穫量は次の通りです。

 

・東京都      :1位、313トン

・茨城 県      :2位、304トン

群馬県      :4位、276トン

・千葉県      :5位、134トン

・埼玉県      :6位、114トン

・栃木県      :11位、63トン

・神奈川県    :14位、57トン

 

神奈川県と栃木県は、何故か、余り「ブルーベリー」の栽培には力を入れていないようですが、それ以外は、3位に長野県が食い込んでいますが、全て上位にランクされているようです。

 

 まあ、栃木は、「ブルーベリー」よりも「イチゴ」ですからね。

 

そして、神奈川県は、「湘南ゴールド」と言う果物が生産量全国1位になっていますが・・・そんな果物知っていますか ?

 

「湘南」と言う言葉が付く様に、この果物は、神奈川県が、「今村温州」と言う「みかん」と、「黄金柑(おうごんみかん)」を交配して作った新品種らしいです。

 

そして、何故、神奈川県が生産量日本1位なのかと言うと、それは、「湘南ゴールド」は、神奈川県でしか生産されていないからです !!

 

ちょっと下らないオチになってしまいましたが、これが関東地方で「ブルーベリー」の栽培が多い理由のようです。

 

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私は、「ブルーベリー」に関しては、ジャム以外では余り食べた事が無いのですが、TV、特にBS放送で目一杯流れているCMでよく聞くのは、「ブルーベリーは眼精疲労改善に効果がある!!」と言うフレーズだと思います。

 

「ブルーベリー」の一部の品種には、「アントシアニン」と言う色素が多く含まれており、この「アントシアニン」が、眼精疲労に効果があると言われているようです。

 

この「ブルーベリーが眼精疲労に効果がある。」と言う説は、次の様な根拠の上に成り立っているそうです。

 

アントシアニンは、網膜上に存在する「ロドプシン」という光感知タンパク質の再合成に関与する。

・この「ロドプシン」が、分解/再合成を繰返すことで、ヒトは「物が見える」という状態を維持する。

・このため「アントシアニン」を意識的に摂取することで、眼の健康状態を維持できる。

 

この三段論法だけを聞けば、確かに「ブルーベリー」は、眼精疲労に効果がありそうな気がしてきます。

 

しかし、現在、サプリメントとして利用されているのは、「ブルーベリー」の一種とされる「ビルベリー」と呼ばれるものですが・・・

 

 国立健康・栄養研究所の調査によると、「ビルベリー」が、「高血圧網膜症」に有効性があるとの研究成果が紹介されていますが、「眼精疲労」に効果があるという研究結果は見つかっていないとされています。

 

また、「高血圧網膜症」に有効性があると言う研究結果に関しても、他の食品との比較研究という観点では懐疑的な立場を取っているそうです。

 

つまり、「眼精疲労に効果がある。」と言うのは、サプリメント使用者による、個人的な感想が多くを占め、科学的根拠は皆無との事です。

 

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さらに、このような「眼精疲労への効果」説が取り沙汰される前にも、次の様な話が拡がっていたとも伝わっています。

 

 『 第二次世界大戦中のイギリス空軍の夜間迎撃戦闘において、ジョン・カニンガムと言うパイロットは、夕暮れでも物がはっきりと見えたのでドイツ空軍機を何機も撃墜出来た。そして彼の好物がブルーベリーの一種であるビルベリージャムだった。』

 

このような逸話、現在で言うところの「都市伝説」が伝わっていたそうです。

 

しかし・・・実際の所、ジョン・カニングスの好物は、「ビルベリー」ではなく「にんじん」であると、イギリスの新聞「テレグラム」に記載されているそうです。

 

何時、誰が「にんじん(Carrot)」を「ビルベリー」に摩り替えたのかは分かりませんが、この様な都市伝説が、まことしやかに語り継がれ来たようです。

 

 そして、さらに、現在においては、この「ジョン・カニンガム = ヒーロー」説自体も、イギリス空軍が作った「フェイク・ニュース」だった事も明らかになっているようです。

 

当時、イギリス空軍では、デ・ハビランド社製「モスキート」と言う、木製の戦闘爆撃機の運用が始まったのですが、実は、このモスキートには、最新型の高性能レーダーが搭載されていたそうです。

 

そして、この高性能レーダーのお陰で、夜間迎撃戦闘では、ドイツ軍に対して連戦連勝となっていたそうです。

 

このため、イギリス空軍では、この最新レーダーの件は、最重要秘密となっており、この秘密を隠蔽するために、架空のヒーロー「猫目のカニンガム(Cat's Eyes Cunningham)」を作り出した事が明らかになっています。

 

但し、「ジョン・カニンガム」氏自体は実在の人物で、イギリス空軍のエース・パイロットで、最後は大佐として退役し、その後はデ・ハビランド社の取締役になった人物です。

 

そして、余談ついでに紹介しますと、彼は、大の猫嫌いで、「猫目のカニンガム」と言うアダ名も、大嫌いだったようです。

 

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それでは、「ブルーベリー」の最後に、盛岡市で、「ブルーベリー狩り」が出来る果樹園を紹介します。

 

 ●松本りんご園

 本章で紹介する果樹園は、盛岡市黒川、国道396号線、旧釜石街道から、少し山側に逸れた山中にあります。

 

前章で紹介した田屋果樹園の少しだけ遠野側、奥の方に位置しています。

 

この果樹園では、果樹園内に小ぢんまりとしたレストランと言うかカフェ「mi cafe」を併設しています。

 

私も、去年、初めてこのカフェを訪れてランチを食べました。ちょっと味は濃い目だったような感じがしましたが、美味しかった覚えがあります。

 

 そして、この果樹園では、名前の通り「りんご」の栽培と販売を行っているのですが、初夏には「ブルーベリー狩り」を行う事が出来ます。

 

こちらの「松本りんご園」では、約10種類の「ブルーベリー」を栽培しているそうです。

 

開始時期は、盛岡近郊では一番早く、今年は6/29から「ブルーベリー狩り」を開始したようです。

 

下記に、情報を掲載しますが、詳しいことは、松本りんご園に直接問い合わせて下さい。

 

【 松本りんご園のブルーベリー狩り 】

・住所       :岩手県盛岡市黒川4地割3

・電話       :019-696-2531

・期間       :6/29~7月末

・営業時間   :9:00~12:00

・定休日     :毎週水曜日、第2土曜・日曜

・予約       :必要

・料金       :入園料大人800円(子供500円)

・サービス   :ブルーベリージュース(ミニカップ)

・駐車場     :駐車場2箇所、約20台

・注意事項   :畑は傾斜面にあり、ヒールやサンダルはNG、日よけ/虫除け対策を。

・URL        :https://micafe.jp/%e6%9d%be%e6%9c%ac%e3%82%8a%e3%82%93%e3%81%94%e5%9c%92/

  

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 今回は、「岩手の食材」の第1弾として、次の果物の情報を紹介しましたが如何でしたか ?

 

 

岩手県は、その面積では、北海道に次ぐ大きさで、よく「岩手県1県と四国4県と同じ面積」と言われるほど広大な面積があります。(※実際は四国の方が3万㎡程大きいのですが・・・)

 

このように広大な面積を持つ岩手なので、農産業は盛んだと思われていますが、実は、そんな事はありません。

 

県を南北に貫くように奥羽山脈北上山地と言う2つの大きな山が存在する影響で、そのほとんどが「山」となっていますので、耕作地を確保するのも、人間が住むのも難しい地形となっています。

 

実際、人間が住める「可住地面積割合」が24%しか無く全国40位となっており、その逆に「森林面積」が75%と、全国8位となっています。

 

また、この2つの山脈/山地がある影響で、南北の移動は新幹線や高速道が発達したので比較的容易ですが、東西の移動が不便極まりないのです。

 

東に行くにも西に行くにも、山を越える必要があるので、道は狭く、また曲がりくねっており、さらに高低差があるので、本当に大変です。

 

このため、今回紹介した果物に関しても、「りんご」と「ラズベリー」の収穫量が、やっと全国4位に入る程度となっています。

 

また、地形以外、気温が低い事も農作物に悪影響を与えています。弊社ブログで何度も紹介していますが、本州で一二を争う寒冷地が、数箇所もあります。

 

全国版のニュースでも、北海道を除く本州で最低気温を記録したと言う話題では、必ずと言って良い程、、次の地名が出てきます。

 

盛岡市「藪川(やぶかわ)」、宮古市「区境(くざかい)」。ここは、本当に寒く、南極じゃないかと思うくらいです。

 

また、寒さついで言うと、雪の量も半端じゃありません。

 

まあ、現在は、盛岡市内中心部は、それ程じゃありませんが、岩手山周辺と秋田県に隣接した西和賀地方は、とんでもありません。

 

よくこんな所に人間が住めるものだと感心してしまいます。まあ、そのお陰でスキー場は繁盛しているのですが・・・

 

とまあ、そんな岩手県ですが、農作業に従事している方は、一生懸命、果物を生産しています。そんな方達を応援したいと言う気持ちもあり、今回、岩手の果物を紹介した次第です。

 

と、言いつつ、子供の頃は、そんな方々の苦労など全く歯牙にも掛けず、「さくらんぼ」やら「梨」やら、その辺にある果物を勝手に食べたりしていましたが・・・本当に申し訳なく思っています。

 

出来れば、昔の罪滅ぼしではありませんが、季節毎に、旬の果物が実っている果樹園を訪れて「果物狩り」をしたいと思っています。

 

次回は、次の果物を紹介します。

 

  • すいか
  • なし
  • いちご

 

それでは次回も宜しくお願いします。

 

以上

 

【 画像・情報提供先 】

Wikipedia(http://ja.wikipedia.org/)

・いわて食材倶楽部(https://www.iwate-syokuzaiclub.com/)

・果物ナビ(https://www.kudamononavi.com/)

 

出来る社員のPC整理術_まずは見た目の整理から - その2

 今回の「お役立ち情報」は、前回に引き続き「出来る社員のPC整理術_まずは見た目の整理から」の「その2」を紹介します。

 

前回は、「その1」と言う事で、「整理/整頓とは何 ?」と言う、基本的な情報の紹介から始めて、次のような、実際のPC整理方法を何点か紹介しました。

 

★過去ブログ:出来る社員のPC整理術_まずは見た目の整理から - その1(20190706.html)

 

  • 整理/整頓とは ?
  • 「5S」とは
  • デスクトップの整理方法
  • 「ドキュメント」フォルダーの整理方法
  • 不要ファイルの削除

 

実際のPCの整理術も大事なのですが、私的には、前回も言いましたが、「整理」と「整頓」の違いを、正しく理解していなかった事に衝撃を受けてしまいました。

 

この歳になって、「整理」と「整頓」の違いを理解していなかった事が、非常に情けなく、かつショックでした。

 

誰が言ったのかは分かりませんが、「人生一生勉強」とは、将に、この事だと思いました。まだまだ、勉強が足りません。

 

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と言う事で、第2回目の今回は、次のような情報を紹介します。

 

  • PCの最適化
  • SSDの寿命
  • フォルダーの階層管理
  • ディスクの空き容量管理
  • Outlookのデータ整理

 

今回は、主に、PC内のデータの「整理/整頓」方法を紹介しますが、私的には、「SSDの寿命」に関する話が、非常に興味深かったです。

 

それでは今回も宜しくお願いします。

 

 

 

■PCの最適化

今回の最初の情報としては、まずPCの「最適化」についての情報を紹介します。

 

コンピューターにおいて、データの追加、削除、変更、あるいはコピーを繰り返していると、データの断片化、「フラグメンテーション(fragmentation)」が起こります。

 

データのフラグメンテーションとは、本来、1箇所にまとめて保存(記憶)されるべきデータが、複数の場所に分散して記憶される事です。

 

下記に、データのフラグメンテーションが発生するメカニズムを紹介する図を掲載します。

 

  

 

 このように、コンピューター内でフラグメンテーションが多発すると、1個のデータが複数の場所に分散して記憶されてしまうので、該当データにアクセスする時に、分散された複数の場所からデータを集めるという無駄な処理が必要になってしまいます。

 

この無駄な処理が増えると、当然、コンピューターのパフォーマンスが低下する事になります。

 

何でデータが分散するかと言うと、次のような複数の原因があります。

 

・データを保存する記憶域の容量が限られている

・データの大きさが、データ毎に異なる

・データを削除すると必ず不連続の領域が発生する

 

過去に、アメリカのリサーチ会社「American Business Research」社が、アメリカの大企業100社に関して、Windows PCの使用状況を調査したところ、多くのPCでデータの断片化が発生しており、平均で1050~8162個まで断片化されており、中には、1個のデータが10,000個に断片化されていたケースもあったとされています。

 

  

そして、このように断片化が進行すると、PCの性能は極端に低下します。

 

但し、現在のPCは、チップの性能が、一昔前よりは、かなり向上していますので、そんなに直ぐにパフォーマンスが低下する訳ではありません。

 

しかし、断片化が進行すれば、データを読み取る「読み取り(磁気)ヘッド」は、選択されたファイルを組み立てるために、トラックからトラックへとジャンプしなくてはならないので、大量のI/O処理を必要とします。

 

このため、ファイルのロードが遅くなる事で、プログラムの起動に長い時間が掛かるようになります。

 

さらには、ディスクヘッドを余計に多く動かす事になりますので、ハードディスクの劣化が早まり、想定よりも早くHDDが故障する可能性もあります。

 

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それでは、データのフラグメンテーションを解消するためには、どのような対策が必要なのでしょうか ?

 

それは「デフラグ」と呼ばれる作業を行う必要があります。これは、「デフラグメンテーション(Defragmentation)」の略で、日本語では「最適化」と呼ばれています。

 

デフラグ」を行うと、断片化されたデータを、一旦、別の領域に移し、その後、1個の連続したデータに並び直す処理を行います。

 

このため、「デフラグ」を行う事で、前述の「断片化(フラグメンテーション)」が解消されるので、PCの処理パフォーマンスを元に戻す事も出来ますし、さらに、HDDにアクセスする際のオーバーヘッドも解消する事が出来ます。

 

  

PCを快適に使用し続けるためには、この「デフラグ」と言う処理は、必要不可欠な作業なのですが・・・皆さん、知っていましたか ?

