座敷童子 - 神か霊か、はたまた妖怪か ? (その2)

 今回は、前回に引き続き、「座敷童子」の話題を紹介します。

 

★過去ブログ:座敷童子(わらし) - 神か霊か妖怪か ? (その1) 

 

前回ブログでは、次のような内容を紹介しました。

 

 

遠野物語」には5個、「遠野物語拾遺」には8個、合わせて13個もの「座敷童子」関連の話が掲載されていますので、その昔は、結構、多くの目撃談があったことが忍ばれます。

 

さらに、前回も紹介した通り、大正13年(1924年)に発行された別の雑誌「人類学雑誌」には、83個(東北:66個/東北以外:17個)もの目撃談が掲載されていますので、本当に、江戸時代末から大正期に掛けては、東北地方には、数多くの「座敷童子」が居たと推測されます。

 

しかし・・・その昔は沢山居た「座敷童子」、今では、何処に行ってしまったのか ? 日本狼のように既に絶滅してしまったのでしょうか ?

 

他方、これら「座敷童子」は、実際には存在せず、地域社会における貧富の格差を納得させる道具としてのみ存在した、と言う考え方もあるようです。

 

確かに、自分の家が貧乏な理由として、次のような事を言われれば、もう納得するしかありませんよね !!

 

「ウチは貧乏だけど、あの家には、座敷童子が住んでいるから裕福なのは仕方が無い。」

「あの家には、昔は座敷童子が住んでいたから裕福だったけど、今は居ないから没落しても仕方がない。」

 

 「座敷童子」は、不可抗力や自然災害みたいな感じです。もう、人智の及ばない存在として、受け入れるしかありません。

 

これは、当時の地域社会においては、非常に便利な存在、方便だったと思います。

 

今、現在、「あの家には座敷童子が住んでいるから裕福なんだ !」と言われても、誰も納得しないと思います。

 

しかし、まあ、それにも関わらず、「座敷童子」の正体を突き止めたくなるのは人間の性だと思います。

 

河童、猿、何とか童子、大工の呪い・・・沢山の正体を考えていますが、やはり、一番納得し易いのは、「間引かれた子供」説だと思います。

 

今回は、前回の情報を引き継いて、「座敷童子の正体」から継続し、次のような情報を紹介します。

 

 

【 第2回目 】

  • 座敷童子の正体説(途中から)
  • 座敷童子がいるから裕福になるのか ?
  • 「異人」/「憑き物」の考え方
  • 座敷童子を見ると幸せになれるのか ?

 

 

それでは今回も宜しくお願いします。

 

以上

  

■座敷童子の正体説

今回の最初は、前回に引き続き、「座敷童子」の正体の残り、3説を紹介します。

 

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●「火男」説

それでは、最初に「火男」の伝説を紹介します。

 

【 火男 】

 爺さんが柴刈りの最中に穴を見つける。

穴は災いをもたらすので塞いでしまおうと、大量の柴を押し込んでいると中から呼び声がして、立派な御殿のある世界に連れて行かれる。

呼んでいたのは美女で、更に白髪の翁から褒美としてヘソから金(きん)を生む、奇妙な顔の子供を譲り受ける。

爺さんは子供を気に入って育てたが、欲張りな婆さんはより大きな金を欲しがり、ヘソを火箸で無理やりつついたため、子供は死んでしまう。

悲しむ爺さんに、自分に似せた面を竈の前に架けておけば、家が富み栄えると夢枕に立った。

その子の名前が「ひょうとく」であった事から、「ひょっとこ」と呼ばれた。

 

この「火男(ひょっとこ)」については、登場する子供の名前が「うんとく」であったり、あるいは「したり」であったりするケースもありまし、子供ではなく「若者」となるケースもあるようですが、ストーリーは、ほぼ同じとなっているようです。

 

そして、「火男(ひょっとこ)」に関しても、「富の源泉」と言う事で、「座敷童子」の正体として取り上げられる事が多い存在です。

 

このため、「火男」に関しては、前回紹介した「竜宮童子」、および「護法童子」と同類としてとらえられています。

 

「火男」に関しては、弊社過去ブログにおいて、「カマドガミ(竈神)」との関係で紹介しています。

 

★過去ブログ:岩手の民間信仰 ~ 聞いた事も無い信仰ばかり Vol.2

 

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●「間引かれた子供」説

 「座敷童子」の正体に関する最後は、「座敷童子 = 間引かれた子供」説を紹介します。

 

東北地方は、昔から数多くの飢饉に襲われ、安土桃山時代となる「慶長5年(1600年)」から「明治2年(1869年)」までの269年間に、17回もの飢饉に見舞われています。

 

その中でも、下記の飢饉は「四大飢饉」と呼ばれ、数多くの餓死者を出しています。

 

・元禄飢饉  :元禄年間(1688~1704年)に起こった飢饉。元禄8年と元禄15年の飢饉では数万人が餓死。

・宝暦飢饉  :宝暦5年(1755年)に起こった飢饉。餓死者5万人と伝わる。

天明飢饉  :天明3年(1783)~7年(1787年)に起こった飢饉。1783年の浅間山岩木山の噴火が原因。

天保飢饉  :天保3年~9年(1832~1838年)に起こった飢饉。

 

そして、このような飢饉が起こるたびに、農村では、人々が生き残るために、「口減らし」を行って来ました。

 

 「口減らし」とは、文字通り、「食物を食べる口を減らす」事で、子供を「間引く = 殺す」事を意味していますし、また歳を取った老人を山に置き去りにする「姥捨て」等が行われて来ました。

 

その内、「間引き」は、「臼殺(うすごろ)」とも呼び、「間引く(殺す)」子供を、石臼の下に置いて圧死させる方法が取られたと伝わっており、「圧殺」した子供は、決して家の外には出さず、家の土間の縁台の下とか、あるいは石臼場の下など、人が踏みつける場所に埋めたそうです。

 

そして、このようにして「間引かれた(殺された)」子供の霊魂に関して、「佐々木喜善」は、「奥州のザシキワラシの話」の中で、次のように紹介しています。

 