 

Windows PCには、当初から「デフラグ・ツール」が組み込まれていますので、このツールを起動するだけで「デフラグ」を行う事が可能となります。

 

Windows 7」までは、この「デフラグ・ツール」を手動で起動する必要があったのですが、「Windows 10」からは、スケジュールを立てる事で自動的に実行されるようになりました。(初期値:毎週)

 

このため、現在、「Windows 10」を使っている方は、「デフラグ」の意味も必要性も把握しなくても、快適にPCを使い続ける事が出来ていると思います。

 

デフラグ」が実行されているか否かに関しては、上の画像にある「最後の実行」の箇所を見れば、「デフラグ」が、何時実行されたのかを把握する事が出来ます。

 

  この画面を表示する場合、次の操作を行って下さい。

 

(1)スタートボタンの右クリック

(2)「検索」をクリック

(3)検索欄に「デフラグ」と入力

(4)「ドライブのデフラグと最適化」を選択

(5)「ドライブの最適化」情報が表示

 

これで「デフラグ」の状況を確認して下さい。

 

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ちなみに、「Windows 10」以降、Cドライブが「SSD(Solid State Drive)」になっている場合、「デフラグ」を実行する必要はありません。

 

  と言いますか、ドライブが「SSD」の場合は、「SSD」には書き込み回数に制限があるので、むしろ「デフラグ」を実行してはいけません。

 

デフラグ」を実行してしまうと、書き込み回数が増えて、ドライブの寿命が短くなってしまうケースがあります。

 

SSD」は、構造上、データの上書きは行えないので、古いデータを消去してから、新しいデータを書き込む、と言う処理が必要になります。

 

さらに、複数の「ページ」をまとめた「ブロック」と呼ぶ、大きな単位で消去、書き込みを行う必要があるので、データを書き換える際には、一度、ブロック単位でデータをコピーして、その領域を消去、書き換えを行ったブロックを書き戻す、という手順を踏みます。

 

実際には、同じ所への繰り返し書き込みを防ぐ「ウェアレベリング」等と言う操作も行われるため、さらに複雑な処理が行われます。

 

このため、「SSD」に対して最適化を行う場合、「デフラグ」ではなく、「Trim」と言うコマンドを発行する事になります。

 

SSD」上でファイルやフォルダーを削除しても、該当データが、Windows上の「ごみ箱」に入る訳ではなく、「SSD」上で「削除マーク」が付けられるだけで、データそのものは残っています。

 

この状態で「Trim」コマンドが発行されると、「削除マーク」が付いた領域のデータが、本当に消去され、その後のデータ書き込み時に、新しいデータを直接書き込む事でアクセス速度の高速化を実現しています。

 

「Trim」コマンドは、OSレベルでは「Windows 7」からサポートを開始し、「Windows 10」に至るまで改良が加えられ、メンテナンス機能である「ドライブの最適化」においても、「SSD」に対しては、「Trim」コマンドを実行する仕組みになっています。

 

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本章で、ディスクの最適化の話を紹介しましたが、「SSD」に関する話題に触れたので、今回のブログの趣旨からは若干逸れてしまいますが、次章にて「SSDの寿命」についての情報を紹介します。

 

 

 

 

SSDの寿命

  前章で、「SSD」には寿命がある事を紹介しました。また、「SSD」には、これまでの説明において、次のようなメリットがある事も紹介しました。

 

・読み書きの速度が非常に早い

・消費電力や発熱が少ない

・作動音が無い

 

このように、メリットだけを紹介すると、「SSD」は万能のようなイメージを持つと思いますが・・・「SSD」にも、当然、弱点、つまりデメリットはあります。

 

そこで、下記に、「SSD」と「HDD」のメリット/デメリットを簡単に紹介しておきます。

 

媒体

メリット

デメリット

SSD

・高速アクセス

・価格が高額

・振動/衝撃に強い

・容量が小さい

・静音

・書き換え回数に限界がある

・低消費電力

・放置するとデータが消失する

HDD

・価格が安価

・アクセス速度が低速

・大容量

・振動/衝撃に弱い

・長期間保存可能

・消費電力が高い

 

・動作音がする

 

・発熱する

 

このように、高速アクセスが可能で消費電力も低い「SSD」ですが、それなりにデメリットがある事も解ると思います。

 

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さて、そこで気になる「SSDの寿命」ですが、大雑把に言うと、概(おおむ)ね5年が目安と言われているようです。

 

しかし、「概ね5年」とは言っても、使い方やメーカーの特性によっても寿命は異なるので、全てが5年と言う訳ではありません。

 

特に、「SSD」には、読み書きの回数で劣化すると言う特性を持っているので、当然、使用頻度が少なければ、その分だけ寿命は長くなります。

 

そして、この「5年」と言う期間ですが、この期間は、1日に20GB(ギガバイト)のデータを利用する事を前提に算出された寿命との事です。その計算式は、次の通りです。

 

20GB × 365日 = 7,300GB/年 × 5年 = 36,500GB = 36.5TB(テラバイト)

 

つまり、「SSD」に対して、36.5TB分のデータの書き込みを行うと、SSDへの書き込みが出来なくなるとしているらしいです。

 

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  「SSD」とは、半導体メモリを、ディスクドライブの様に扱えるようにした補助記憶装置と紹介しましたが、もう少し具体的に説明すると、「SSD」の内部に使われている半導体メモリとは、「NAND型フラッシュメモリ」と呼ばれる「不揮発性メモリ」で、要は、電源を落としてもデータが記憶され続けるメモリとなります。

 

NAND型フラッシュメモリ」は、「セル」と呼ばれる小さな区画に、ビット単位の情報を保存する仕組みになっています。

 

そして保存された情報は、電圧の変化(強さ)を使ってオン/オフの切り替えを行う事で、コピーしたり、あるいは削除したりする処理を行います。

 

SSD」の容量は、このように「NANDフラッシュ」に刻み込まれている「セルの数」で決定します。つまり、「セルの数」が多ければ多いほど、より大容量の「SSD」を作れると言う理屈となります

 

しかし、「セルの数」を多くすれば、「SSD」自体も大型化しなければならず、そうなるとSSDを格納する器自体も大きくしなければならなくなってしまいます。

 

このため、「どうすれば小型のままセルに多くの情報を詰め込めるのか ?」とい言う点が課題となり、「SSD」にも様々な改良が加えられる様になりました。

 

・SLC(Single Level Cell) :1セルに1 Bit情報格納、高級品、低容量、長寿命、高堅牢、書換回数10万回

MLC(Multi Level Cell) :1セルに 2Bit情報格納、一般向け低コスト、SLCより低堅牢/低耐久/短寿命、書換回数1万回

TLC(Triple Level Cell) :1セルに 3Bit情報格納、一般向け最廉価版、大容量、MLCより低耐久/短寿命、書換回数5000回

・QLC(Quad Level Cell)  :1セルに 4Bit情報格納、2018年より市販化、最安値、低品質、書換回数1000回

・3D NAND              :平面構成セルを立体構造(3D)化、大容量化可能、高性能/高信頼性、書換回数SLCの1,000倍

 

SLCタイプのSSDは完全に企業向けのパーツで、一般人に手が届く価格ではないようです。一般人がPCパーツとして選択肢に入るのは「MLC」か「TLC」の2択になります。

 

MLCタイプの場合、TLCと比べて同じ容量でも3~4割ほど価格が高いものの、依然として耐久性に信頼を置けるという理由でシステムドライブにMLCを選ぶ人が多くなっているようです。

 

しかし、3D NAND型フラッシュが登場した事で、現状では、3D NAND型フラッシュが標準になり、積上げる階層の数により、「○○層3D NAND型フラッシュ」と呼ばれるようになっているそうです。

 

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寿命がある「SSD」ですが、その寿命を延ばすには、基本的に、「SSD」への読み書きを減らす事が必要になります。

 

SSDへの書き込みを減らすなんて !! 一体、どうすれば良いの ? 』となるかと思います。

 

SSD」への書き込み回数を意識しながらPCを使うなんて事は無理だと思います。それでは、どのようにして「SSD」への書き込みを減らせば良いのでしょうか ?

 

一番簡単な対策は、「SSD」で構成されているドライブに、普段、仕事等で使うフォルダー/ファイルを配置しないようにする事です。

 

通常は、Cドライブを「SSD」にして、PCの起動を早くしたり、処理パフォーマンスの向上を目指したりしていると思いますので、下記以外のデータ、つまり仕事や私用で使う情報は、Cドライブに保存しないようにする事で、「SSD」への書き込み回数を減らす事は可能になります。

 

Windows本体のデータ

・Office本体のデータ

・各種アプリケーションの本体のデータ

 

また、前の章で紹介した「ドキュメント」フォルダー等の個人用フォルダーに関しても、Cドライブ以外に移動した方が良いと思います。

 

個人用フォルダーをCドライブ以外に移動する方法は、前回ブログの「ドキュメント フォルダーも整理整頓」に記載していますので、そちらを参考にして下さい。

 

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という事で、本章の最後に、「SSD」の寿命を調査できるツールを紹介します。「SSD」の寿命を調べるツールとしては、次のようなツールがあります。

 

CrystalDiskInfo

  「CrystalDiskInfo」と言うツールは、SSDの状態を確認するツールの定番ソフトとなっているようです。

 

SSDだけでなくHDDの状態を確認する事ができます。

 

正確な寿命までの時間は表示されませんが、大まかな「健康状態」は表示してくれます。

 

健康状態が「正常」と記載されていれば問題ありませんがSSDの劣化が進むと「注意」と表示され、さらに計算上の寿命を越えてしまうと「異常」と表示されます。

 

 

【 SSDLife Free 】

  「SSDLife」は、有償版と無償版があり、今回紹介するのは、当然、無償版です。

 

こちらの「SSDLife Free」は、診断結果を単純に表示するだけのシンプルなソフトです。

 

有償版の「Pro」になると、前述の「CrystalDiskInfo」の様に、詳細情報を表示してくれるようです。

 

SSD」の種類によっては、予想寿命まで表示してくれるみたいですが、私のPCのSSDには、書き込み情報(スループット)が存在しないみたいなので、寿命は表示してくれませんでした。

 

 

 

■フォルダーの階層管理

 

  次は、過去ブログでも取り上げた「フォルダーの階層管理」についての情報を紹介します。

 

過去ブログ「身の回り整理術~見た目スッキリで業務効率化 - その2(20160305.html)」では、「フォルダー管理」の手法として、次の内容を紹介しました。

 

(1)業務内容の整理

(2)階層を意識したカテゴリ分類

(3)フォルダー名は短く

(4)先頭には数字2桁を使用

(5)ショートカットの活用

 

この中の「(2)階層を意識したカテゴリ分類」、および「(5)ショートカットの活用」と言う項目においては、自身の業務内容を整理してカテゴリに分類する事で、データを整頓する方法を紹介しました。

 

そして、このカテゴリとして分類した業務を、さらに階層化することで、資料の整理を行う事が出来るとしていますが、この整理例では、階層を4~5階層にする案を紹介しています。

 

確かに、業務をカテゴリに分類し、さらに、そのカテゴリ内を細分化することで、「データを整理する」と言う点では、全く問題も無い正しい考え方だと思います。

 

しかし、「整頓」と言う観点で、この方法を見ると・・・ちょっとな~、と言う感じになってしまいます。

 

「整頓」とは、前回ブログでも説明していますが、『 必要な物を何時でも、誰でも、直ぐに入手出来る状態にする行動 』と定義付けています。

 

と言う事で、カテゴリ内を多階層化し過ぎてしまうと、必要なデータを取り出すために、何度もクリックを繰り返す事になるので、『 必要な物と直ぐに入手 』と言う点に抵触してしまいます。

 

資料の保存場所を、解りやすく整理するためには、カテゴリを多階層化しなければならないが、資料を直ぐに取り出すための整頓としては、カテゴリの多階層化を避ける必要があります。

 

この「整理と整頓」と言う「二律背反」を解決するために、過去ブログでは、「ショートカットの活用」を勧めていますが・・・

 

確かに、多階層化したフォルダーに、直ちにアクセスする方法として、ショートカットを活用するのは理にかなった対策だとは思います。

 

しかし、そうなると、フォルダー内が乱雑になり過ぎて、何が何だか解らなくなってしまう恐れがあります。

 

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「ファイルの整理術」等を語っているWebサイトを見ると、その多くは、『 階層は3階層まで ! 』と記載しています。

 

しかし、実際の業務運用において、資料を3階層で管理するのは無理だと思います。

 

例えば、営業職の社員が、プロスペクト・ユーザー「A社」の情報を管理するケースを考えて見ると、下記の様な階層が必要になります。

 

⇒ Dドライブ → 営業関連 → 2019年度 → プロスペクト・ユーザー → A社

 

もう、これだけで5階層となっています。

 

ドライブを、カテゴリ毎のパーティションに分割して管理すれば、1階層分減らす事も可能にはありますが・・・何も、そこまでやらなくても・・・と言う感じがします。

 

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私などは、慣れてしまったので、別に、階層が5階層でも6階層でも、特に問題なく業務を行っています。

 

フォルダーの整理/整頓に関しては、「整頓」よりも、「どの資料が、どこに保存されているのか ? 」を正しく管理できる「整理」に重点を置いた方が良い感じがします。

 

必要な資料を取り出すために、多少、クリックが多くなってしまいますが、「素早さ」よりも「正確さ」に重点を置くべきだと、私は考えます。

 

皆さんは、「正確さ」と「素早さ」、どちらに重点を置きますか ?

 

 

 

■ディスクの空き容量管理

 

次は、同じくフォルダー関係の「整理/整頓」に効果的な、フォルダーの使用状況を調査する方法を紹介します。

 

PCを使い続けていると、それなりにデータが蓄積されて行きます。いくら、ここまで紹介してきた方法で、フォルダーやファイルを「整理/整頓」しても、溜まるものは溜まるので、仕方が無いと思います。

 

とは言え、やはりディスクの使用状況を把握して、古いデータは、ファイルサーバーやUSB等のリムーバブル・ディスクに退避して、SSD/HDDの空き容量を確保する必要があります。

 

しかし、いざ「ディスクの整理をしよう ! 」と思ったとしても、どのディスクやフォルダーから調査を開始して良いのか迷うと思います。

 

  そのような時に有効なのか「DiskInfo」と言うツールです。

 

この「DiskInfo」と言うツールは、ドライブを指定して「解析」ボタンをクリックするだけで、ドライブ内にあるフォルダーの容量を表示してくれるツールです。

 

容量は、数値だけでなくグラフでも表示され、どのフォルダーが、どれだけの容量を占めているかが、一目で把握出来ます。

 

また、表示されているフォルダーを選択すると、今度は、選択したフォルダーに関して、その内部の使用状況も表示してくれます。

 

この機能により、フォルダー内部をドリルダウンして調査する事が出来ますので、フォルダーの整理を行う時に、非常に役に立ちます。

 

さらに、この「DiskInfo」と言うツールでは、次のような機能も提供しています。

 

【 ツール提供機能 】

・フォルダー毎にサイズを一覧表示する「フォルダーサイズ」

・拡張仕事にサイズを表示する「拡張子別サイズ」

・ファイルのない空っぽのフォルダーを検出する「空フォルダー」

・同一ファイルを検出する「重複ファイル」

・過去の解析結果との「比較」

・解析結果をテキストや Excel に保存

 

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この「DiskInfo」の基本的な使い方は、次の通りです。

 

(1)「DiskInfo」を起動するとメイン画面が表示される。

(2)メニューバーから「ファイル」→「解析」とクリックする。

(3)「フォルダー選択」画面が表示されるので、解析したいドライブをクリックして選択するか、フォルダーを選択して「OK」ボタンをクリックすると解析を開始する。

(4)解析が終わると「解析時情報画面」が表示される。必要に応じて、印刷したりクリップボードにコピーしたりする。

(5)メイン画面には、解析したフォルダー、ファイル情報が一覧表示され、左にフォルダーツリー、右上にフォルダー一覧、右下にファイル一覧が表示される。

(6)後は、必要に応じて、「ツール」から、上記【ツール提供機能】を活用して、詳細な調査を行う。

 

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このようなツールを活用して、不要ファイルの削除や退避等を行って、ディスクの空き容量を確保して下さい。

 

「DiskInfo」の詳しい使い方に関しては、下記でも紹介しています。

 

フリーソフト100 : https://freesoft-100.com/review/diskinfo.php

 

※DiskInfoに関しては、提供元「らくちん」様が、2019年5月31日で、サイトを閉鎖していますので、今後のメンテンスは行えないと思います。

→ らくちんツール:https://v2.rakuchinn.jp/index.html

 

 

 

 

Outlookのデータ整理

  本ブログの最後に、見た目の「整理/整頓」とは、若干主旨が異なりますが、Microsoft社の「Outlook」の整理術を紹介します。

 

現在の社会において、メールを使わずに仕事を行っている人は、ほんの一握りだと思います。逆に、メールを使わずに出来る仕事自体が、珍しい仕事になりつつあります。

 

私が、社会人になった数十年前は、メールなんて代物は存在せず、お客様や取引先との情報のやりとは、電話とFAXだけでした。

 

それから、ほんの10年もすると、ほぼ全てのやり取りがメールになってしまい、現在、弊社でも、一応、FAX機能を備えたプリンターは設置していますが、FAXでのやり取りは皆無です。

 

このように、毎日の業務で何通ものメールのやり取りをしていますので、自然と大量のメールがPC内に溜まって行く事になります。

 

メールの量や、Outlookデータのファイル・サイズを気にしている人であれば、定期的に、次のフォルダー内のデータを削除していると思います。

 

  ・送信済みアイテム

・削除済みアイテム

 

これらのフォルダーに関しては、該当フォルダーを選択し、右クリックを実行することで、サイドメニューが表示されますので、その中から「フォルダーを空にする」、または「すべて削除」をクリックすることで、データを削除する事が出来ます。

 

ちなみに、「送信済みアイテム」のサイドメニューに、「フォルダーのクリーンアップ」と言う項目がありますが、これは単純な削除ではなく、重複するメッセージを削除する機能となっています。

 

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  さて、それではメールの整理の仕方ですが、一番簡単なのは、不要メールを全て削除してしまう事です。

 

皆さんは、メールを、どのような方法で管理しているのか分かりませんが、特に意識をしていなければ、下記4個のフォルダーに、全てのメールが保存されているではないかと思われます。

 

・受信トレイ

・送信済みアイテム

・削除済みアイテム

・迷惑メール

 

このため、まずは、削除済みアイテムと迷惑メールに残っているメールは全て削除し、その後、受信トレイと送信済みアイテム内のメールを、必要に応じて削除すれば良いと思います。

 

私などは、上図の通り、受信メールを、プロジェクト毎に20個程度のフォルダーに分類していますので、中々簡単には削除出来ません。

 

まあ、フォルダー1個毎に、中身を確認して不要メールを削除すれば良いのですが・・・ちょっと、そこまでの手間は掛けたくありません。

 

それでは、このような場合、どうすれば良いのかと言うと、次のような手順で整理すれば良いと思います。

 

(1)古いメールだけを抽出して別フォルダーに分離する。

(2)分離した古いメールの中身を確認して不要メールを削除する。

(3)残った古いメール・データのファイルをUSB等の別媒体にコピーして保存する。

(4)コピー成功後、残った古いメール・データを削除し、必要に応じてUSBの中身を確認する。

 

まあ、(2)の作業が面倒であれば、この作業はスキップしても、最終的には、PCから削除してしまいますので、特に問題は無いと思います。問題があるとすれば、USB等の別媒体のファイル容量が問題になる可能性があります。

 

不要メールを削除しない場合、コピー/退避するメール・データの量が多くなりますので、そのままでは別媒体にコピー出来ない可能性がありますので、その辺りは、柔軟に対応して下さい。

 

それでは、実際の作業手順を紹介します。

 

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  この作業では、「メールボックスの整理」と言う機能を利用します。

 

「メールボックスの整理」には、古いデータを整理する機能が含まれていますので、この「古いデータの整理」に対して、何ヶ月前のデータを整理するのかを指定し、その後、整理処理を実行する事になります。

 

何ヶ月前のデータを古いデータと認識するのかに関しては、Outlookの「ファイル」→「オプション」→「詳細設定」と遷移し、その中で「自動整理の設定」画面を表示させます。

 

そして、「自動整理の設定」画面において、次の設定を行います。

 

・何ヶ月前のデータを古いデータとするのか

・古いデータを削除するのか移動するのか

・古いデータを移動する場合、何処に移動するのか

 

  これら「自動整理」する内容を登録後、今度は、「ファイル」→「メールボックスの設定」→「古いアイテムのクリーンアップ」と遷移します。

 

そして、表示された「古いアイテムの整理」画面において、「自動処理の設定に従ってすべてのフォルダーを保存する」をチェックした後、「OK」ボタンをクリックします。

 

そうすると、「自動整理の設定」画面に設定した内容で、古いメール・データが、指定した保存ファイル(archive.pst)に作成されます。

 

この保存ファイル、Microsoft社の説明では「保管用PSTファイル」と記載されていますが、その他では、保存ファイルとはアーカイブ・ファイルとか、様々な名称で呼ばれているようです。

 

 [ 基本的には、前回ブログで紹介した個人用フォルダー内の「ドキュメント」フォルダー、その中の「Outlook ファイル」フォルダーに存在します。

 

この「保存ファイル(archive.pst)」に関しては、Outlookからも参照する事が出来ます。

 

もしも、Outlookに「archive」が表示されない場合、「ファイル」→「開く/エクスポート」→「Outlookデータ ファイルを開く」をクリックし、そこで表示されるファイル一覧から「archive.pst」を選択する事で参照が可能になります。

 

 

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今回は、「出来る社員のPC整理術_まずは見た目の整理から - その2」として、次のような情報を紹介しましたが、如何でしたか ?

 

  • PCの最適化
  • SSDの寿命
  • フォルダーの階層管理
  • ディスクの空き容量管理
  • Outlookのデータ整理

 

これで、皆さんの仕事も効率化出来そうですか ?

 

まあ、それ程じゃないにしても、PC内を整理/整頓する事で、少しは、作業効率は上がると思いますので、今回紹介した全てでは無くても、何点かは実践してみて下さい。

 

また、下記の過去ブログも参考にすれば、さらなる効率化も可能かもしれません。

 

★過去ブログ:身の回り整理術~見た目スッキリで業務効率化 - その1

                      :身の回り整理術~見た目スッキリで業務効率化 - その2

 

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しかし、余りに作業の効率化が進むと、逆に仕事が増える可能性があります。

 

会社の仕事、および日本の社会に限らず、社会一般として、「有能な人には仕事が集まる!」と言う言葉は、良く聞く言葉です。

 

簡単な例を挙げると、例えば、会社の会議に、誰を招集すれば良いかと言う点が問題になりますが、その時に、真っ先に招集されるのが「優秀な人材」です。

 

会議とは、大抵の場合、何かの問題点の解決を目的として開催されます。

 

この問題を解決するために、「役に立たない人材」を招集しようとは誰も思いません。問題解決のためには「優秀な人材」が必要です。

 

そして、会社では、何種類かの会議を開催しますが、その「優秀な人材」は、複数の会議に呼ばれる事になります。

 

そうなると、自身の仕事の他に、数多くの会議に呼ばれる事になりますから、「優秀な人材」は、本当に多忙になります。

 

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私も、その昔、サラリーマンだった頃は、パッケージ・ソフトウェアの障害対応部署のリーダーだったので、会社で開発/販売している数々のソフトウェアに関する全ての会議には、必ず招集されていました。

 

このため、その時期は、本当に多忙でした。

 

私自身、専門に担当していたソフトウェアがあったのですが、それ以外のソフトウェアに関しても、会議に呼ばれてホトホト嫌気が指してしまいました。

 

その当時は、「何で俺だけいつも呼ばれるんだ !」とか、「俺は関係無いだろう!!」とか、文句ばかり言って評価を落としていました。

 

今更ですが、もっと物事をポジティブにとらえて対応していれば、私自身の評価も人間関係も変わっていたと後悔しています。

 

今では、事業主となってしまいましたので、物事の捉え方は、当時とは全く異なりますが、その当時も、もっと広い視野で物事に対処すべきだったと思っています。

 

確かに、様々な、そして面倒な仕事が舞い込みますが、次のような事を目的にして、仕事を楽しむようにした方が良いと思います。

 

・様々な仕事をこなして、仲間に喜んでもらう

・様々な仕事をこなして、経験を積む

・様々な仕事をこなして、スキルを高める

・様々な仕事をこなして、コミュニケーション能力を高める

 

皆さんも、仕事を効率化することで、新しい世界が開ける可能性がありますので、仕事を楽しいで下さい。

 

それでは次回も宜しくお願いします。

 

以上

 

 

【 画像・情報提供先 】

Wikipedia(http://ja.wikipedia.org/)

Microsoftサポート(https://support.microsoft.com/ja-jp)

フリーソフト100(https://freesoft-100.com/)

 

座敷童子 - 神か霊か、はたまた妖怪か ? (その2)

 今回は、前回に引き続き、「座敷童子」の話題を紹介します。

 

★過去ブログ:座敷童子(わらし) - 神か霊か妖怪か ? (その1) 

 

前回ブログでは、次のような内容を紹介しました。

 

 

遠野物語」には5個、「遠野物語拾遺」には8個、合わせて13個もの「座敷童子」関連の話が掲載されていますので、その昔は、結構、多くの目撃談があったことが忍ばれます。

 

さらに、前回も紹介した通り、大正13年(1924年)に発行された別の雑誌「人類学雑誌」には、83個(東北:66個/東北以外:17個)もの目撃談が掲載されていますので、本当に、江戸時代末から大正期に掛けては、東北地方には、数多くの「座敷童子」が居たと推測されます。

 

しかし・・・その昔は沢山居た「座敷童子」、今では、何処に行ってしまったのか ? 日本狼のように既に絶滅してしまったのでしょうか ?

 

他方、これら「座敷童子」は、実際には存在せず、地域社会における貧富の格差を納得させる道具としてのみ存在した、と言う考え方もあるようです。

 

確かに、自分の家が貧乏な理由として、次のような事を言われれば、もう納得するしかありませんよね !!

 

「ウチは貧乏だけど、あの家には、座敷童子が住んでいるから裕福なのは仕方が無い。」

「あの家には、昔は座敷童子が住んでいたから裕福だったけど、今は居ないから没落しても仕方がない。」

 

 「座敷童子」は、不可抗力や自然災害みたいな感じです。もう、人智の及ばない存在として、受け入れるしかありません。

 

これは、当時の地域社会においては、非常に便利な存在、方便だったと思います。

 

今、現在、「あの家には座敷童子が住んでいるから裕福なんだ !」と言われても、誰も納得しないと思います。

 

しかし、まあ、それにも関わらず、「座敷童子」の正体を突き止めたくなるのは人間の性だと思います。

 

河童、猿、何とか童子、大工の呪い・・・沢山の正体を考えていますが、やはり、一番納得し易いのは、「間引かれた子供」説だと思います。

 

今回は、前回の情報を引き継いて、「座敷童子の正体」から継続し、次のような情報を紹介します。

 

 

【 第2回目 】

  • 座敷童子の正体説(途中から)
  • 座敷童子がいるから裕福になるのか ?
  • 「異人」/「憑き物」の考え方
  • 座敷童子を見ると幸せになれるのか ?

 

 

それでは今回も宜しくお願いします。

 

以上

  

■座敷童子の正体説

今回の最初は、前回に引き続き、「座敷童子」の正体の残り、3説を紹介します。

 

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●「火男」説

それでは、最初に「火男」の伝説を紹介します。

 

【 火男 】

 爺さんが柴刈りの最中に穴を見つける。

穴は災いをもたらすので塞いでしまおうと、大量の柴を押し込んでいると中から呼び声がして、立派な御殿のある世界に連れて行かれる。

呼んでいたのは美女で、更に白髪の翁から褒美としてヘソから金(きん)を生む、奇妙な顔の子供を譲り受ける。

爺さんは子供を気に入って育てたが、欲張りな婆さんはより大きな金を欲しがり、ヘソを火箸で無理やりつついたため、子供は死んでしまう。

悲しむ爺さんに、自分に似せた面を竈の前に架けておけば、家が富み栄えると夢枕に立った。

その子の名前が「ひょうとく」であった事から、「ひょっとこ」と呼ばれた。

 

この「火男(ひょっとこ)」については、登場する子供の名前が「うんとく」であったり、あるいは「したり」であったりするケースもありまし、子供ではなく「若者」となるケースもあるようですが、ストーリーは、ほぼ同じとなっているようです。

 

そして、「火男(ひょっとこ)」に関しても、「富の源泉」と言う事で、「座敷童子」の正体として取り上げられる事が多い存在です。

 

このため、「火男」に関しては、前回紹介した「竜宮童子」、および「護法童子」と同類としてとらえられています。

 

「火男」に関しては、弊社過去ブログにおいて、「カマドガミ(竈神)」との関係で紹介しています。

 

★過去ブログ:岩手の民間信仰 ~ 聞いた事も無い信仰ばかり Vol.2

 

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●「間引かれた子供」説

 「座敷童子」の正体に関する最後は、「座敷童子 = 間引かれた子供」説を紹介します。

 

東北地方は、昔から数多くの飢饉に襲われ、安土桃山時代となる「慶長5年(1600年)」から「明治2年(1869年)」までの269年間に、17回もの飢饉に見舞われています。

 

その中でも、下記の飢饉は「四大飢饉」と呼ばれ、数多くの餓死者を出しています。

 

・元禄飢饉  :元禄年間(1688~1704年)に起こった飢饉。元禄8年と元禄15年の飢饉では数万人が餓死。

・宝暦飢饉  :宝暦5年(1755年)に起こった飢饉。餓死者5万人と伝わる。

天明飢饉  :天明3年(1783)~7年(1787年)に起こった飢饉。1783年の浅間山岩木山の噴火が原因。

天保飢饉  :天保3年~9年(1832~1838年)に起こった飢饉。

 

そして、このような飢饉が起こるたびに、農村では、人々が生き残るために、「口減らし」を行って来ました。

 

 「口減らし」とは、文字通り、「食物を食べる口を減らす」事で、子供を「間引く = 殺す」事を意味していますし、また歳を取った老人を山に置き去りにする「姥捨て」等が行われて来ました。

 

その内、「間引き」は、「臼殺(うすごろ)」とも呼び、「間引く(殺す)」子供を、石臼の下に置いて圧死させる方法が取られたと伝わっており、「圧殺」した子供は、決して家の外には出さず、家の土間の縁台の下とか、あるいは石臼場の下など、人が踏みつける場所に埋めたそうです。

 

そして、このようにして「間引かれた(殺された)」子供の霊魂に関して、「佐々木喜善」は、「奥州のザシキワラシの話」の中で、次のように紹介しています。

 

『 不時に死に、又は昔時無残な最期を遂げた童子の霊魂は、そのまま屋内に潜み留まり、主に梁の上などに棲んでいる。 』

 

また、この説を裏付けるような話も掲載しています。

 

『 土淵村字火石の庄之助という家で、一族二十人ばかり集まっている夜に、桁の上から女子の小櫛が落ちて来たので、皆上を見たが何も見えなかったという。しかし、ある者の目には、髪を乱した女子の顔が梁にくっついていて、じっと下を見つめていたのだと。それは恐らく、飢饉の年に餓死した召使の少女の魂魄が梁の上に留まっている為だとされた。 』

 

『 土淵村の山口では、天明の飢饉の時に盗み癖のあった子供を山に連れて行き、斧で斬殺した霊魂が家に帰り、梁にくっついで、悲しそうな声で最後の語を呟いている事があるという。その最後の語とは「父(トト)、何をする。」という言葉であったようだ。 』

 

 

何とも、悲しくも恐ろしい話ですが、この「間引かれた子供の霊」の事を、佐々木喜善や、柳田國男の弟子とされる「折口信夫」等は、「若葉の霊(魂)」と呼んでいたようです。

 

そして、この「若葉の霊」に関しては、「時々雨の降る日など、ぶるぶる慄(ふる)えながら縁側を歩くの見る。」と紹介しています。

 

更に、次の点が、「座敷童子」と類似していると報告しています。

 

・子供の姿である

・屋内を移動する

・悪戯をする

・祀られていない

 

このような類似点から、「座敷童子 = 間引かれた子供」と言う説が唱えられ、現在では、この説が多くの支持を集めているようです。

 

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●「職人の呪い」説

 岩手県龍泉洞がある場所として有名な岩泉町出身の作家「高橋 貞子」氏は、その著書「座敷わらしを見た人びと」の中で、「座敷童子」の正体は、家を建てる際に、工事に関わった職人達の呪いと言う説を唱えています。

 

この説では、その昔は、建築に携わった大工や各種職人達が、気持ち良く仕事が出来なかったり、あるいは施工主から無礼な扱いを受けたりした場合、その家に呪いをかける習慣があったとしています。

 

そして、この「呪い」とは、木片で作った人形を、柱と梁の間に挟み込んだり、あるいは家の要所に埋め込んだりしたと伝わっているそうです。

 

「高橋 貞子」氏は、こうした「呪い」の行為が、「座敷童子」と言う不思議な現象を生んだとしていますが、この説では、「座敷童子」と「福」や「富」の結び付きは生まれませんので、ちょっと無理がある説かもしれません。

 

■座敷童子が居るから裕福になるのか ?

次に、「座敷童子」が居る理由について、これまでと異なる説を紹介したいと思います。

 

これまでの諸説では、次のような話が定説として語り継がれて来ました。

 

・座敷童子が住み着いているから、その家が裕福になる。

・座敷童子が去ると、その家は没落する。

 

これらの定説は、ある家、遠野地域で言うと、「大同と呼ばれる旧家」が、何故裕福なのかを、「座敷童子」の存在を理由として語っているに過ぎないと考えられています。

 

つまり、次のようなストーリーが展開される訳です。

 

・「大同の家は、何故か裕福である。」

・「大同の家には、座敷童子が住み着いているから裕福になったに違いない。」

・「山口の旧家・山口孫左衛門という家が没落したのは、座敷童子が去ったからに違いない。」

 

この説は、現在では、遠野地域の普通の家、と言うか貧乏な家が、「何故、大同」の家だけが裕福なのか ?」を、そして、裕福だった家が、何故没落したのかを、自分たちなりに納得させるための方便だったと考えられていますが・・・この考え方は正しいのでしょうか ?