『 不時に死に、又は昔時無残な最期を遂げた童子の霊魂は、そのまま屋内に潜み留まり、主に梁の上などに棲んでいる。 』

 

また、この説を裏付けるような話も掲載しています。

 

『 土淵村字火石の庄之助という家で、一族二十人ばかり集まっている夜に、桁の上から女子の小櫛が落ちて来たので、皆上を見たが何も見えなかったという。しかし、ある者の目には、髪を乱した女子の顔が梁にくっついていて、じっと下を見つめていたのだと。それは恐らく、飢饉の年に餓死した召使の少女の魂魄が梁の上に留まっている為だとされた。 』

 

『 土淵村の山口では、天明の飢饉の時に盗み癖のあった子供を山に連れて行き、斧で斬殺した霊魂が家に帰り、梁にくっついで、悲しそうな声で最後の語を呟いている事があるという。その最後の語とは「父(トト)、何をする。」という言葉であったようだ。 』

 

 

何とも、悲しくも恐ろしい話ですが、この「間引かれた子供の霊」の事を、佐々木喜善や、柳田國男の弟子とされる「折口信夫」等は、「若葉の霊(魂)」と呼んでいたようです。

 

そして、この「若葉の霊」に関しては、「時々雨の降る日など、ぶるぶる慄(ふる)えながら縁側を歩くの見る。」と紹介しています。

 

更に、次の点が、「座敷童子」と類似していると報告しています。

 

・子供の姿である

・屋内を移動する

・悪戯をする

・祀られていない

 

このような類似点から、「座敷童子 = 間引かれた子供」と言う説が唱えられ、現在では、この説が多くの支持を集めているようです。

 

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●「職人の呪い」説

 岩手県龍泉洞がある場所として有名な岩泉町出身の作家「高橋 貞子」氏は、その著書「座敷わらしを見た人びと」の中で、「座敷童子」の正体は、家を建てる際に、工事に関わった職人達の呪いと言う説を唱えています。

 

この説では、その昔は、建築に携わった大工や各種職人達が、気持ち良く仕事が出来なかったり、あるいは施工主から無礼な扱いを受けたりした場合、その家に呪いをかける習慣があったとしています。

 

そして、この「呪い」とは、木片で作った人形を、柱と梁の間に挟み込んだり、あるいは家の要所に埋め込んだりしたと伝わっているそうです。

 

「高橋 貞子」氏は、こうした「呪い」の行為が、「座敷童子」と言う不思議な現象を生んだとしていますが、この説では、「座敷童子」と「福」や「富」の結び付きは生まれませんので、ちょっと無理がある説かもしれません。

 

■座敷童子が居るから裕福になるのか ?

次に、「座敷童子」が居る理由について、これまでと異なる説を紹介したいと思います。

 

これまでの諸説では、次のような話が定説として語り継がれて来ました。

 

・座敷童子が住み着いているから、その家が裕福になる。

・座敷童子が去ると、その家は没落する。

 

これらの定説は、ある家、遠野地域で言うと、「大同と呼ばれる旧家」が、何故裕福なのかを、「座敷童子」の存在を理由として語っているに過ぎないと考えられています。

 

つまり、次のようなストーリーが展開される訳です。

 

・「大同の家は、何故か裕福である。」

・「大同の家には、座敷童子が住み着いているから裕福になったに違いない。」

・「山口の旧家・山口孫左衛門という家が没落したのは、座敷童子が去ったからに違いない。」

 

この説は、現在では、遠野地域の普通の家、と言うか貧乏な家が、「何故、大同」の家だけが裕福なのか ?」を、そして、裕福だった家が、何故没落したのかを、自分たちなりに納得させるための方便だったと考えられていますが・・・この考え方は正しいのでしょうか ?

 

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東北地方を舞台にした数多くの小説を書いている「高橋克典」氏は、上記とは別の説を唱えています。

 

「 座敷童子が住み着いているのは大同の家が裕福だから。 」

 

と言う説です。

 

 つまり、「座敷童子は、裕福な家にしか住み着かない。その家が没落するから他の裕福な家に避難する。」と言う考え方です。

 

まるで、「性善説」と「性悪説」、あるいは「鶏が先か/卵が先か」と言うような関係になってしまいましたが、実際、先に紹介した「遠野物語拾遺」の中でも、この話は取り上げられています。

 

その話は、「拾遺91話」の中にある、「六部」の存在です。

 

『 附馬牛村のある部落の某という家では、先代に1人の六部(巡礼僧)が来て泊って、そのまま出て行く姿を見た者がなかったなどという話がある。 』

 

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この「六部」とは、その章でも説明しています通り、正しくは「日本回国大乗妙典六十六部経聖」と言う「六十六冊の法華経」を意味する言葉が、その後、そのお経を納めて全国を巡礼する僧侶を表すようになったものです。

 

そして、この「六部」に関しては、日本全国に「六部殺し」と言う民話と言うか「怪談」が伝わっており、それは次のような内容になっています。

 

 『 ある村の貧しい百姓家に六部がやって来て一夜の宿を請う。その家の夫婦は親切に六部を迎え入れ、もてなした。

 

その夜、六部の荷物の中に大金の路銀が入っているのを目撃した百姓は、どうしてもその金が欲しくてたまらなくなる。そして、とうとう六部を謀殺して亡骸を処分し、金を奪った。

 

その後、百姓は奪った金を元手に商売を始める。田畑を担保に取って高利貸しをする等、何らかの方法で急速に裕福になる。

 

夫婦の間に子供も生まれた。ところが、生まれた子供はいくつになっても口が利けなかった。

 

そんなある日、夜中に子供が目を覚まし、むずがっていた。小便がしたいのかと思った父親は便所へ連れて行く。

 

きれいな月夜(もしくは月の出ない、あるいは雨降り)の晩、ちょうどかつて六部を殺した時と同じような天候だった。

 

すると突然、子供が初めて口を開き、「お前に殺されたのもこんな晩だったな」と言ってあの六部の顔つきに変わっていた。 』

 

話の細部は、その土地々々で微妙に異なりますが、大体の荒筋は上記の通りです。

 