 

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東北地方を舞台にした数多くの小説を書いている「高橋克典」氏は、上記とは別の説を唱えています。

 

「 座敷童子が住み着いているのは大同の家が裕福だから。 」

 

と言う説です。

 

 つまり、「座敷童子は、裕福な家にしか住み着かない。その家が没落するから他の裕福な家に避難する。」と言う考え方です。

 

まるで、「性善説」と「性悪説」、あるいは「鶏が先か/卵が先か」と言うような関係になってしまいましたが、実際、先に紹介した「遠野物語拾遺」の中でも、この話は取り上げられています。

 

その話は、「拾遺91話」の中にある、「六部」の存在です。

 

『 附馬牛村のある部落の某という家では、先代に1人の六部(巡礼僧)が来て泊って、そのまま出て行く姿を見た者がなかったなどという話がある。 』

 

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この「六部」とは、その章でも説明しています通り、正しくは「日本回国大乗妙典六十六部経聖」と言う「六十六冊の法華経」を意味する言葉が、その後、そのお経を納めて全国を巡礼する僧侶を表すようになったものです。

 

そして、この「六部」に関しては、日本全国に「六部殺し」と言う民話と言うか「怪談」が伝わっており、それは次のような内容になっています。

 

 『 ある村の貧しい百姓家に六部がやって来て一夜の宿を請う。その家の夫婦は親切に六部を迎え入れ、もてなした。

 

その夜、六部の荷物の中に大金の路銀が入っているのを目撃した百姓は、どうしてもその金が欲しくてたまらなくなる。そして、とうとう六部を謀殺して亡骸を処分し、金を奪った。

 

その後、百姓は奪った金を元手に商売を始める。田畑を担保に取って高利貸しをする等、何らかの方法で急速に裕福になる。

 

夫婦の間に子供も生まれた。ところが、生まれた子供はいくつになっても口が利けなかった。

 

そんなある日、夜中に子供が目を覚まし、むずがっていた。小便がしたいのかと思った父親は便所へ連れて行く。

 

きれいな月夜(もしくは月の出ない、あるいは雨降り)の晩、ちょうどかつて六部を殺した時と同じような天候だった。

 

すると突然、子供が初めて口を開き、「お前に殺されたのもこんな晩だったな」と言ってあの六部の顔つきに変わっていた。 』

 

話の細部は、その土地々々で微妙に異なりますが、大体の荒筋は上記の通りです。

 

「六部」とは、前述の通り、全国を行脚しますので、当然、「路銀(旅に必要な金銭)」を持っています。そして、この「路銀」目当てに「六部」を殺して、「路銀」を奪って裕福になる、と言うのが当初のストーリーです。

 

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遠野物語拾遺 91話」では、この「六部殺し」と「座敷童子」が結合した話として伝えられています。

 

つまり、この話では、次のようなストーリー展開になっています。

 

1.附馬牛村のある部落の某という家に「六部」が宿泊する。

2.その「六部」を殺害して金品を奪う。

3.奪った金を元手に商売を始めて裕福になる。

4.その後、この某家から10歳位の紅い振り袖を来て紅い扇子を持った女の子が踊りながら出ていった。

5.この女の子は、下窪の家に入った。下窪の家では神棚の下に座敷童子が居る。

6.その結果、附馬牛村の某家は没落し、下窪の家は裕福になると言う逆転現象(ケエッチヤ)が起きた。

 

 

この話は何を意味しているのかと言うと、先の「六部殺し」と「座敷童子」が融合しているのですが、それ以外にも、「附馬牛村の某家」に座敷童子が住み着いたのは、「附馬牛村の某家」が裕福になったから、と言う事を意味しています。

 

さらに、この話を読み解くと、次の点も重要になって来ます。

 

・地方の村にも、その昔から貧富の格差があり、裕福な家は、それ以外の家から妬まれていた。

・その家が裕福になったのは「座敷童子の存在」や「六部殺し」を行ったのが理由としている。

・その半面、成り上がり者の家には座敷童子はおらず、もっぱら旧家にのみ存在している。

・このため、これらの事は、裕福な家や旧家への陰口として使われるケースが多いと思われる。

・座敷童子や持ち物が紅くなると、その家は没落すると言われるが、これも妬みの一種と思われる。

・つまり、元々「座敷童子」や「六部殺し」とは、地域社会における貧富の差や暗部の象徴だった。

 

このように、現在では、何か、一種のファンタシーや幸せの象徴のように語られている「座敷童子」ですが、その本質は、地方における暗部、ダークサイドの象徴だったと思われます。

 

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「座敷童子」や「六部」、およびそれらに伴う「富」は、地域社会の外部から来る物としてとらえられ、これら外部から来た物が、社会に格差を生み出す物と考えられていたのかもしれません。

 

そして、「富」とは移動する物と考えられ、一種の期待値として、「富」が自身の所に来ることを期待していたからこそ、「座敷童子が移動する。」と言う伝説が生まれたのかもしれません。

 

こうなると、やはり、「座敷童子が居るから裕福になる。」のではなく、「裕福だから座敷童子が居ると考えられた。」とするのが正論のような感じがしてきます。

 

 このように、「遠野物語」や「遠野物語拾遺」における「座敷童子」とは、江戸時代に入り、「貨幣経済」が地域社会にも浸透した事で地域社会にも「貧富の差」が生まれ、その「富の源泉」となる「貨幣」や「財産」は移動すると言う現象を、「座敷童子」や「六部殺し」に例えて伝えた内容だと考えられます。

 

そうなると、「座敷童子」の正体としては、「座敷童子 = 貨幣/財産」とも考えられるような感じもします。

 

 

他方、「座敷童子」や「六部」は、元々、地域社会には存在しない「異人」として扱われるケースもありますが、この場合でも「貨幣経済」が重要な地位を占めています。

 

 

 

■「異人」や「憑き物」の考え方

 

前章で紹介したように「座敷童子」を、地域社会の外部から来た「異人」としてとらえる考え方も存在します。

 

地域社会における「異人」に関しては、関西学院大学の研究によると、次の4つのカテゴリーがあるとされています。

 

第1カテゴリー :外部から一時的に地域に侵入し、用事が済めば立ち去る異人

第2カテゴリー :外部から地域に侵入し、そのまま定着する異人

第3カテゴリー :地域社会内部において作り出された異人

第4カテゴリー :噂は聞いて知っているが、実際には全く会った事も無い異人

 

 前述の「異人殺し」の場合、まずは、第1カテゴリーの「異人」が登場するが、次には「異人」を殺害した家が、第3カテゴリーの「異人」となってしまうそうです。

 

「六部」を殺害して裕福になる事で、地域社会から妬みを買い、地域社会に内部で孤立し、地域社会内の「異人」になってしまうのです。

 

これは、何とも皮肉な展開です。

 

そして、「座敷童子」が住み着いた家も、また地域社会内における「異人」となってしまう点も興味深い点です。

 

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他方、地域社会における第3カテゴリーの「異人」を創り出す仕組みとして「村八分」と言う仕組みもあります。

 

 「村八分」になるには、様々な理由が考えられますが、大きくは、次の2つの理由があります。

 

・地域社会のルールや暗黙の了解を守らない事

・「憑きもの筋」に家になってしまった事

 

村八分」とは、地域社会における「100%の付き合い」の内、「80%の付き合いを遮断する」と言う事を意味しています。

 

地域社会における付き合いには、次の10種類の付き合いがあるとされています。

 

→  葬式、火事の消火、成人式、結婚式、出産時の世話、病気の世話、新築/改築の世話、水害時の世話、年忌法要、旅行

 

そして、これら10種類の共同作業の内、葬式と消火活動は、そのまま放置すると、地域社会全体に悪影響を及ぼすので対応するが、それ以外の8個の共同作業に関しては、一切の交流を絶つ事が、「村八分」とされています。

 

村八分」にされる理由の内、第1の理由は、よく分かると思いますが、第2の理由「憑きもの筋」について、少し紹介します。

 

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 「憑きもの筋」とは、俗にいう「狐憑き」等と呼ばれ、これら「憑き物」は、家系や血筋によって起こると信じられており、地域社会においては、この「憑きもの筋」の家系との婚姻は、厳しく忌避されていました。

 

また、「憑きもの筋」の血筋の者は、憑きものを使役して、他人から財物を盗んでこさせるので、総じて富裕な家が多く、また、憑きものを他人に憑けたりすることもあると考えられ、忌み嫌われていました。

 

まるで「陰陽師」と、「陰陽師」が使役する「式神(しきがみ)」、あるいは、前に紹介した密教の高層や修験者が使役する「護法童子」との関係のようです。

 

さて、このような「憑きもの筋」の家ですが、何かと似ているとは思いませんか ?

 

そうです、「座敷童子」です。

 

この「座敷童子」も、ある説では「憑依する神」と考えられていますので、一種の「憑き物」と同じ扱いになるケースもあります。

 

「憑きもの」が憑依するのに明確な理由はありません。

 

「あの血筋だから」、「あの家だから」、「大同だから」・・・とにかく、何らかの理由を付けて、裕福な家を「異人」として、地域社会から除け者にしようとしているだけだと思われます。

 

つまり、前述の第3カテゴリーの「異人」が発生する原因の一つして、地域社会への「貨幣経済」の流入、および「貨幣経済」の流入による「貧富の格差」の発生が挙げられると思います。

 

「座敷童子」の発生が、「貨幣経済」と関係するとは思っても見ませんでした。

 

 

 

■座敷童子を見ると幸せになれるのか ?

 

 さて、最後に、前述の「立ち位置」の章でも紹介しましたが、「座敷童子を見ると幸せになる。」と言う点について、再度、検討してみたいと思います。

 

前述のように、「座敷童子に会える」等と言う宣伝文句で客を集め、挙句の果てに、ボイラーの点検不備から火災を起こして全焼させてしまったある旅館もありますが、私個人としは、このような宣伝行為は、立派な「詐欺」ではないかと思っています。

 

・座敷童子に会える

・座敷童子に会うと幸せになれる

・実際に座敷童子会った人は必ず幸運になる

・座敷童子は祖先の「亀麿」

 

もう、これだけで立派な詐欺行為のような気がします。

 

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日本の法律に、「不当景品類及び不当表示防止法」、通称「景表法」と言う法律があります。

 

この法律は、詳しい説明は割愛しますが、商品に対して、実際より良く見せかける表示が行われたり、過大な景品付き販売が行われたりする事で、過大広告につられて、消費者が実際には質の良くない商品やサービスを購入する事で不利益を被る事を防止する法律です。

 

この旅館は、存在さえ確かではない「座敷童子」に関して、「座敷童子に会える。」、さらに「座敷童子会うと必ず幸せになる。」等の宣伝を行っていますので、立派な過大広告だと思います。

 

「座敷童子に会うと幸福になる。」とか「座敷童子が居る家は裕福になる。」と言うのは、これまで説明して来た通り、結果論だと思われます。つまり「後付け」の理論です。

 

「後付け」理論では、良しにつけ悪しきにつけ、何か事(イベント)が起こった後、その理由を後付けで当てはまる理論です。

 

幸運の兆しを「吉兆」、不幸の兆しを「凶兆」と呼んでいますが、「座敷童子」の場合、「吉兆」となるのでしょう。

 

【 吉兆 】

・流星を見て願い事をすれば願いが叶う。

四葉のクローバーを見つけると幸福になる。

・白蛇を見ると大金持ちになる。

・彩雲が出ると良いことがある。

【 凶兆 】

・黒猫が前を横切る。

・彗星は災いをもたらす。

・竹の花が咲くと悪い事が起こる。

・雷が落ちると悪いことが起こる。

 

今回、「座敷童子」は「吉兆」とされていますので、「吉兆」について考えてみますと・・・例えば、「四葉のクローバー」を見つけた人は、必ず幸せになれるのでしょうか ?

 

そんな事はありませんよね。 何か良い事が起こった後で、「そう言えば四葉のクローバーを見つけたからだ !」となるのが普通です。

 

つまり、これは、何か良い事があった後で、そう言えば・・・となる「後付け」理論となります。

 

「座敷童子」の場合、たまたま、その旅館に宿泊した人達の内、事業や政治、あるいは研究等で、何らかの成果を挙げた人が、ほんの数名存在したと言うだけの話です。

 

その旅館の場合、創業が1955年(昭和30年)とされており、火事で全焼してから5年後に再建していますので、これまで約59年間営業をしている事になります。

 

毎日、1泊2日で2名の人が宿泊したと考えると、年間730人が宿泊し、これが59年間だと約43,000人が、その部屋に宿泊したことになりますが・・・

 

果たして、その内、何名が「座敷童子」と遭遇し、さらに、その中から何名が幸せ、と言うか、有名人になったのでしょうか ?  恐らくは、ゼロだと思います。

 

「幸せ」の定義は、個人によって異なりますので、宿の判断からは除外して良いと思いますが、やはり、「座敷童子を見ると幸せになる。」と言う宣伝文句は、嘘っぱちだと断定出来ると思います。

 

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そもそも、この旅館が営業を始めたのは、昭和、それも戦後になってからです。

 

本章以前で紹介した「座敷童子」に関しては、江戸時代末から明治、大正期にかけての話で、さらに、その中には、「座敷童子を見た。」と言う話は沢山ありますが、「座敷童子を見たから、その人が裕福になった。」等と言う話は一切ありません。

 

 この点が、「遠野物語」や「遠野物語拾遺」とは、全く異なる話です。

 

さらに、「佐々木 喜善」が、大正13年(1924年)、雑誌「人類学雑誌」に寄稿した「ザシキワラシの話」には、「座敷童子」に関して、83個もの伝承が記載されていますが、その中の、どこにも「座敷童子に会った人が裕福になった」等と言う話は掲載されていません。

 

そもそも、先の「ザシキワラシの話」には、奥州に関しては66箇所、奥州以外では17箇所に現れた「座敷童子」の話を掲載していますが、面白い事に、全焼した旅館がある「二戸市金田一」に関しては、1件も「座敷童子」が現れた事例は紹介されていません。

 

これらの事からも、「二戸市金田一」の「座敷童子」に関しては、【 眉につば 】を付けた方が良い話の可能性が非常に高いと思われます。

 

そもそも、冷静になって考えれば、これまで紹介した定説によれば、「座敷童子」が住み着く家が火事になり、全焼するなど有りえません。

 

少なくても、「火事が起きても虫の知らせで直ぐに消火した」とか、「座敷童子が火事を知らせてくれた。」等と宣伝して欲しいところです。

 

旅館関係者は、火事で全焼したけど怪我人も出なかった、隣接する神社が燃えなかった等、苦し紛れの言い訳を並べ立てていますが、全く話にならないと思います。

 

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 もう1件、盛岡市神町にも、「座敷童子」に会えると言う宣伝をしている旅館があります。

 

こちらの旅館、現在の大女将の実家に居た「座敷童子」が、嫁入り後も、現在、営業している場所(盛岡)まで付いて来たと言う事をウリ文句にしているようですが・・・大女将の実家が何処か解りませんし、何時から盛岡で営業を開始したのかも解りません。

 

また、「座敷童子」の信憑性を高めるための手段だと思われますが、実家があった村で火災が発生した際、村の大半が焼失したのに、この実家は火災を免れたとも伝えています。

 

この点、二戸市の旅館は、全焼してしまいましたので、盛岡市の「座敷童子」の方が、力が強いのもかもしれません(笑)が、何時、何処で、どのような火災が発生したのか等、裏付けとなる説明が全然ありません。

 

全て、当人達の言っている事だけが頼りですので、こちらも「胡散臭さ」は、二戸市の旅館と同等だと思います。

 

 但し、この旅館の「先先先代」となる「小笠原謙吉」氏と言う人物は、「佐々木喜善」や「柳田國男」とも親好があり、自ら「岩手県紫波郡昔話集」と言う書籍を出版したり、または「小笠原謙吉」氏から聞いた話を、またもや「柳田國男」が編纂した「日本昔話記録」と言う書籍を出版したりしています。

 

この話を聞くと、この旅館の「座敷童子」は、少しは信憑性が高いような雰囲気を醸し出していますが・・・

 

しかし、こちらの「岩手県紫波郡昔話集」には、「座敷童子」の話は、1件も収録されていませんので、この旅館が宣伝している話とは、全く関係の無い「こじつけ」だと思われます。

 

ちなみに、前述の「ザシキワラシの話」には、次のような目撃例が掲載されています。

 

盛岡市加賀野新小路、住吉紳社前に古き家がある。昔から此家には不思議な物が居るこて借手が何れも永住しなかつた。君し人が入るさ、夜縁側をトタトタご歩く足音がし、また隣室なごで布團を敷くやうな音をさせ、さうしてもう寝たかなざ、聲をかける。此物に就いて近所ではザシキワラシだこ言ふて居る(大正十年九月四日盛岡で聴く) 』

 

 この旅館がある「天神町」と、雑誌に登場する「加賀野新小路、住吉神社前」というのは、非常に近く、隣接した町となっていますので、ひょっとしたら・・・

 

と言う事は絶対に無いと思います。そもそも時代が違うと思います。

 

また、この旅館、失礼な言い方かもしれませんが、「座敷童子」が住み着いている割には、貧相な旅館です。

 

素泊まりしか出来ない旅館です。客室も全部で6部屋しかありません。

 

これまでの定説通りならば、この旅館に「座敷童子」が住み着いているならば、もっと裕福になっていると思います。

 

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何れにしろ、「座敷童子」を見ただけでは何も起きないと思います。

 

二戸市や盛岡の旅館が、「座敷童子に会える/見える」等を宣伝文句にして客を集めていますが、全くのデタラメだと思います。

 

「座敷童子」は、家に憑依しないと効果がありませんし、また、裕福な家にしか「座敷童子」は憑依しませんので、私のような貧乏人が「座敷童子」を見たところで、話のネタにしかならないと思います。

 

皆さんも「座敷童子」に踊らされないよう注意して下さい。

 

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今回は、「座敷童子(わらし) - 神か霊か、はたまた妖怪か ? 」の「その2」として、次の内容を紹介しましたが如何でしたか ?

 

  • 座敷童子の正体説(途中から)
  • 座敷童子がいるから裕福になるのか ?
  • 「異人」/「憑き物」の考え方
  • 座敷童子を見ると幸せになれるのか ?

 

私個人としては、座敷童子の正体は、やはり「間引かれた子供」の霊だと思いますが・・・普通、殺された人間であれば、その家に祟りをもたらす存在になると思います。逆に、「富」をもたらす存在になるのは、ちょっと納得出来ない点でもあります。

 

しかし、日本では、その昔から、「祟り神」を祀って「神」にすることで、「幸福」や「富」、あるいは「権力」をもたらす存在に祀り上げる行為が数多く行われて来ました。

 

時代は前後しますが、菅原道真崇徳天皇平将門・・・これら三名は、日本における「三大祟り神」とされています。

 

このため、当時の貴族連中は、これら「祟り神」を鎮めるために、必死に、彼らを拝んだのだと思います。

 

過去に弊社ブログで取り上げた「安倍一族」の伝説で紹介した「安部貞任」も、死後に「祟り神」と言うかゾンビ化し、七つに切り刻んで埋めて、その場所に神社を立てたと言う伝説が残っています。

 

★過去ブログ:奥州安倍氏の伝説 - 実は生き延びていた編

 

このように、中世の日本においては、人々を脅かすような天災や疫病の発生を、怨みを持って死んだり、あるいは非業の死を遂げたりした人間の「怨霊」のしわざと見なして畏怖し、これを鎮めて「御霊(ごりょう)」とすることにより祟りを免れ、平穏と繁栄を実現しようとしてきました。

 

そして、このような信仰を「御霊信仰」と呼んでいます。

 

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しかし、他方「座敷童子」に関しては、これまで紹介してきた通り、神棚等で祀られる存在にはなっていません。

 

この点に関しては、今回は、紹介しませんでしたが、ある説では、次のように紹介しています。

 

『 座敷童子とオクナイ様/オシラ様は、表裏一体の神様である。 』

『 本来、座敷童子は、竈(かまど)神と同類であるが、社会の暗部に埋没してしまった神である。』

 

つまりは、「座敷童子」は、地域社会においては、暗黙の了解のもとで存在する神であり、このため、敢えて祀り上げる必要もない存在だった、と言う説です。

 

「若葉の霊」を、暗黙の了解のもと、無意識の内に神として祀り上げる「御霊信仰」を行い、その結果として「座敷童子 = 富」の象徴になってしまったのではないかとしています。

 

まあ、確かに面白い説ではありますが、何か「こじつけ」のような感じもします。

 

「座敷童子」に関しては、東北地方に伝わる他の信仰や伝説と結び付いて、様々な説が唱えられていますので、今では、もう何がなんだか解らなくなってしまったように思えます。

 

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他方、それを良い事に、自分達の都合の良い存在として、「座敷童子」を宣伝に用いる「小賢しい」連中も存在します。

 

これら旅館から、「お前に何か迷惑を掛けたのか ? 何か、被害に遭ったのか ?」と言われると、全く何もありませんが・・・しかし、存在が明らかになっていない者を利用して客を集める行為に対しては、何だかな~と言う感じがします。

 

 ところが、そう考えると、「じゃ、神様の存在は確実なのか ?」と言う話にもなって来ちゃいそうです。

 

存在が明らかではない「天照大神」を始めとする「八百万の神々」を祀る神社は、どなるのでしょうか ?

 

私は、「無神論者」では無いので、「神」かどうかは解りませんが、それに近い存在は居るのではないかと思っています。

 

言っている事の筋が通らないかもしれませんが、やはり「八百万の神々」を祀る神社と、「座敷童子」を宣伝に用いる旅館とでは、その存在意義は、全く違うと思います。

 

 

最後は、哲学論に近い状況になってしまいましたが、今後も、「座敷童子」に関して、何か新しい情報が入手出来たら(恐らくは無理だと思いますが)、追加情報を紹介したいと思います。

 

それでは次回も宜しくお願いします。

 

以上

 

【 画像・情報提供先 】

Wikipedia(http://ja.wikipedia.org/)

コトバンク(https://kotobank.jp/)

・日本古典文学摘集(https://www.koten.net/tono/)

・探検コム(https://tanken.com/index.html)

・妖怪大好きブログ(http://blog.livedoor.jp/choupirako/)

J-STAGE(https://www.jstage.jst.go.jp/browse/-char/ja)

関西学院大学・人権研究(https://www.kwansei.ac.jp/r_human/index.html)

・「座敷わらし」の絵は「つのだじろう」氏が描き、旅館「緑風荘」に送った作品です。

会津美里町教育委員会(http://www.town.aizumisato.fukushima.jp/030/050/index.html)

・獺祭書屋(http://dassaishooku.p2.weblife.me/)

 

 

Windows 10「May 2019 Update」良いの? 悪いの ? どっちなの ?

 

 また、この嫌な情報を紹介する季節となってしまいました。

 今回は、前回、2018年12月に紹介した「Windows 10 October 2018 Update」以来となる7回目のWindows OSのメジャーアップデート「バージョン1903(開発コード「19H1」)」の情報を紹介します。

 

このメジャーアップデート、当初、大方の予想では、「April 2019 Update」と言う名称が付けられると予想されていましたが・・・

 

「バージョン1903」の提供時期が、試験期間延長のために1ヶ月遅れの5月になりましたので、その影響で、「April」から「May」となり、結局「May 2019 Update」と言う名称に変わってしまったようです。

 

また、今回のメジャーアップデートでは、次のような噂が流れていました。

 

・「Windows 10 Pro」に付加されていた「Windows Update遅延機能」が消滅する

・大型機能の提供は見送られ基本機能の拡充だけが行われる

・Cortanaが検索機能から外される

 

特に、上記、『 Windows 10 Proに付加されていたWindows Update遅延機能が消滅する。 』と言うのは、非常にインパクトのある変更です。

 

これまで、「Home」と比較すると「10,000円」程度高かった「Pro」には、「Windows Update」を延期する事が出来る機能が搭載されていました。

 

ところが、今回のメジャーアップデート「バージョン1903(開発コード「19H1」)」で、「Pro」から、この機能が取り去られてしまうと言う噂が拡散した事から、もう「Pro」の価値が無くなってしまったと考えているユーザーが増えています。

 

確かに、「Windows Update」を簡単な設定だけで延期出来るのであれば、余りWindowsのスキルの無い方にとっては、非常に魅力的な機能です。「10,000円」余計に支払っても、まあ、納得できたのではないでしょうか ?

 

それが、メジャーアップデートで無くなるなんて・・・まるで詐欺にあったような感じだと思います。

 

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 そして、実際に蓋を開けてみると・・・「Pro」から遅延指定が出来なくなくなるのではなく、「Home」に遅延機能が追加されただけの事でした。

 

しかし、この遅延機能、実際は、「Windows Update」の適用タイミングを選択することが出来たのですが、この選択が出来なくなってしまったようです。

 

従来、「Pro」では、SAC(半期チャネル)、およびSAC-T(半期チャネル(対象指定))というリリース・タイミングを選択できたのですが、この選択肢が消えてしまいました。

 

そして、その変わりに、「Windows Update」の配布日からの遅延日数を指定する仕組みに変わったようです。

 

この仕組みは、「Windows 10 Pro」以上のエディション、つまり「Home」エディション以外に実装され、最大365日まで延長できるようです。

 

但し、遅延日数を指定しても、Windows Defender Antivirusの定義の更新やセキュリティ更新等のアップデートは強制的に行われ、遅延させることは出来ないとされています。

 

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と言うような「May 2019 Update」ですが、今回は、このような問題点を含め、次の機能について紹介します。

 

  • Windows Sandbox
  • インストール後の再起動設定
  • スタートメニューのアイコン設定
  • 電源ボタンの変更
  • マイクの利用通知
  • ネットワーク接続ボタン変更
  • アクションセンター変更
  • マウスポインター変更
  • ライトテーマ拡張
  • 予約済み記憶域機能
  • タスクマネージャー変更
  • 検索機能分離
  • 「April 2019 Update」全体像

 

これも、大方の予想通り、余り目玉となる新機能が無く、新機能追加による「アップグレード」ではなく、機能削減による「ダウングレード」感が強いメジャーアップデートのような感じがします。

 

それでは今回も宜しくお願いします。

  

Windows Sandbox

 最初に、今回のメジャーアップデートの目玉機能と言われている「Windows Sandbox(サンドボックス)」を紹介します。

 

この「Sandbox」、早い話、Windows PC内に「仮想環境(VM:Virtual Machine)」を作る事が出来る機能です。

 

Windowsのスキルが余り無い方にとっては、「仮想環境 ? VM ? 何それ ?」となるかと思いますが、簡単に言うと、Windows PC内に、もう1個、別のWindows OSの環境を作る事を意味しています。

 

「何で、そんな機能が必要なの ?」と思うかもしれませんが、システム開発を行っている人にとっては、結構必要な機能なのです。

 

[ 私なども、ちょっと前までは、「VM Ware」と言う他社ツールを導入して、1台のPC内に、複数のWindows OS環境を作成して、プログラムの試験を行っていました。

 

「えっ!! それじゃ、Sandbox機能なんて、いらないんじゃねー ?」って事ですが、将に、その通り、別に他のツールを使えば、Sandboxなんて無くても簡単に仮想環境を作成する事が出来ます。

 

それに、「VM Ware」であれば、様々なバージョンのWindows OSを稼働させる事も可能ですが、この「Sandbox」・・・何と、親PCと同じバージョンのWindows OSの仮想マシン環境しか作れないそうです。

 

さらに説明すると、元々Microsoft社では、「Hyper-V」と言う機能で、X64(64ビットOS)向けの仮想化システムを提供していましたので、何で今更って言う感じがします。

 

しかし、Microsoft社が言うには、『 他社ツールをわざわざインストールする必要も無く、ライセンス料の負担もなく、簡単に仮想化環境を作る事が出来ると言うメリットがある。』と宣伝しているようです。

 

 まあ、Windowsのスキルが無い方にとっては、このSandbox機能を使う事で簡単に仮想環境が作成出来るようですので、その点は便利かもしれません。

 

それでは、「何故、Sandbox等を用いて、わざわざ仮想環境を作成しなければならないのか ?」と言う点ですが・・・正直、普通にPCを使っている人にとっては、私は、こんなSandbox機能は不要だと思います。

 

このSandbox機能のメリットとしては、次の様な点が挙げられています。

 

・仮想環境で、アプリケーションのセキュリティ試験が出来る。

・仮想環境で、事前に、アプリケーションの稼働確認試験を行う事が出来る。

・仮想環境で、危ないURLに接続して状況を確認する事が出来る。

 

しかし、普通にPCを使っている人は、わざわざ、こんな事を実行しようとは思いません。普通にPCを起動させ、普通にOfficeツール等を使って業務を実行するだけです。

 

だから、こんな機能が実装されても、嬉しくも何とも思わないはずです。

 

 まあ、もしも、このSandbox機能を使ってみたい、と言うのであれば、「設定」→「アプリ→アプリと機能」→「プログラムと機能」→「Windowsの機能の有効かまたは無効化」で、Windowsの機能のダイアログから「Windows Sandbox」にチェックボックスを入れたあと、再起動すれば利用出来るようになります。

 

結構、設定も面倒臭いようです。PCの再起動後は、スタートメニューから「Windows Sandbox」と検索して実行するだけです。

 

なお、ここまで紹介しておいて何ですが・・・この機能、Homeエディションでは使えません。

 

■インストール後の再起動設定

 

 本機能は、下記条件を満たしている場合のみ設定可能な機能です。

 

Windows バージョン 1809適用済のPro または Enterpriseの場合

Windows 10 May 2019 Update(バージョン 1903)適用済の場合

 

このため、残念ながら、「April 2019 Update」を適用していないHomeでは利用出来ない機能となっています。

 

まずは、「スタートボタン」→「設定」→「更新とセキュリティ」と言う手順で、「Windows Update」画面を表示します。

 

 そして、次に「Windows Update」画面で、【 更新を7日間一時停止 】と言う箇所をクリックします。

 

これで、7日間だけ「Windows Update」の適用を遅らせる事が可能になります。

 

そして、7日間経過後に、再度、適用を延長する場合、また、上記と同じ手順を踏む必要があります。

 

 他方、適用希望日を具体的な日数で指定したい場合には、ドロップダウンメニューで希望日を指定する事も可能です。

 

その後、「Windows Update」を再開したい場合には、「更新の再開」ボタンをクリックすると、適用可能な更新プログラムの検索が行われます。

 

また、「Windows Update」を適用する場合、PCの再起動が必要になります。

 

従来、「Windows Update」は、利用者の都合など全く考慮せず、仕事中でも勝手に再起動を行っていました。

 

しかし、これが多くのユーザーのヒンシュクを買う結果になっていたので、現在では、「アクティブ時間」と言う概念が取り入れられました。

 

 この「アクティブ時間」を設定すると、この時間帯には、OSの更新や再起動を行わなくなります。

 

「アクティブ時間」を設定する場合、先程と同様、「Windows Update」画面を開き、そこで「アクティブ時間の変更」を選択します。

 

そうすると、「アクティブ時間」の設定画面が表示されるので、開始時間と終了時間を設定する事が出来ます。

 

今後のPC運用を考えると、この「アクティブ時間」は必ず設定しておいた方が良いと思います。

 

この件に関しては、Microsoft社の下記ページに説明が記載されています。

 

→ URL:https://support.microsoft.com/ja-jp/help/4028233/windows-10-manage-updates

 

ちなみに、この機能を用いて「Windows Update」から逃れることが出来る期間は、最大5週間までとなっているようです。

 

残念ながら、永遠に逃れる事は出来ないようです。

 

■スタートメニューのアイコン設定

 スタートメニューには、使用頻度の高いアプリを、アイコンで「ピン留め」する機能があります。

 

そして、「ピン留め」したアプリのアイコンに対しては、次の様な形で管理する事が出来ます。

 

・アイコンサイズの変更

・アプリのグルーピング

・アイコンの削除、等

 