「六部」とは、前述の通り、全国を行脚しますので、当然、「路銀(旅に必要な金銭)」を持っています。そして、この「路銀」目当てに「六部」を殺して、「路銀」を奪って裕福になる、と言うのが当初のストーリーです。

 

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遠野物語拾遺 91話」では、この「六部殺し」と「座敷童子」が結合した話として伝えられています。

 

つまり、この話では、次のようなストーリー展開になっています。

 

1.附馬牛村のある部落の某という家に「六部」が宿泊する。

2.その「六部」を殺害して金品を奪う。

3.奪った金を元手に商売を始めて裕福になる。

4.その後、この某家から10歳位の紅い振り袖を来て紅い扇子を持った女の子が踊りながら出ていった。

5.この女の子は、下窪の家に入った。下窪の家では神棚の下に座敷童子が居る。

6.その結果、附馬牛村の某家は没落し、下窪の家は裕福になると言う逆転現象(ケエッチヤ)が起きた。

 

 

この話は何を意味しているのかと言うと、先の「六部殺し」と「座敷童子」が融合しているのですが、それ以外にも、「附馬牛村の某家」に座敷童子が住み着いたのは、「附馬牛村の某家」が裕福になったから、と言う事を意味しています。

 

さらに、この話を読み解くと、次の点も重要になって来ます。

 

・地方の村にも、その昔から貧富の格差があり、裕福な家は、それ以外の家から妬まれていた。

・その家が裕福になったのは「座敷童子の存在」や「六部殺し」を行ったのが理由としている。

・その半面、成り上がり者の家には座敷童子はおらず、もっぱら旧家にのみ存在している。

・このため、これらの事は、裕福な家や旧家への陰口として使われるケースが多いと思われる。

・座敷童子や持ち物が紅くなると、その家は没落すると言われるが、これも妬みの一種と思われる。

・つまり、元々「座敷童子」や「六部殺し」とは、地域社会における貧富の差や暗部の象徴だった。

 

このように、現在では、何か、一種のファンタシーや幸せの象徴のように語られている「座敷童子」ですが、その本質は、地方における暗部、ダークサイドの象徴だったと思われます。

 

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「座敷童子」や「六部」、およびそれらに伴う「富」は、地域社会の外部から来る物としてとらえられ、これら外部から来た物が、社会に格差を生み出す物と考えられていたのかもしれません。

 

そして、「富」とは移動する物と考えられ、一種の期待値として、「富」が自身の所に来ることを期待していたからこそ、「座敷童子が移動する。」と言う伝説が生まれたのかもしれません。

 

こうなると、やはり、「座敷童子が居るから裕福になる。」のではなく、「裕福だから座敷童子が居ると考えられた。」とするのが正論のような感じがしてきます。

 

 このように、「遠野物語」や「遠野物語拾遺」における「座敷童子」とは、江戸時代に入り、「貨幣経済」が地域社会にも浸透した事で地域社会にも「貧富の差」が生まれ、その「富の源泉」となる「貨幣」や「財産」は移動すると言う現象を、「座敷童子」や「六部殺し」に例えて伝えた内容だと考えられます。

 

そうなると、「座敷童子」の正体としては、「座敷童子 = 貨幣/財産」とも考えられるような感じもします。

 

 

他方、「座敷童子」や「六部」は、元々、地域社会には存在しない「異人」として扱われるケースもありますが、この場合でも「貨幣経済」が重要な地位を占めています。

 

 

 

■「異人」や「憑き物」の考え方

 

前章で紹介したように「座敷童子」を、地域社会の外部から来た「異人」としてとらえる考え方も存在します。

 

地域社会における「異人」に関しては、関西学院大学の研究によると、次の4つのカテゴリーがあるとされています。

 

第1カテゴリー :外部から一時的に地域に侵入し、用事が済めば立ち去る異人

第2カテゴリー :外部から地域に侵入し、そのまま定着する異人

第3カテゴリー :地域社会内部において作り出された異人

第4カテゴリー :噂は聞いて知っているが、実際には全く会った事も無い異人

 

 前述の「異人殺し」の場合、まずは、第1カテゴリーの「異人」が登場するが、次には「異人」を殺害した家が、第3カテゴリーの「異人」となってしまうそうです。

 

「六部」を殺害して裕福になる事で、地域社会から妬みを買い、地域社会に内部で孤立し、地域社会内の「異人」になってしまうのです。

 

これは、何とも皮肉な展開です。

 

そして、「座敷童子」が住み着いた家も、また地域社会内における「異人」となってしまう点も興味深い点です。

 

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他方、地域社会における第3カテゴリーの「異人」を創り出す仕組みとして「村八分」と言う仕組みもあります。

 

 「村八分」になるには、様々な理由が考えられますが、大きくは、次の2つの理由があります。

 

・地域社会のルールや暗黙の了解を守らない事

・「憑きもの筋」に家になってしまった事

 

村八分」とは、地域社会における「100%の付き合い」の内、「80%の付き合いを遮断する」と言う事を意味しています。

 

地域社会における付き合いには、次の10種類の付き合いがあるとされています。

 

→  葬式、火事の消火、成人式、結婚式、出産時の世話、病気の世話、新築/改築の世話、水害時の世話、年忌法要、旅行

 

そして、これら10種類の共同作業の内、葬式と消火活動は、そのまま放置すると、地域社会全体に悪影響を及ぼすので対応するが、それ以外の8個の共同作業に関しては、一切の交流を絶つ事が、「村八分」とされています。

 

村八分」にされる理由の内、第1の理由は、よく分かると思いますが、第2の理由「憑きもの筋」について、少し紹介します。

 

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 「憑きもの筋」とは、俗にいう「狐憑き」等と呼ばれ、これら「憑き物」は、家系や血筋によって起こると信じられており、地域社会においては、この「憑きもの筋」の家系との婚姻は、厳しく忌避されていました。

 

また、「憑きもの筋」の血筋の者は、憑きものを使役して、他人から財物を盗んでこさせるので、総じて富裕な家が多く、また、憑きものを他人に憑けたりすることもあると考えられ、忌み嫌われていました。

 

まるで「陰陽師」と、「陰陽師」が使役する「式神(しきがみ)」、あるいは、前に紹介した密教の高層や修験者が使役する「護法童子」との関係のようです。

 

さて、このような「憑きもの筋」の家ですが、何かと似ているとは思いませんか ?