この内、アイコンの削除に関しては、これまでは単品でしか実行出来ませんでした。

 

このため、グループ全体を削除したい場合でも、1個ずつ削除する必要があったのですが、今回からは、グループでまとめて削除する事が出来るようになりました。

 

まあ、しょぼい機能追加ですが、少しは便利になったようです。

 

■電源ボタンの変更

 次も、しょぼい機能追加ですが、電源ボタンにピクトグラムが追加されました。

 

ピクトグアムとは、「絵文字」の事で、次の3個の処理の先頭に絵文字が表示されるようになりました。

 

・スリーブ

・シャットダウン

・再起動

 

言語認識に問題がある場合、あるいは各国語を意識する事無く、直感的に機能を識別する事が出来るようになリました。

 

という事で、普通に使っている人にとっては、この機能追加も、「だから・・・」と言う機能追加です。

 

■マイクの利用通知

 タスクバー右側にある「通知領域」に、マイクを使用している場合、マイク利用中である事が通知されるようになりました。

 

これも「だから何なの ?」と思うかもしれませんが、数あるスパイウェアの中には、勝手にマイクやカメラを作動させて音声情報を盗み聞きしたり、カメラを用いて盗撮したりするマルウェアもあります。

 

今回は、マイクだけですが、このようにPC利用者が意図しないにも関わらず、勝手にカメラが動作を始めた場合、通知領域に、何個のアプリがカメラにアクセスしているのかが表示される様になりました。

 

また、このアイコンをクリックすると、マイクのプライバシー情報の設定画面が表示されます。

 

さらに、この画面では、カメラへのアクセス履歴も確認する事が出来るようです。

 

■ネットワーク接続アイコン変更

  ネットワークの接続状況を表すアイコンが、「地球儀」状のアイコンに統一され ました。

 

これまでは、下図のように、ネットワーク接続時と非接続時とでは表示が異なっていましたが、今後は、接続の有無に関わらず、この「地球儀」が表示されるようです。

 

しかし、常に「地球儀」が表示されているだけでは、ネットワークへの接続されているのか否かが分からない様になってしまいました。

 

 この場合、「地球儀」アイコンにマウスポインターを合わせれば、現在の接続状況、およびその理由が表示されると言う事ですが・・・

 

接続出来ない理由が表示されるのは進歩したと思いますが、先程の電源ボタンに導入されたピクトグアムと比較すると、逆に直感的に分かり難くなったような感じがします。

 

■アクションセンター変更

 画面右下の「吹き出し」状のアイコン(赤枠)をクリックすると、アクションセンターが表示されます。

 

「アクションセンター」とは、利用者に何らかのメッセージが通知されたり、あるいは「設定」を開かずに何らかのPC操作を簡単に行うためのタイルが表示されたりするる画面です。

 

今回、このアクションセンターの表示に「モニターの明るさの設定」が追加表示されるようになりました。

 

 「モニターの明るさの設定」は、従来は、「設定」→「システム」→「ディスプレイ」で設定変更画面を表示するか、あるいは、このアクションセンター画面で「明るさ」タイルをクリックすることで調整する事が出来ました。

 

今回は、アクションセンター下部に、明るさを調整する事が出来る「スライダー」が追加され、100段階で明るさを調整する事が出来るようになりました。

 

「100段階で調整する必要があるのか ?」と言う問題もありますが、取り敢えずは、ちょっとだけ便利になったと言う事らしいです。

 

その他にも、このアクションセンターのパネルに関しては、表示内容を直接編集する事が出来るようになったようです。

 

・表示/非表示

・ピン留め

・追加/削除

 

ちなみに、従来は、「設定」→「システム」→「通知とアクション」と辿る事で、アクションセンターの編集を行う事が出来たので、こちらも少し簡単に編集を行えるようになりましたが、「それで ?」感は拭えません。

 

マウスポインター変更

 今回の修正で、マウスポインターのサイズが、15段階で変更出来るようになったようです。

 

これも、「だから ?」と言う機能追加なのですが、「設定」→「簡単操作」→「カーソルとポインター」→「ポインターのサイズと色を変更する」で、サイズが変更出来ます。

 

この設定は、従来から可能だったのですが、従来は、あらかじめ決まった3パターンしか設定出来なかったのですが、これが柔軟に変更出来るようになりました。

 

と言う事ですが、Microsoft社の言い分では、「現在、ディスプレイには、様々な解像度があり、4Kディスプレイの場合、マウスポインターが小さくなって見難くなるので、この新機能で柔軟に変更出来るようにした。」との事らしいです。

 

が、前述の通り、従来でも、あらかじめ決まったパターンではありますが、サイズ変更は出来ていたので、別に、こんな機能を追加しなくても良かったのではないか ?  と言う話もあります。

 

■ライトテーマ拡大

  

 

 WindowsのUI全体を、白をベースとした「ライトテーマ」に切り替えられるようになりました。

 

従来、Windows自体のスタートメニューやタスクバー、アクション センター、およびタッチキーボードは、黒ベースとした「ダークテーマ」になっており、このテーマは変更出来ませんでした。

 

今回の変更では、これらの表示でもライトテーマを設定できるようになりました。

 

 設定画面で「個人用設定」→「色」と辿り、「既定の Windows モードを選択してください」と記載された項目で、「白」を選択すると、Windows全般の表示にライトテーマが適用されます。

 

また、ライトテーマを設定した場合、タスクバーに表示されるエクスプローラーのアイコンも、見やすいように変更されているようです。

 

 一方、これまでは、アプリに関しては、ライトテーマがデフォルト設定だったのですが、Windows側はダークテーマしか設定できなかったので、今回の修正で、Windowsとアプリの両方で、統一感のある表現ができるようになったようです。

 

さらに、設定画面の「個人用設定」-「テーマ」にも、「Windows(ライト)」が追加されています。

 

この設定を選択すると、背景、アクセントカラーも含めて、全てがライトテーマに合った設定が適用されます。

 

ちなみに、このテーマには、ライトテーマ風にアレンジされた壁紙も含まれているようです。

 

■予約済み記憶域機能

 この機能は、ストレージ容量が少ないPC向けに提供された機能です。

 

今回のメジャーアップデートのように、更新プログラムを適用するために、ある程度の大きさのストレージ領域が必要な場合、その処理に必要なストレージ領域を、あらかじめ確保しておく機能となります。

 

この領域は、ユーザー用のファイル領域としては使用出来ませんが、更新プログラムのインストールには使用する事が出来るようになります。

 

と言うことで、ストレージが32GBと少ないPCにとっては、何となく便利な機能のように感じますが、実際は、更新プログラム用の領域を事前に確保するだけの機能なので、結局の所、普段使うストレージが減らされるだけの話です。

 

つまりは、Microsoft用のストレージ領域を確保し、ユーザー用のストレージ領域を減らしているだけの話です。

 

自分さえ良ければ、ユーザーの事など知った事か !! と言う感じだと思います。

 

■タスクマネージャー

 皆さん、「タスクマネージャー」って使った事ありますか ?

 

私などは、PCの処理が遅くなった時に、どの処理が悪さをしているのか、つま り、どのプロセスがCPを大量に使ったり、あるいはメモリを大量に消費したりしているのかを調査するために使っています。

 

このタスクマネージャーでは、PC内で動いている様々なプログラムに関して、次の様な情報を提供してくれます。

 

・CPU使用量

・メモリ使用量

・ディスクへのアクセス頻度

・ネットワーク消費量

GPU使用量

 

PCのレスポンスが急激に悪化した時に、このタスクマネージャーを見ると、どのプログラムが悪さを働いているのかを知る事が出来ます。

 

そして、悪さをしているプログラムが特定できたら、そのプログラムを強制終了させる事で、PCのパフォーマンスを復旧する事が可能になります。

 

しかし、このタスクマネージャーを表示すると、常に「プロセス」タブの情報が表示されてしまうので、詳細情報を知るためには、別途「詳細」タブをクリックする必要がありました。

 

今回、デフォルト(規定)タブを設定する事が可能に成りましたので、いきなり「詳細」タブの情報を見る事が可能になりました。

 

と言う事ですが、この機能も、私の様な使い方をしている人にのみ嬉しい機能なので、一般のユーザーには、余り関係無いのかもしれません。

 

■検索機能とCortanaの分離

 Windows 10では、その発売当初から、音声アシスタント「Cortana」において、検索する機能を提供して来ました。

 

しかし、今回のメジャーアップデートを適用すると、「Cortana」から検索機能が取り外されてしまうそうです。

 

元々、Microsoft社の思惑では、「Windows 10 Mobile」を普及させ、その中で「AI機能」として「Cortana」も普及させ、AIアルゴリズムを確率しようとしていました。

 

ところが、「Windows 10 Mobile」事業が失敗してしまった事から、「Cortana」の立場も微妙になってしまったようです。

 

それでも、PC市場において、「Cortana」を多くのユーザーに使ってもらえば、まだ生き残る余地もあったようですが、現状、「Cortana」は全く使われていないので、今回、検索機能から分離される事になってしまったようです。

 

■April 2019 Updateの全体像

これまで、「April 2019 Update」で提供される機能の内、全てが「しょぼい機能」ばかりなのですが、その中でも比較的役に立ちそうな機能や気になる機能変更を紹介してきました。

 

しかし、実際には、今回の「April 2019 Update」では、全部で40項目程度の機能追加や機能修正が行われています。

 

そこで、今回のブログの最後に、「April 2019 Update」の全体像をご紹介します。

 

カテゴリ

変更内容

大規模

変更

Windowsサンドボックス

Windows Update関連の変更

検索機能関連

予約済み記憶域

WSL$/WSL.EXE

GUI関係

アクションセンターの改良

ライトテーマの改良

ポインターサイズが16段階/テキストカーソル幅が20段階に

通知領域:マイク利用中のアイコン表示とTipsによるアプリ名表示

通知領域:インターネット未接続の新しいアイコン

通知領域:[Windows Update]アイコンの変更

タスクバー:[検索]アイコンが独立(Cortanaと分離)

[スタート]メニューがフルーエントデザインに対応

[スタート]メニューのグループをまとめて解除可能

[スタート]メニューの内部改良

絵文字入力パネルに[顔文字]/[記号]タブが追加

タッチキーボードの改良(主に日本語以外)

サインインスクリーンがフルーエントデザインのアクリルに

アプリ

GUIからの標準添付アプリのアンインストール(対象拡大)

メモ帳の改良。UTF-8ではBOMなしにも対応

タスクマネージャーの既定のタブが指定可能になった

タスクマネージャーでアプリの高DPI対応が表示可能に

Chrome Extension for Timelineの標準装備

エクスプローラーの軽微な改良

Windows Defenderアプリの改良

ゲームバーの改良(キャプチャー画像のギャラリー)

設定関連

Windowsの設定]アプリのトップページ変更

[検索]アイコンの新設

プリンタダイアログの改良

[システム]-[ストレージ]の改良

[システム]-[集中モード]-[自動規則]の項目追加

[ネットワークとインターネット]-[イーサーネット]-[ネットワークアダプター>]のネットワークプロファイル選択

[時刻と言語]-[日付と時刻]-[インターネット時刻同期]の[今すぐ同期]ボタンの追加

[アカウント]-[サインインオプション]の改良

[個人用設定]-[フォント]でドラッグ&ドロップによるフォントの追加

[セキュリティと更新]-[回復]-[このPCを初期状態に戻す]の改良

[セキュリティと更新]-[Windows Insider Program]の改良

[セキュリティと更新]-[Windows Update]の改良

その他

トラブルシューティングの自動推奨

Fiber Local Storageのスロットサイズが拡大

Windows Mixed Reality内でWin32アプリが起動可能に

電話番号によるアカウントによるサインイン

ナレーターの強化

「アクティビティ履歴」の強化

    

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今回は、「Windows 10 May 2019 Update 良いの? 悪いの ? どっちなの ? 」と題して、Windows 10のメジャーアップデートに関して、下記の機能を紹介しましたが如何でしたか ?

 

  • Windows Sandbox
  • インストール後の再起動設定
  • スタートメニューのアイコン設定定
  • 電源ボタンの変更
  • マイクの利用通知
  • ネットワーク接続ボタン変更
  • アクションセンター変更
  • マウスポインター変更
  • ライトテーマ拡張
  • 予約済み記憶域機能
  • タスクマネージャー変更
  • 検索機能分離
  • 「April 2019 Update」全体像

 

冒頭で紹介した通り、機能変更箇所は多岐に渡るようですが、目玉機能が全くない地味なアップデートになったようですが、今回は、と言うか、今回も、出来れば更新プログラムを適用したくありません。

 

「May 2019 Update」は、2019年5月21日(米国時間)から配布されました。本ブログは、このメジャーアップデートが配布されてから、1ヶ月程度経過してから執筆していますが、下記Microsoft社の情報によると、まだ調査中の障害が8件も残っているようです。

 

URL:https://docs.microsoft.com/ja-jp/windows/release-information/status-windows-10-1903

 

また、今回、バージョン「1903」が提供された事で、過去に提供されたバージョンに関しては、どんどんサポート期限切れとなっています。

 

バージョン

名称

配布日

Home/Pro

サポート終了日

Enterprise/Education

サポート終了日

1507

初期バージョン

2015/07/29

2017/05/09

2017/05/09

1511

November update

2015/11/10

2017/10/10

2017/10/10

1607

Anniversary Update

2016//08/02

2018/04/10

2019/04/09

1703

Creators Update

2017/04/05

2018/10/09

2019/10/08

1709

Fall Creators Update

2017/10/17

2019/04/09

2020/04/14

1803

April 2018 Update

2018/04/30

2019/11/12

2020/11/10

1809

October 2018 Update

2018/11/13

2020/05/12

2021/05/11

1903

May 2019 Update

2019/05/21

2020/12/08

2020/12/08

 

上記の表の通り、現在サポート中のバージョンは、「April 2018 Update」以降のバージョンとなっていますが、「April 2018 Update」自体も、今年の11月にはサポート切れとなってしまいます。

 

Microsoft社は、サポートを停止すると脅迫する事で、何としても「Windows Update」を適用させたいらしいです。

 

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その一方、Microsoftフリークである「Windows Insider Program」向けに提供されているプレビュー版には、既に1年以上先に提供が予定されているメジャーアップデート「開発コード20H1」のリリースが始まっているそうです。

 

このプレビュー版は、Windows 10 Insider Previewのビルド「18836」として、「Skip Ahead」リングでリリースされたそうです。

 

但し、Microsoft社のブログによると、このビルド「18836」には、特に大きな新機能は無く、既存の機能のバグ修正や改良が中心で、新たに、セキュリティ設定の改ざんを防ぐための項目が加わっていると言う事らしいです。

 

また、このビルドとは別に、次回のメジャーアップデート「19H2」に関しても、プレビュー版のリリースが開始していますので、Microsoft社内では、複数のプロジェクトでメジャーアップデートの開発を行っていると思われます。

 

しかし・・・実際の一般ユーザーの多くは、バグの多さから、2018年11月に配布されたバージョン「1809」を敬遠し、1年以上も前、2018年4月に配布されたバージョン「1803」を使っていると推測されています。

 

このような状況で、1年以上も先に配布するバージョンをリリースするなんて・・・やはりMicrosoft社は、多くの一般ユーザーの事情など、全く考えていないことが改めて分かりました。

 

そもそも、「Windows Update」のリリースを開始した当日からバグが発生する事自体、ユーザーの事を理解していない証拠です。

 

私もソフトウェアのバグ修正を担当していましたが、試験項目を設計する際は、ユーザーの使い方を想像して試験項目を作成していました。

 

結局の所、自分達の都合の良い試験だけを実施しているので、直ぐにバグが発生するのだと思います。

 

ちなみに、何度も紹介していますが、自身のPCのバージョンを調べる際は、スタートメニューから「Windowsシステムツール」→「ファイル名を指定して実行」を選択し、名前欄に「winver」と入力すると、PCのバージョンを確認する事が出来ます。

 

くれぐれも、バージョン「1903」は適用しないよう気を付けて下さい。

 

それでは次回も宜しくお願いします。

 

以上

 

【 画像・情報提供先 】

Wikipedia(http://ja.wikipedia.org/)

Microsoftサポート(https://support.microsoft.com/ja-jp)

・日経XTECH(https://tech.nikkeibp.co.jp/

座敷童子 - 神か霊か、はたまた妖怪か ? (その1)

 皆さん、「座敷童子(わらし)」はご存知ですよね ?

 

見た事は無いにしても、様々なTV番組でも取り上げていますので、「座敷童子」と言う言葉だけは聞いた事があると思います。

 

「座敷童子」の容姿は、見た人や、その場所によって異なるようですが、「遠野物語」に記載されている内容を「柳田國男」に伝えた、遠野の収集家 兼 作家の「佐々木喜善」は、「座敷童子」が、『 赤顔垂髪の童子/童女 』と定義付けたようです。

 

上記の画像は、妖怪漫画で有名な故「水木しげる」氏が考えた「座敷童子」ですが、何か、ちょっと違うかな~と言う感じがします。

 

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また、「座敷童子」の正体に関しても、陸に上がった河童とか、その昔、飢饉の時に間引かれた子供であるとか、様々な「正体説」が語られています。

 

 それ以外にも、猿、妖怪、竜宮童子、あるいは火男(ひょっとこ)等、色んな「正体説」が取り上げられています。

 

これら、様々な「正体説」は、暇な大人が、適当な意見を喋っているだけなのかと思ったのですが、民族学者や文学者、あるいは作家等が、結構、真剣に調査して発表した内容になっています。

 

それにも関わらず、未だ、「座敷童子」の正体は謎のままですが、この点に関しては、後で詳しく紹介します。

 

まあ、世間一般、誰でも、そして何時でも「座敷童子」が見える訳ではありませんし、そもそも、その存在自体を否定する人も存在する訳ですから、「座敷童子」の正体など、突き止める事自体が無理な話です。

 

また、「座敷童子に会える」等と言う宣伝文句で客を集め、挙句の果てに、ボイラーの点検不備から火災を起こして全焼させてしまった某旅館もありますが、私個人としは、このような宣伝行為は、立派な「詐欺」ではないかと思っています。

 

今回は、このような迷信の真偽を含め、「座敷童子」に関して、次のような内容を紹介したいと思いますが、説明が結構長くなってしまったので、今回と次回の2回に分割して紹介致します。

 

【 第1回目 】

 

 

【 第2回目 】

  • 座敷童子の正体説(途中から)
  • 座敷童子がいるから裕福になるのか ?
  • 「異人」/「憑き物」の考え方
  • 座敷童子を見ると幸せになれるのか ?

 

 

何となく、一度は出会ってみたいと言う、夢とロマンを感じる「座敷童子」ですが、今回のブログを見ると「興醒め」してしまうかもしれません。

 

それでは今回も宜しくお願いします。

   

遠野物語における座敷童子

 

 それでは、本ブログの最初に、「遠野物語」に登場する「座敷童子」を紹介しますが、今回は、紙面の都合で、原文の紹介は割愛し、現代語に翻訳した内容を紹介します。

 

●第14話「家の神 - オクナイサマ、小正月の行事」

集落には必ず一軒の旧家があって、オクナイサマという神を祀る

その家を大同という

この神の像は、桑の木を削って顔を描き、四角い布の真ん中に穴を開け、これを上から通して衣裳とする

正月の十五日には小字中の人々がこの家に集まってきて、これを祀る

また、オシラサマという神がある

この神の像もまた同じようにして造り設け、これも正月の十五日に里人が集って、これを祀る

その儀式のときには、白粉を神像の顔に塗ることがある

大同の家には必ず畳一帖の部屋がある

この部屋で夜寝る者はいつも不思議な目に遭う

枕を反すなどは常のことである

あるいは誰かに抱き起こされ、または部屋から突き出されることもある

およそ静かに眠ることを許さない

 

●第17話「家の神 - ザシキワラシ」

 旧家にはザシキワラシという神の住み給う家が少なくない

この神は、多くは十二・三歳くらいの童子である

ときどき人に姿を見せることがある

土淵村大字飯豊の今淵勘十郎という人の家では、近頃、高等女学校にいる娘が休暇で帰っていたが、ある日廊下でばったりザシキワラシに遇ってたいへん驚いたことがあった

これはまさしく男の子であった

同じ村・山口の佐々木氏では、母親がひとり縫物をしていたところ、隣の間で、紙のがさがさという音がした

この室は家の主人の部屋で、そのときは東京へ行って不在の折だったので、怪しいと思って板戸を開いて見たが、何の影もない

しばらくの間座っていると、やがてまたしきりに鼻を鳴らす音がした

さては座敷ワラシだなと思った

この家にも座敷ワラシが住んでいるというのは、ずいぶん以前からのことである

この神の宿り給う家は富貴自在ということである

 

●第18話「家の神 - ザシキワラシ、家の盛衰」

ザシキワラシはまた女の子のことがある

同じ山口の旧家・山口孫左衛門という家には、童女の神が二人在すことが久しく言い伝えられていたが、ある年、同じ村の何某という男が町から帰るとき、梁のある橋のほとりで見慣れぬ二人のかわいい娘に会った

なんとなく憂わしい様子でこちらへ来る

お前たちはどこから来たと問えば、おら山口の孫左衛門のところから来た、と答える

これからどこへ行くのかと聞けば、どこそこ村の何某の家に、と答える

その何某は、やや離れた村にある今も立派な暮らしの豪農である

さては孫左衛門の世も末だなと思ったが、それからあまり時を経ずして、この家の主従・二十数人、茸の毒に中たって一日のうちに死に絶え、七歳の女の子ひとりを残したが、その女もまた年老いて子がなく、近頃病で死んだ

 

●第19話「家の盛衰」

 孫左衛門の家では、ある日梨の木の周囲に見慣れぬ茸がたくさん生え、それを食おうか食うまいかと男たちが話し合っているのを聞いて、最後の代の孫左衛門、食わないほうがいいと制したが、下男の一人が言うには、どんな茸でも、水桶の中に入れて、麻の皮を剥いだ茎でもってよくかき回した後に食えば、決して中たることはないとのことだったので、一同この言葉に従い、家の者全員がこれを食った

七歳の女の子はその日外に出て遊びに気を取られ、昼飯を食いに帰ることを忘れたために助かった

不意の主人の死去で人々が動転している間に、遠い親類・近くの親類の人々が、あるいは生前に貸しがあったと言い、あるいは約束があったと言って、家の貨財は味噌の類まで持ち去ってしまうと、この村草分けの長者であったが、一朝にして跡形もなくなってしまった

 

●第20話「前兆」

 この凶変の前にはいろいろな前兆があった

男たちが、刈り置いた馬草を出すのに、三つ歯の鍬でかき回していると、大きな蛇を見つけた

これも殺すなと主人が制したのも聞かずに打ち殺すと、その跡には馬草の下に無数の蛇がいて、うごめき出てきたので、男たちはおもしろ半分に残らずこれを殺してしまった

そして、捨てる場所もないので、屋敷の外に穴を掘ってこれを埋め、蛇塚を作った

その蛇は草を運ぶざるに何杯ともなくあったという

 

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以上が、「遠野物語」に収められている「座敷童子」関連の話ですが、次に「遠野物語拾遺」に収められている「座敷童子」の話も紹介します。

 

●第87話

綾織村砂子沢(いさござわ)の多左衛門どんの家には、元御姫様の座敷ワラシがいた。それがいなくなったら家が貧乏になった。

 

●第88話

遠野の町の村兵(むらひょう)という家には御蔵(おくら)ボッコがいた。籾殻などを散らしておくと、小さな児の足跡がそちこちに残されてあった。後にそのものがいなくなってから、家運は少しずつ傾くようであったという。

 

●第89話

前にいう砂子沢でも沢田という家に、御蔵ボッコがいるという話があった。それが赤塗りの手桶などをさげて、人の目にも見えるようになったら、カマドが左前になったという話である。

 

●第90話

同じ綾織村の字大久保、沢某という家にも蔵ボッコがいて、時々糸車をまわす音などがしたという。

 

●第91話

 附馬牛村のある部落の某という家では、先代に1人の六部(巡礼僧)が来て泊って、そのまま出て行く姿を見た者がなかったなどという話がある。近頃になってからこの家に10になるかならぬくらいの女の児が、紅(あか)い振袖を着て紅い扇子(せんす)を持って現われ、踊りを踊りながら出て行って、下窪という家にはいったという噂がたち、それからこの両家がケエッチヤ(裏と表)になったといっている。

その下窪の家では、近所の娘などが用があって不意に行くと、神棚の下に座敷ワラシがうずくまっていて、びっくりして戻って来たという話がある。

 

●第92話

遠野の新町の大久田某という家の、2階の床の間の前で、夜になると女が髪を梳いているという評判が立った。両川某という者がそんなことがあるものかと言って、ある夜そこへ行ってみると、はたして噂の通り見知らぬ女が髪を梳いていて、じろりとこちらを見た顔が、なんとも言えず物凄かったという。明治になってからの話である。

 

●第93話

遠野一日市(ひといち)の作平という家が栄え出した頃、急に土蔵の中で大釜が鳴り出し、それがだんだん強くなって小一時間も鳴っていた。家の者はもとより、近所の人たちも皆驚いて見に行った。それで山名という画工を頼んで、釜の鳴っている所を絵に描いてもらって、これを釜嶋神といって祭ることにした。今から20年余り前のことである。

 

●第94話

土淵村山口の内川口某という家は、今から10年ほど前に瓦解(がかい)したが、一時この家が空家になっていた頃、夜中になると奥座敷の方に幽(かす)かに火がともり、誰とも知らず低い声で経を読む声がした。往来のすぐ近くの家だから、若い者などがまたかと言って立ち寄ってみると、御経の声も燈火ももう消えている。これと同様のことは栃内の和野の、菊池某氏が瓦解した際にもあったことだという。

 

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こうして見ても、「座敷童子」は、一種類ではなく、複数のパターンがある事が解ります。

 

・十二・三歳くらいの童子

童女の神

・元御姫様の座敷ワラシ

・御蔵ボッコ

・10になるかならぬくらいの女の児

・髪を梳く女

 

「座敷童子」の正体に関しては、後述する章で詳しく紹介します。

 

しかし・・・幼い子どもなら、まだ許せるにしても、大人の女性で、髪を梳いていると言うのは、単なる「幽霊」か「物の怪」としか思えませんが、これも「座敷童子」なのでしょうか ?

 

 また、第93話に登場する「釜嶋神」ですが、これは、明らかに「座敷童子」とは異なる何かだと思います。

 

そして、何と!! 「鳴り釜」は、現在でも本物が存在するらしく、レプリカが、「とおの物語の館(旧:とおの昔話村)」に展示してあります。

 

岩手県で「釜」と言うと、「南部鉄器」を思い浮かべてしまいますが・・・「釜」と言うよりは「どんぶり」に近い形状をしているようです。

 

また、第91話に登場する「六部(ろくぶ)」とは、正しくは「日本回国大乗妙典六十六部経聖」と言い、これを略して「六十六部」とも呼んでいますが、元々は、全国六十六ヶ所の霊場に、一部ずつ納経するために書写された六十六部の「法華経(ほけきょう)」の事を意味していました。

 

その後、そのお経を納めて全国を巡礼する僧侶の事を意味するようになったのですが、この「六部」に関しては、「六部殺し」と言う日本全国に広がる怪談があり、この「六部殺し」と「座敷童子」が密接につながっているという説もあります。

 

この説に関しても、後ほど詳しく紹介します。

 

■座敷童子の立ち位置

次に、「座敷童子」の立場について考えて見たいと思います。

 

って、「座敷童子に立場なんかあるの ?」と思うのが当然だと思います。

 

しかし、まずは、「座敷童子」は、「座敷に居てこその座敷童子」であり、これが外に居ても「座敷童子」には成り得ません。この点が、まずは「座敷童子」の大前提です。

 

そして、次の前提条件として、「座敷童子は家の守り神である」、と言う点も重要だと思います。

 

家の中に居るだけで、何もメリットが無いのであれば、単なる妖怪や幽霊と同じ扱いになってしまいますし、さらに家に居る事がデメリットになってしまうのであれば、「守り神」ではなく、「貧乏神」になってしまいます。

 

このため、取り敢えずは、「座敷童子」としての大前提として、この2点が重要になります。

 

・家の中に居る

・家の守り神になっている

 

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他方、家の中には、次のように、沢山の神様が居ます。

 

・壁土の神様       :石土毘古神(いわつちびこのかみ)、家宅六神の一柱

・岩砂の神様      :石巣比売神(いわすひめのかみ)、家宅六神の一柱

・入り口を守る神様 :大戸日別神(おおとひわけのかみ)、家宅六神の一柱

・屋上の神様      :天之吹男神(あめのふきおのかみ)、家宅六神の一柱

・屋根の神様      :大屋毘古神(おおやびこのかみ)、家宅六神の一柱

・風雨から守る神様 :風木津別之忍男神(かざもつわけのおしおのかみ)、家宅六神

・水の神様        :天之水分神(あめのみくまりのかみ)

・火の神様         :火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)、三宝荒神

・柱の神様         :大黒天

トイレの神様     :烏枢沙摩明王(うすさまみょうおう)、弁財天

・家の門の神様     :天石門別神(あまのいわとわけのかみ)

 

 さらに、遠野地方では、前述の通り、家の中に祀る神様として「オクナイ様」や「オシラ様」等と言う神様もいらっしゃいます。

 

このように、家の中には、沢山の神様がいらっしゃって、私達の日々の暮らしを見守って下さっています。

 

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さて、そこで質問です。

 

これらの神様と、家の守り神になっている「座敷童子」とでは、大きな違いがあります。それは何でしょうか ? 皆さん、お解りになりますか ?

 

これらの神様と「座敷童子」との大きな違いは・・・先の神様達は、神棚等を設けて、人間が、日々ちゃんと祀っていますが、「座敷童子」に関しては、全く祀られていない点が違います。

 

どちらの神様も、家を守っている事に変わりは無いのに、一方は神棚等で祀られるのに、他方は全く見向きもされていません。一体、「座敷童子」だけ、何が違うのでしょうか ?