 

そうです、「座敷童子」です。

 

この「座敷童子」も、ある説では「憑依する神」と考えられていますので、一種の「憑き物」と同じ扱いになるケースもあります。

 

「憑きもの」が憑依するのに明確な理由はありません。

 

「あの血筋だから」、「あの家だから」、「大同だから」・・・とにかく、何らかの理由を付けて、裕福な家を「異人」として、地域社会から除け者にしようとしているだけだと思われます。

 

つまり、前述の第3カテゴリーの「異人」が発生する原因の一つして、地域社会への「貨幣経済」の流入、および「貨幣経済」の流入による「貧富の格差」の発生が挙げられると思います。

 

「座敷童子」の発生が、「貨幣経済」と関係するとは思っても見ませんでした。

 

 

 

■座敷童子を見ると幸せになれるのか ?

 

 さて、最後に、前述の「立ち位置」の章でも紹介しましたが、「座敷童子を見ると幸せになる。」と言う点について、再度、検討してみたいと思います。

 

前述のように、「座敷童子に会える」等と言う宣伝文句で客を集め、挙句の果てに、ボイラーの点検不備から火災を起こして全焼させてしまったある旅館もありますが、私個人としは、このような宣伝行為は、立派な「詐欺」ではないかと思っています。

 

・座敷童子に会える

・座敷童子に会うと幸せになれる

・実際に座敷童子会った人は必ず幸運になる

・座敷童子は祖先の「亀麿」

 

もう、これだけで立派な詐欺行為のような気がします。

 

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日本の法律に、「不当景品類及び不当表示防止法」、通称「景表法」と言う法律があります。

 

この法律は、詳しい説明は割愛しますが、商品に対して、実際より良く見せかける表示が行われたり、過大な景品付き販売が行われたりする事で、過大広告につられて、消費者が実際には質の良くない商品やサービスを購入する事で不利益を被る事を防止する法律です。

 

この旅館は、存在さえ確かではない「座敷童子」に関して、「座敷童子に会える。」、さらに「座敷童子会うと必ず幸せになる。」等の宣伝を行っていますので、立派な過大広告だと思います。

 

「座敷童子に会うと幸福になる。」とか「座敷童子が居る家は裕福になる。」と言うのは、これまで説明して来た通り、結果論だと思われます。つまり「後付け」の理論です。

 

「後付け」理論では、良しにつけ悪しきにつけ、何か事(イベント)が起こった後、その理由を後付けで当てはまる理論です。

 

幸運の兆しを「吉兆」、不幸の兆しを「凶兆」と呼んでいますが、「座敷童子」の場合、「吉兆」となるのでしょう。

 

【 吉兆 】

・流星を見て願い事をすれば願いが叶う。

四葉のクローバーを見つけると幸福になる。

・白蛇を見ると大金持ちになる。

・彩雲が出ると良いことがある。

【 凶兆 】

・黒猫が前を横切る。

・彗星は災いをもたらす。

・竹の花が咲くと悪い事が起こる。

・雷が落ちると悪いことが起こる。

 

今回、「座敷童子」は「吉兆」とされていますので、「吉兆」について考えてみますと・・・例えば、「四葉のクローバー」を見つけた人は、必ず幸せになれるのでしょうか ?

 

そんな事はありませんよね。 何か良い事が起こった後で、「そう言えば四葉のクローバーを見つけたからだ !」となるのが普通です。

 

つまり、これは、何か良い事があった後で、そう言えば・・・となる「後付け」理論となります。

 

「座敷童子」の場合、たまたま、その旅館に宿泊した人達の内、事業や政治、あるいは研究等で、何らかの成果を挙げた人が、ほんの数名存在したと言うだけの話です。

 

その旅館の場合、創業が1955年(昭和30年)とされており、火事で全焼してから5年後に再建していますので、これまで約59年間営業をしている事になります。

 

毎日、1泊2日で2名の人が宿泊したと考えると、年間730人が宿泊し、これが59年間だと約43,000人が、その部屋に宿泊したことになりますが・・・

 

果たして、その内、何名が「座敷童子」と遭遇し、さらに、その中から何名が幸せ、と言うか、有名人になったのでしょうか ?  恐らくは、ゼロだと思います。

 

「幸せ」の定義は、個人によって異なりますので、宿の判断からは除外して良いと思いますが、やはり、「座敷童子を見ると幸せになる。」と言う宣伝文句は、嘘っぱちだと断定出来ると思います。

 

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そもそも、この旅館が営業を始めたのは、昭和、それも戦後になってからです。

 

本章以前で紹介した「座敷童子」に関しては、江戸時代末から明治、大正期にかけての話で、さらに、その中には、「座敷童子を見た。」と言う話は沢山ありますが、「座敷童子を見たから、その人が裕福になった。」等と言う話は一切ありません。

 

 この点が、「遠野物語」や「遠野物語拾遺」とは、全く異なる話です。

 

さらに、「佐々木 喜善」が、大正13年(1924年)、雑誌「人類学雑誌」に寄稿した「ザシキワラシの話」には、「座敷童子」に関して、83個もの伝承が記載されていますが、その中の、どこにも「座敷童子に会った人が裕福になった」等と言う話は掲載されていません。

 

そもそも、先の「ザシキワラシの話」には、奥州に関しては66箇所、奥州以外では17箇所に現れた「座敷童子」の話を掲載していますが、面白い事に、全焼した旅館がある「二戸市金田一」に関しては、1件も「座敷童子」が現れた事例は紹介されていません。

 

これらの事からも、「二戸市金田一」の「座敷童子」に関しては、【 眉につば 】を付けた方が良い話の可能性が非常に高いと思われます。

 

そもそも、冷静になって考えれば、これまで紹介した定説によれば、「座敷童子」が住み着く家が火事になり、全焼するなど有りえません。

 

少なくても、「火事が起きても虫の知らせで直ぐに消火した」とか、「座敷童子が火事を知らせてくれた。」等と宣伝して欲しいところです。

 

旅館関係者は、火事で全焼したけど怪我人も出なかった、隣接する神社が燃えなかった等、苦し紛れの言い訳を並べ立てていますが、全く話にならないと思います。

 

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 もう1件、盛岡市神町にも、「座敷童子」に会えると言う宣伝をしている旅館があります。

 

こちらの旅館、現在の大女将の実家に居た「座敷童子」が、嫁入り後も、現在、営業している場所(盛岡)まで付いて来たと言う事をウリ文句にしているようですが・・・大女将の実家が何処か解りませんし、何時から盛岡で営業を開始したのかも解りません。

 

また、「座敷童子」の信憑性を高めるための手段だと思われますが、実家があった村で火災が発生した際、村の大半が焼失したのに、この実家は火災を免れたとも伝えています。

 

この点、二戸市の旅館は、全焼してしまいましたので、盛岡市の「座敷童子」の方が、力が強いのもかもしれません(笑)が、何時、何処で、どのような火災が発生したのか等、裏付けとなる説明が全然ありません。

 

全て、当人達の言っている事だけが頼りですので、こちらも「胡散臭さ」は、二戸市の旅館と同等だと思います。

 

 但し、この旅館の「先先先代」となる「小笠原謙吉」氏と言う人物は、「佐々木喜善」や「柳田國男」とも親好があり、自ら「岩手県紫波郡昔話集」と言う書籍を出版したり、または「小笠原謙吉」氏から聞いた話を、またもや「柳田國男」が編纂した「日本昔話記録」と言う書籍を出版したりしています。

 

この話を聞くと、この旅館の「座敷童子」は、少しは信憑性が高いような雰囲気を醸し出していますが・・・

 

しかし、こちらの「岩手県紫波郡昔話集」には、「座敷童子」の話は、1件も収録されていませんので、この旅館が宣伝している話とは、全く関係の無い「こじつけ」だと思われます。

 

ちなみに、前述の「ザシキワラシの話」には、次のような目撃例が掲載されています。

 

盛岡市加賀野新小路、住吉紳社前に古き家がある。昔から此家には不思議な物が居るこて借手が何れも永住しなかつた。君し人が入るさ、夜縁側をトタトタご歩く足音がし、また隣室なごで布團を敷くやうな音をさせ、さうしてもう寝たかなざ、聲をかける。此物に就いて近所ではザシキワラシだこ言ふて居る(大正十年九月四日盛岡で聴く) 』

 

 この旅館がある「天神町」と、雑誌に登場する「加賀野新小路、住吉神社前」というのは、非常に近く、隣接した町となっていますので、ひょっとしたら・・・

 

と言う事は絶対に無いと思います。そもそも時代が違うと思います。

 

また、この旅館、失礼な言い方かもしれませんが、「座敷童子」が住み着いている割には、貧相な旅館です。

 

素泊まりしか出来ない旅館です。客室も全部で6部屋しかありません。

 

これまでの定説通りならば、この旅館に「座敷童子」が住み着いているならば、もっと裕福になっていると思います。

 

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何れにしろ、「座敷童子」を見ただけでは何も起きないと思います。

 

二戸市や盛岡の旅館が、「座敷童子に会える/見える」等を宣伝文句にして客を集めていますが、全くのデタラメだと思います。

 

「座敷童子」は、家に憑依しないと効果がありませんし、また、裕福な家にしか「座敷童子」は憑依しませんので、私のような貧乏人が「座敷童子」を見たところで、話のネタにしかならないと思います。

 

皆さんも「座敷童子」に踊らされないよう注意して下さい。

 

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今回は、「座敷童子(わらし) - 神か霊か、はたまた妖怪か ? 」の「その2」として、次の内容を紹介しましたが如何でしたか ?

 

  • 座敷童子の正体説(途中から)
  • 座敷童子がいるから裕福になるのか ?
  • 「異人」/「憑き物」の考え方
  • 座敷童子を見ると幸せになれるのか ?

 

私個人としては、座敷童子の正体は、やはり「間引かれた子供」の霊だと思いますが・・・普通、殺された人間であれば、その家に祟りをもたらす存在になると思います。逆に、「富」をもたらす存在になるのは、ちょっと納得出来ない点でもあります。

 

しかし、日本では、その昔から、「祟り神」を祀って「神」にすることで、「幸福」や「富」、あるいは「権力」をもたらす存在に祀り上げる行為が数多く行われて来ました。

 

時代は前後しますが、菅原道真崇徳天皇平将門・・・これら三名は、日本における「三大祟り神」とされています。

 

このため、当時の貴族連中は、これら「祟り神」を鎮めるために、必死に、彼らを拝んだのだと思います。

 

過去に弊社ブログで取り上げた「安倍一族」の伝説で紹介した「安部貞任」も、死後に「祟り神」と言うかゾンビ化し、七つに切り刻んで埋めて、その場所に神社を立てたと言う伝説が残っています。

 

★過去ブログ:奥州安倍氏の伝説 - 実は生き延びていた編

 

このように、中世の日本においては、人々を脅かすような天災や疫病の発生を、怨みを持って死んだり、あるいは非業の死を遂げたりした人間の「怨霊」のしわざと見なして畏怖し、これを鎮めて「御霊(ごりょう)」とすることにより祟りを免れ、平穏と繁栄を実現しようとしてきました。

 

そして、このような信仰を「御霊信仰」と呼んでいます。

 

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しかし、他方「座敷童子」に関しては、これまで紹介してきた通り、神棚等で祀られる存在にはなっていません。

 

この点に関しては、今回は、紹介しませんでしたが、ある説では、次のように紹介しています。

 

『 座敷童子とオクナイ様/オシラ様は、表裏一体の神様である。 』

『 本来、座敷童子は、竈(かまど)神と同類であるが、社会の暗部に埋没してしまった神である。』

 