 

この点は、諸説あるようですが、「座敷童子」は、後からやってくる「来訪神」的な意味合いが強い事が影響していると考えられているようです。

 

 

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 「来訪神」とは、下記の過去ブログでも紹介しましたが、正月やお盆など、一年の様々な節目に、人間の世界を訪れ、怠け者を戒めたり、魔を祓い幸福をもたらしたりするとされる神々とされています。

 

★過去ブログ:岩手の世界遺産と無形文化遺産 -平泉ショックからの出発 その1

                         岩手の世界遺産と無形文化遺産 -平泉ショックからの出発 その2

 

つまり、「座敷童子」は、家に元々いらっしゃる神様とは異なり、後から家にやって来て住み着く事で、家を守ってくれたり、福をもたらしてくれたりする神様と言う事になります。

 

そして、「座敷童子」が居る間だけ、その家は栄えると言うのが通説になっているようです。

 

また、重要なのは、「座敷童子」が住んでいると言う事で、「座敷童子」を見る事ではありません。

 

本ブログの最初に記載した「座敷童子に会える宿」では、「座敷童子」を見ただけで幸運に恵まれる等と、まことしやかに宣伝していますが、本来の「座敷童子」は、見ただけでは意味がありません。

 

遠野物語」や「遠野物語拾遺」では、「座敷童子」が住んでいる家が栄えると伝えておりますが、「座敷童子」を見た人が幸せになるとは、一言も触れていません。

 

また、「座敷童子」を見て幸運になった人を何人か列挙していますが、それは、後付けの理論であり、「見た人全員」が幸運になった訳ではありません。

 

 

よく年末になると、「この売場で3億円の宝くじが発売されました !!」と宣伝している宝くじ売り場がありますが、それと同じです。

 

その売場で宝くじを購入すれば、全員に宝くじが当たる訳ではありません。

 

たまたま、その売場で発売された宝くじに、当選券があっただけの話です。

 

つまり、「座敷童子」も、たまたま、その旅館に宿泊した人が、後に有名人になっただけの話です。

 

「座敷童子」は、見ただけでは幸せにはなれないのです。

 

 

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 他方、「座敷童子」の存在は、地域社会での貧富の格差を納得させる方便として使われているのではないか、と言う説もあります。

 

つまり、「何故、あの家だけ豊かなのか ?」と言う疑問や不満に対する回答として、「あの家には座敷童子が住んでいるから仕方がない。」と言う形で、その他、一般の村人たちが納得すると言う事になります。

 

そして、更に、昔は裕福だった家系が、今では何故か没落してしまった際の理由としても、「あの家には、昔、座敷童子が居たから裕福だったけど、その後、座敷童子が逃げ出したから、今では没落してしまった。」と言う形で、家が没落した理由にも「座敷童子」が活用されていた事も明らかなようです。

 

この点は、前述の「遠野物語」の第18話~第20話を見れば明らかです。

 

山口の旧家「山口孫左衛門」という家の栄枯盛衰が、「座敷童子」をベースに語られています。

 

更に、「座敷童子」が家を去った理由に関しても、その前兆があった事までも詳しく語られています。

 

このように、「村」と言う地域社会の均衡を保つための道具、方便としても「座敷童子」は有効だったと思われます。

■座敷童子の正体説

さて次は、「座敷童子」の正体に、少し迫って見ようと思います。

 

前述の通り、「座敷童子」の正体としては、次のような物が取り上げられています。

→ 陸に上がった河童、飢饉の時に間引かれた子供、猿、妖怪、竜宮童子、火男(ひょっとこ)

 

河童、間引かれた子供、猿、そして妖怪に関しては、別段、説明する必要は無いと思いますが、「竜宮童子」や「火男」、それに「護法童子」に関しては、ほとんどの方は聞いたことも無いと思いますので、それぞれの説を紹介する際に、簡単に「何者なのか ?」を説明したいと思います。

 

「竜宮童子」も「火男」も、似たような内容の話になっており、また、今回紹介する話以外にも、似たような話は数多く伝えられえいるようです。

 

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●「河童」説

 

 それでは、個々の正体説を紹介しますが、最初に「座敷童子 = 河童」説を紹介します。

 

遠野物語」の内容を柳田國男に伝えた「佐々木喜善」は、座敷童子の正体が、陸に上がった「河童」であると言う説が、遠野で非常に多い事を伝えていたそうです。

 

また、彼の著書「奥州のザシキワラシの話」の第26話の中で、次のような内容を紹介しています。

 

『 その夕方下男の一人が、飼葉を遣(や)ろうと思つて馬舎へ行くと、不思議にも馬槽が引繰返つて伏さつているので、起こして見ると一疋(ぴき)の河童が潜んでいた。それから大騒ぎになり、たちまち多勢のために河童は捕われ(中略)どうぞ生命は助けてくだされと、涙を流して詫入つた。(中略)この家の主人、これからかような悪戯をせぬといふ証文を書いたなら宥(ゆる)してやろうと言ふと、河童は左の腕を嚙切つて指で詫証文を書いたそう(中略)この河童はこうして主人の情でやつと宥された後に、川から上つてこの家の座敷に入り、そのままザシキワラシになつたといふことである。 』

 

これは、遠野の土淵村栃内の「古屋敷米蔵爺」の話として紹介された一文ですが、明らかに「座敷童子 = 河童」と言う説を展開しています。

 

 さらに、同じく「奥州のザシキワラシの話」の一話にも、次のような話が掲載されています。

 

『 毎晩、一人の童子が出て来て、布団の上を渡り、又は頭の上に跨つて唸されたりするので、気味悪くかつうるさくて堪らなかつた。漆かきの男は、今夜こそあの童子を取押えて打懲らそうと、待伏していて角力を挑むと、かえつて見事に童子に打負かされてしまつた。その翌夜は同様にして、木挽の福もその者に組伏せられたのである。二人の男はいよいよ驚いて、その次の夜からは宿替をしたということである。もちろんこの家には昔からザシキワラシがおつて、それが後を流れている猿ヶ石川の河童だという噂があつたのである。 』

 

また、「遠野物語」にも、似たような話が掲載されていますので、そちらも合わせて紹介します。

 

遠野物語 第58話「河童」 】

小烏瀬川の姥子淵のほとりに、新屋の家という家がある。

ある日、淵へ馬を冷やしに行き、馬曳きの子が外へ遊びに行った間に河童が現れて、その馬を引き込もうとし、逆に馬に引きずられて厩の前へ来て、馬の餌桶に覆われていた。

家の者が馬の餌桶が伏せてあるので、おかしいと思って少し開けてみたところ、河童の手が出てきた。

村中の者が集って、殺そうか許そうかと話し合ったが、結局、今後は村中の馬に悪さをしないという固い約束をさせてこれを放した。

その河童、今は村を去って相沢の滝の淵に棲んでいるという

 

 

同じ物体を、異なる名で呼ぶ事を「異名同体」と呼んでいますが、「佐々木 喜善」は、この「座敷童子 = 河童」説を信じていたように見受けられます。

 

 他方、この「佐々木 喜善」の「座敷童子 = 河童」説は、柳田國男の「海神少童(わたつみ)」説に影響を受けていると言う考えもあるようです。

 

柳田國男は、その著書「桃太郎の誕生」において、「桃太郎」、「一寸法師」等、日本の昔話は、それぞれが独立した昔話しではなく、その背後には、今では忘れ去られた一つの神話が存在していると言う説を提唱しています。

 

そして、その中の「海神少童」編では、記紀に始まる海神宮の信仰も、これら昔話しに通じる内容となっているとしており、魚を助けるとか、あるいは薪を淵に投げ入れる等の行為を行うと、美女が汚い黄金を生む童子を抱えて現れ、この童子を翁に託すと言う展開になるとしています。

 

ところが、一定の条件を守らなければ、この童子は黄金を産まなくなってしまう点、次のような点も全て共通しているとしています。

 

童子は、ハナタレ小僧、ヨケナイ、ウントク等の名を持つ汚いく醜い小僧。

・小僧の代わりに、子犬、黒猫等の小動物が出現するケースもある

・これら授かった物を育てるには一定の条件が必要になる

・さらに、福徳小槌や打出の小槌の場合もある

・これら授かった物から富を生み出すためにも一定の条件が必要になる

・条件を守らなかったり、より以上の物を望むと童子が去ったり死亡して富が消えてしまう

 

そして、何が「座敷童子」に通じるのかと言うと、「霊童や童神が人海に出現して福をもたらす」と言う点が、類似していると指摘されています。

 

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●「猿」説

 次に「座敷童子 = 猿」説を紹介したいと思いますが、この説は、柳田國男が唱えた説で、「佐々木 喜善」は、次の様に述べて反対しているようです。

 

『 当地の人は、猿と河童とを全く見分ける能力を有するやうに候。(中略)私も未だ河童を見しことあらず。その如何様の物なるかは存じ候はねど、猿なりとは一概にも信じ兼申候。 』

 

要は、「 河童は見たことは無いが、河童と猿の違いくらいは分かるので、馬鹿にするな ! 」と言っているのだと思います。

 

しかし、その半面、遠野物語の第45話「猿の経立(ふったち)」においては、「猿」の妖怪と考えられている「経立」が、人間や河童に似ていると紹介しています。

 

遠野物語 第45話「猿の経立」 】

猿の経立はよく人に似て、女色を好み、里の婦人を盗み去ることがよくある

松脂を毛に塗り、砂をその上に付けているため、毛皮は鎧のようで、鉄砲の弾も通らない

 

そして、この話を踏まえた上で、「佐々木 喜善」は、次のようにも述べています。

 

『 ザシキワラシのこと、御仰せに力を得て多く集め可申候。唯カッパが猿となりしやうにザシキワラシの神聖も地に堕ちはせずやと懸念に存じ候。 』

 

このように、「佐々木 喜善」は、「 カッパと猿が同一視される様に、座敷童子の神聖さが失われる事を恐れている。 」と、座敷童子の神聖さが失われる事を恐れています。

 

 

元々、「河童」の正体は、「猿」であると言う説が数多く唱えられており、中国/四国地方などでは、「猿猴(えんこう)」と呼ばれる河童が居るとされています。

 

つまり、「猿 = 河童 = 座敷童子」と言う三段論法的な考え方で、「猿 = 座敷童子」説が唱えられているのだと思います。

 

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●「竜宮童子」説

次は、本章の最初に紹介した「竜宮童子」が、「座敷童子」の正体であると言う説を紹介しますが、最初に「竜宮童子」とは何者なのかを紹介します。

 

【 竜宮童子

年の瀬に正月用の(あるいはなど)を売っていたおじいさんがいたが、一向に品物が売れなかった。

 

売れ残っても商売にならないため「龍宮に差し上げます」と言って水中に売れ残りを捨ててしまった。

 

帰ろうとした所、龍宮に招かれ、もてなしを受けた後、一人の子供(龍宮童子)を贈られる。

 

帰宅後、その子供がおじいさんとおばあさんの願う物を次々と出してくれるため、とても裕福になるが、その子供は非常に汚い(あるいは醜い)ため、邪険にされて追い出されてしまう。

 

すると、今まで出してくれた金品は全て失われてしまい、家は元のように貧しくなってしまった。

 

この説は、「富の源泉」に焦点を当てた考え方になっているように見受けられます。

 

「座敷童子」も、家に居着くことで、その家に「富」を与える存在として認識されていますので、「座敷童子 = 富の源泉」となります。

 

これまでに紹介した「河童 = 座敷童子」説や「猿 = 座敷童子」説では、容姿の類似性から「座敷童子」の正体説が唱えられていました。

 

ところが、「竜宮童子 = 座敷童子」説では、「竜宮童子」も「座敷童子」も、どちらも「富の源泉」としてとらえる事で同一視されています。

 

このため、「竜宮童子」のみならず「座敷童子 = 河童」説で紹介した下記の小僧達やこれも最初に紹介した「火男」も、「座敷童子」の正体として取り上げられています。

 

→海神少童、ハナタレ小僧、ヨケナイ、ウントク等の名を持つ汚いく醜い小僧

 

また、「醜悪な小僧達」からもたらされる「富」は、異界、あるいは外の世界からもたらされると言う点と、「座敷童子」自身が、「来訪神」として、外の世界から訪れると言う点も一致していると考えられているようです。

 

 

他方、これらの「小僧達」は、全て「汚く醜い容姿」となっていますが、「座敷童子」に関しては、どちらかと言うと「綺麗」、あるいは「かわいい」身なりをしているように見受けられます。

 

この見た目の違いに着目した場合、この「座敷童子 = 竜宮童子」説は、直ちに却下されると思われます。

 

●「護法童子」説

次は、「座敷童子 = 護法童子」説を紹介しますが、こちらも、まずは「護法童子」が何者なのかを紹介します。

 

【 護法童子

「護法童子」とは、密教の奥義を極めた高僧や修験道の行者/山伏達の使役する「神霊」や「鬼神」の別名とされています。

 

一般的に、「童子」形で語られることが多いため「護法童子」と呼ぶことが広く定着してしまったようですが、鬼や動物の姿で示されることもあるそうです。

 

 他方、平安時代前期の鎮守府将軍で「平 将門の乱」を平定した「藤原 秀郷」と言う人物がいます。

 

この「藤原 秀郷」は、別名「俵藤太(たわらとうた)」とも呼ばれており、彼が、琵琶湖の唐橋を通りかかった際、橋下に住む竜神から、三上山に住む百足(むかで)を退治して欲しいと頼まれ、その依頼を引き受けて百足を退治する話があります。

 

この伝説は、「俵藤太物語」と言う御伽草子に記載されており、この百足退治の話は、その中の「俵藤太の百足退治」として紹介されています。

 

その後、百足を退治したお礼として、「俵藤太」は、竜神から沢山の宝物をもらって、めでたしめでたしとなりますが、その宝物の中には、二人の童子が含まれており、この二人の内の一人が、「心得(こころえ)童子」と呼ばれており、この童子も「護法童子」と同類と考えられているようです。

 

ちなみに、「心得童子」は、何も命令しなくても主人の心の中を知り、それを叶えたり、用を足したりしてくれるのだそうです。

 

これら「座敷童子童子神」と言う点に重点を置いた「柳田國男」は、自身の著書の中で、「座敷童子」と「護法童子」、および「心得童子」に類似点が多いことから、「座敷童子 = 護法童子/心得童子」と言う説を展開しています。

 

「座敷童子」の正体に関しては、ここまで紹介した内容以外に、次のような正体説があります。

 

・火男

・間引かれた子供

・職人の呪い

 

今回は、ページの都合上、上記3個に関しては、次回ブログに掲載致しますが、特に「間引かれた子供」説は、座敷童子の正体としては、一番信憑性が高い説と考えられています。

 

 しかし、この「間引かれた子供」に関しては、「佐々木 喜善」は、「奥州のザシキワラシの話」と言う書物の中で、下記のような、とても気持ちの悪い話を紹介しています。

 

『 不時に死に、又は昔時無残な最期を遂げた童子の霊魂は、そのまま屋内に潜み留まり、主に梁の上などに棲んでいる。 』

 

何か、ホラー映画「呪怨」に登場した、白塗りの子供「佐伯俊雄」を彷彿とさせますが、この話以外にも、気味の悪い話が伝わっているようですので、それに関しては、次回、紹介致します。

 

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今回は、「座敷童子(わらし) - 神か霊か、はたまた妖怪か ? 」の「その1」として、次のような内容を紹介しましたが、如何でしたか ?

 

 

遠野物語」、および「遠野物語拾遺」においては、計13話もの「座敷童子」が収録されていますので、遠野地域では、「座敷童子」の存在は、日常風景となっていたように思えます。

 

しかし・・・それ以上に凄いのは、今回は紹介できませんが、「佐々木 喜善」が、大正13年(1924年)に、雑誌「人類学雑誌」に寄稿した「ザシキワラシの話」です。

 

この「ザシキワラシの話」には、全国の「座敷童子」に関して、83個もの伝承が記載されています。

 

まあ、その内の66話は、奥州、つまり東北地方の「座敷童子」ですから、やはり東北地方においては、「座敷童子」は数多く目撃されていたのだと思います。

 

「ザシキワラシの話」は、余りにも掲載事例が多いので紹介出来ませんが、興味のある方は、下記情報提供元「J-STAGE」から参照して見て下さい。

 

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それにしても・・・東北地方において、66箇所以上の目撃情報があった「座敷童子」ですが、それらの「座敷童子」は、現在は、何処に行ってしまったのでしょうか ?

 

「座敷童子」が住み着いていた家が、壊されたり、あるいは改築されたりした事が原因で、どこか別な場所に引っ越してしまったのでしょうか ?

 

しかし、「座敷童子」が引っ越したのであれば、その引越し先の家では、新たに「座敷童子」目撃されているはずですから、新しい目撃情報が生まれるはずですが・・・

 

となると・・・やはり「座敷童子」は、最初から存在しない者だったのでしょうか ?

 

あるいは、「日本狼」や「日本カワウソ」のように、絶滅してしまったのでしょうか ?

 

しかし、そもそも「座敷童子」に関して、「絶滅」って事自体、有り得るのでしょうか ?

 

「座敷童子」は、何とも、話が尽きない存在です。

 

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という事で、次回の「その2」では、今回に引き続き、「座敷童子の正体」の残りの3個の説から始めて、下記の情報を紹介します。

 

  • 座敷童子の正体説(途中から)
  • 座敷童子がいるから裕福になるのか ?
  • 「異人」/「憑き物」の考え方
  • 座敷童子を見ると幸せになれるのか ?

 

次回は、TV等でよく取り上げられている「座敷童子に会える宿」に関しても、その真偽の程を検討してみたいと思います。

 

また、単に「座敷童子」が見えるとか居たとかの話だけではなく、遠野物語にも登場する「六部」の存在から、民俗学の視点で、「座敷童子」の存在意義を紹介します。

 

次回は、何か、少し難しい話になりそうな雰囲気ですが、次回も宜しくお願いします。

 

以上

 

 

 

【 画像・情報提供先 】

Wikipedia(http://ja.wikipedia.org/)

コトバンク(https://kotobank.jp/)

・日本古典文学摘集(https://www.koten.net/tono/)

・探検コム(https://tanken.com/index.html)

・妖怪大好きブログ(http://blog.livedoor.jp/choupirako/)

J-STAGE(https://www.jstage.jst.go.jp/browse/-char/ja)