つまりは、「座敷童子」は、地域社会においては、暗黙の了解のもとで存在する神であり、このため、敢えて祀り上げる必要もない存在だった、と言う説です。

 

「若葉の霊」を、暗黙の了解のもと、無意識の内に神として祀り上げる「御霊信仰」を行い、その結果として「座敷童子 = 富」の象徴になってしまったのではないかとしています。

 

まあ、確かに面白い説ではありますが、何か「こじつけ」のような感じもします。

 

「座敷童子」に関しては、東北地方に伝わる他の信仰や伝説と結び付いて、様々な説が唱えられていますので、今では、もう何がなんだか解らなくなってしまったように思えます。

 

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他方、それを良い事に、自分達の都合の良い存在として、「座敷童子」を宣伝に用いる「小賢しい」連中も存在します。

 

これら旅館から、「お前に何か迷惑を掛けたのか ? 何か、被害に遭ったのか ?」と言われると、全く何もありませんが・・・しかし、存在が明らかになっていない者を利用して客を集める行為に対しては、何だかな~と言う感じがします。

 

 ところが、そう考えると、「じゃ、神様の存在は確実なのか ?」と言う話にもなって来ちゃいそうです。

 

存在が明らかではない「天照大神」を始めとする「八百万の神々」を祀る神社は、どなるのでしょうか ?

 

私は、「無神論者」では無いので、「神」かどうかは解りませんが、それに近い存在は居るのではないかと思っています。

 

言っている事の筋が通らないかもしれませんが、やはり「八百万の神々」を祀る神社と、「座敷童子」を宣伝に用いる旅館とでは、その存在意義は、全く違うと思います。

 

 

最後は、哲学論に近い状況になってしまいましたが、今後も、「座敷童子」に関して、何か新しい情報が入手出来たら(恐らくは無理だと思いますが)、追加情報を紹介したいと思います。

 

それでは次回も宜しくお願いします。

 

以上

 

【 画像・情報提供先 】

Wikipedia(http://ja.wikipedia.org/)

コトバンク(https://kotobank.jp/)

・日本古典文学摘集(https://www.koten.net/tono/)

・探検コム(https://tanken.com/index.html)

・妖怪大好きブログ(http://blog.livedoor.jp/choupirako/)

J-STAGE(https://www.jstage.jst.go.jp/browse/-char/ja)

関西学院大学・人権研究(https://www.kwansei.ac.jp/r_human/index.html)

・「座敷わらし」の絵は「つのだじろう」氏が描き、旅館「緑風荘」に送った作品です。

会津美里町教育委員会(http://www.town.aizumisato.fukushima.jp/030/050/index.html)

・獺祭書屋(http://dassaishooku.p2.weblife.me/)

 

 

Windows 10「May 2019 Update」良いの? 悪いの ? どっちなの ?

 

 また、この嫌な情報を紹介する季節となってしまいました。

 今回は、前回、2018年12月に紹介した「Windows 10 October 2018 Update」以来となる7回目のWindows OSのメジャーアップデート「バージョン1903(開発コード「19H1」)」の情報を紹介します。

 

このメジャーアップデート、当初、大方の予想では、「April 2019 Update」と言う名称が付けられると予想されていましたが・・・

 

「バージョン1903」の提供時期が、試験期間延長のために1ヶ月遅れの5月になりましたので、その影響で、「April」から「May」となり、結局「May 2019 Update」と言う名称に変わってしまったようです。

 

また、今回のメジャーアップデートでは、次のような噂が流れていました。

 

・「Windows 10 Pro」に付加されていた「Windows Update遅延機能」が消滅する

・大型機能の提供は見送られ基本機能の拡充だけが行われる

・Cortanaが検索機能から外される

 

特に、上記、『 Windows 10 Proに付加されていたWindows Update遅延機能が消滅する。 』と言うのは、非常にインパクトのある変更です。

 

これまで、「Home」と比較すると「10,000円」程度高かった「Pro」には、「Windows Update」を延期する事が出来る機能が搭載されていました。

 

ところが、今回のメジャーアップデート「バージョン1903(開発コード「19H1」)」で、「Pro」から、この機能が取り去られてしまうと言う噂が拡散した事から、もう「Pro」の価値が無くなってしまったと考えているユーザーが増えています。

 

確かに、「Windows Update」を簡単な設定だけで延期出来るのであれば、余りWindowsのスキルの無い方にとっては、非常に魅力的な機能です。「10,000円」余計に支払っても、まあ、納得できたのではないでしょうか ?

 

それが、メジャーアップデートで無くなるなんて・・・まるで詐欺にあったような感じだと思います。

 

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 そして、実際に蓋を開けてみると・・・「Pro」から遅延指定が出来なくなくなるのではなく、「Home」に遅延機能が追加されただけの事でした。

 

しかし、この遅延機能、実際は、「Windows Update」の適用タイミングを選択することが出来たのですが、この選択が出来なくなってしまったようです。

 

従来、「Pro」では、SAC(半期チャネル)、およびSAC-T(半期チャネル(対象指定))というリリース・タイミングを選択できたのですが、この選択肢が消えてしまいました。

 

そして、その変わりに、「Windows Update」の配布日からの遅延日数を指定する仕組みに変わったようです。

 

この仕組みは、「Windows 10 Pro」以上のエディション、つまり「Home」エディション以外に実装され、最大365日まで延長できるようです。

 

但し、遅延日数を指定しても、Windows Defender Antivirusの定義の更新やセキュリティ更新等のアップデートは強制的に行われ、遅延させることは出来ないとされています。

 

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と言うような「May 2019 Update」ですが、今回は、このような問題点を含め、次の機能について紹介します。

 

  • Windows Sandbox
  • インストール後の再起動設定
  • スタートメニューのアイコン設定
  • 電源ボタンの変更
  • マイクの利用通知
  • ネットワーク接続ボタン変更
  • アクションセンター変更
  • マウスポインター変更
  • ライトテーマ拡張
  • 予約済み記憶域機能
  • タスクマネージャー変更
  • 検索機能分離
  • 「April 2019 Update」全体像

 

これも、大方の予想通り、余り目玉となる新機能が無く、新機能追加による「アップグレード」ではなく、機能削減による「ダウングレード」感が強いメジャーアップデートのような感じがします。

 

それでは今回も宜しくお願いします。

  

Windows Sandbox

 最初に、今回のメジャーアップデートの目玉機能と言われている「Windows Sandbox(サンドボックス)」を紹介します。

 

この「Sandbox」、早い話、Windows PC内に「仮想環境(VM:Virtual Machine)」を作る事が出来る機能です。

 

Windowsのスキルが余り無い方にとっては、「仮想環境 ? VM ? 何それ ?」となるかと思いますが、簡単に言うと、Windows PC内に、もう1個、別のWindows OSの環境を作る事を意味しています。

 

「何で、そんな機能が必要なの ?」と思うかもしれませんが、システム開発を行っている人にとっては、結構必要な機能なのです。

 

[ 私なども、ちょっと前までは、「VM Ware」と言う他社ツールを導入して、1台のPC内に、複数のWindows OS環境を作成して、プログラムの試験を行っていました。

 

「えっ!! それじゃ、Sandbox機能なんて、いらないんじゃねー ?」って事ですが、将に、その通り、別に他のツールを使えば、Sandboxなんて無くても簡単に仮想環境を作成する事が出来ます。

 

それに、「VM Ware」であれば、様々なバージョンのWindows OSを稼働させる事も可能ですが、この「Sandbox」・・・何と、親PCと同じバージョンのWindows OSの仮想マシン環境しか作れないそうです。

 

さらに説明すると、元々Microsoft社では、「Hyper-V」と言う機能で、X64(64ビットOS)向けの仮想化システムを提供していましたので、何で今更って言う感じがします。

 

しかし、Microsoft社が言うには、『 他社ツールをわざわざインストールする必要も無く、ライセンス料の負担もなく、簡単に仮想化環境を作る事が出来ると言うメリットがある。』と宣伝しているようです。

 

 まあ、Windowsのスキルが無い方にとっては、このSandbox機能を使う事で簡単に仮想環境が作成出来るようですので、その点は便利かもしれません。

 

それでは、「何故、Sandbox等を用いて、わざわざ仮想環境を作成しなければならないのか ?」と言う点ですが・・・正直、普通にPCを使っている人にとっては、私は、こんなSandbox機能は不要だと思います。

 

このSandbox機能のメリットとしては、次の様な点が挙げられています。

 

・仮想環境で、アプリケーションのセキュリティ試験が出来る。

・仮想環境で、事前に、アプリケーションの稼働確認試験を行う事が出来る。

・仮想環境で、危ないURLに接続して状況を確認する事が出来る。

 

しかし、普通にPCを使っている人は、わざわざ、こんな事を実行しようとは思いません。普通にPCを起動させ、普通にOfficeツール等を使って業務を実行するだけです。

 

だから、こんな機能が実装されても、嬉しくも何とも思わないはずです。

 

 まあ、もしも、このSandbox機能を使ってみたい、と言うのであれば、「設定」→「アプリ→アプリと機能」→「プログラムと機能」→「Windowsの機能の有効かまたは無効化」で、Windowsの機能のダイアログから「Windows Sandbox」にチェックボックスを入れたあと、再起動すれば利用出来るようになります。

 

結構、設定も面倒臭いようです。PCの再起動後は、スタートメニューから「Windows Sandbox」と検索して実行するだけです。

 

なお、ここまで紹介しておいて何ですが・・・この機能、Homeエディションでは使えません。

 

■インストール後の再起動設定

 

 本機能は、下記条件を満たしている場合のみ設定可能な機能です。

 

Windows バージョン 1809適用済のPro または Enterpriseの場合

Windows 10 May 2019 Update(バージョン 1903)適用済の場合

 

このため、残念ながら、「April 2019 Update」を適用していないHomeでは利用出来ない機能となっています。

 

まずは、「スタートボタン」→「設定」→「更新とセキュリティ」と言う手順で、「Windows Update」画面を表示します。

 

 そして、次に「Windows Update」画面で、【 更新を7日間一時停止 】と言う箇所をクリックします。

 

これで、7日間だけ「Windows Update」の適用を遅らせる事が可能になります。

 

そして、7日間経過後に、再度、適用を延長する場合、また、上記と同じ手順を踏む必要があります。

 

 他方、適用希望日を具体的な日数で指定したい場合には、ドロップダウンメニューで希望日を指定する事も可能です。

 

その後、「Windows Update」を再開したい場合には、「更新の再開」ボタンをクリックすると、適用可能な更新プログラムの検索が行われます。

 

また、「Windows Update」を適用する場合、PCの再起動が必要になります。

 

従来、「Windows Update」は、利用者の都合など全く考慮せず、仕事中でも勝手に再起動を行っていました。

 

しかし、これが多くのユーザーのヒンシュクを買う結果になっていたので、現在では、「アクティブ時間」と言う概念が取り入れられました。

 

 この「アクティブ時間」を設定すると、この時間帯には、OSの更新や再起動を行わなくなります。

 

「アクティブ時間」を設定する場合、先程と同様、「Windows Update」画面を開き、そこで「アクティブ時間の変更」を選択します。

 

そうすると、「アクティブ時間」の設定画面が表示されるので、開始時間と終了時間を設定する事が出来ます。

 

今後のPC運用を考えると、この「アクティブ時間」は必ず設定しておいた方が良いと思います。

 

この件に関しては、Microsoft社の下記ページに説明が記載されています。

 

→ URL:https://support.microsoft.com/ja-jp/help/4028233/windows-10-manage-updates

 

ちなみに、この機能を用いて「Windows Update」から逃れることが出来る期間は、最大5週間までとなっているようです。

 

残念ながら、永遠に逃れる事は出来ないようです。

 

■スタートメニューのアイコン設定

 スタートメニューには、使用頻度の高いアプリを、アイコンで「ピン留め」する機能があります。

 

そして、「ピン留め」したアプリのアイコンに対しては、次の様な形で管理する事が出来ます。

 

・アイコンサイズの変更

・アプリのグルーピング

・アイコンの削除、等

 

この内、アイコンの削除に関しては、これまでは単品でしか実行出来ませんでした。

 

このため、グループ全体を削除したい場合でも、1個ずつ削除する必要があったのですが、今回からは、グループでまとめて削除する事が出来るようになりました。

 

まあ、しょぼい機能追加ですが、少しは便利になったようです。

 

■電源ボタンの変更

 次も、しょぼい機能追加ですが、電源ボタンにピクトグラムが追加されました。

 

ピクトグアムとは、「絵文字」の事で、次の3個の処理の先頭に絵文字が表示されるようになりました。

 

・スリーブ

・シャットダウン

・再起動

 

言語認識に問題がある場合、あるいは各国語を意識する事無く、直感的に機能を識別する事が出来るようになリました。

 

という事で、普通に使っている人にとっては、この機能追加も、「だから・・・」と言う機能追加です。

 

■マイクの利用通知

 タスクバー右側にある「通知領域」に、マイクを使用している場合、マイク利用中である事が通知されるようになりました。

 

これも「だから何なの ?」と思うかもしれませんが、数あるスパイウェアの中には、勝手にマイクやカメラを作動させて音声情報を盗み聞きしたり、カメラを用いて盗撮したりするマルウェアもあります。

 

今回は、マイクだけですが、このようにPC利用者が意図しないにも関わらず、勝手にカメラが動作を始めた場合、通知領域に、何個のアプリがカメラにアクセスしているのかが表示される様になりました。

 

また、このアイコンをクリックすると、マイクのプライバシー情報の設定画面が表示されます。

 

さらに、この画面では、カメラへのアクセス履歴も確認する事が出来るようです。

 

■ネットワーク接続アイコン変更

  ネットワークの接続状況を表すアイコンが、「地球儀」状のアイコンに統一され ました。

 

これまでは、下図のように、ネットワーク接続時と非接続時とでは表示が異なっていましたが、今後は、接続の有無に関わらず、この「地球儀」が表示されるようです。

 

しかし、常に「地球儀」が表示されているだけでは、ネットワークへの接続されているのか否かが分からない様になってしまいました。

 

 この場合、「地球儀」アイコンにマウスポインターを合わせれば、現在の接続状況、およびその理由が表示されると言う事ですが・・・

 

接続出来ない理由が表示されるのは進歩したと思いますが、先程の電源ボタンに導入されたピクトグアムと比較すると、逆に直感的に分かり難くなったような感じがします。

 

■アクションセンター変更

 画面右下の「吹き出し」状のアイコン(赤枠)をクリックすると、アクションセンターが表示されます。

 

「アクションセンター」とは、利用者に何らかのメッセージが通知されたり、あるいは「設定」を開かずに何らかのPC操作を簡単に行うためのタイルが表示されたりするる画面です。

 

今回、このアクションセンターの表示に「モニターの明るさの設定」が追加表示されるようになりました。

 

 「モニターの明るさの設定」は、従来は、「設定」→「システム」→「ディスプレイ」で設定変更画面を表示するか、あるいは、このアクションセンター画面で「明るさ」タイルをクリックすることで調整する事が出来ました。

 

今回は、アクションセンター下部に、明るさを調整する事が出来る「スライダー」が追加され、100段階で明るさを調整する事が出来るようになりました。

 

「100段階で調整する必要があるのか ?」と言う問題もありますが、取り敢えずは、ちょっとだけ便利になったと言う事らしいです。

 

その他にも、このアクションセンターのパネルに関しては、表示内容を直接編集する事が出来るようになったようです。

 

・表示/非表示

・ピン留め

・追加/削除

 

ちなみに、従来は、「設定」→「システム」→「通知とアクション」と辿る事で、アクションセンターの編集を行う事が出来たので、こちらも少し簡単に編集を行えるようになりましたが、「それで ?」感は拭えません。

 

マウスポインター変更

 今回の修正で、マウスポインターのサイズが、15段階で変更出来るようになったようです。

 

これも、「だから ?」と言う機能追加なのですが、「設定」→「簡単操作」→「カーソルとポインター」→「ポインターのサイズと色を変更する」で、サイズが変更出来ます。

 

この設定は、従来から可能だったのですが、従来は、あらかじめ決まった3パターンしか設定出来なかったのですが、これが柔軟に変更出来るようになりました。

 

と言う事ですが、Microsoft社の言い分では、「現在、ディスプレイには、様々な解像度があり、4Kディスプレイの場合、マウスポインターが小さくなって見難くなるので、この新機能で柔軟に変更出来るようにした。」との事らしいです。

 

が、前述の通り、従来でも、あらかじめ決まったパターンではありますが、サイズ変更は出来ていたので、別に、こんな機能を追加しなくても良かったのではないか ?  と言う話もあります。

 

■ライトテーマ拡大

  

 

 WindowsのUI全体を、白をベースとした「ライトテーマ」に切り替えられるようになりました。

 

従来、Windows自体のスタートメニューやタスクバー、アクション センター、およびタッチキーボードは、黒ベースとした「ダークテーマ」になっており、このテーマは変更出来ませんでした。

 

今回の変更では、これらの表示でもライトテーマを設定できるようになりました。

 

 設定画面で「個人用設定」→「色」と辿り、「既定の Windows モードを選択してください」と記載された項目で、「白」を選択すると、Windows全般の表示にライトテーマが適用されます。

 

また、ライトテーマを設定した場合、タスクバーに表示されるエクスプローラーのアイコンも、見やすいように変更されているようです。

 

 一方、これまでは、アプリに関しては、ライトテーマがデフォルト設定だったのですが、Windows側はダークテーマしか設定できなかったので、今回の修正で、Windowsとアプリの両方で、統一感のある表現ができるようになったようです。

 

さらに、設定画面の「個人用設定」-「テーマ」にも、「Windows(ライト)」が追加されています。

 

この設定を選択すると、背景、アクセントカラーも含めて、全てがライトテーマに合った設定が適用されます。

 

ちなみに、このテーマには、ライトテーマ風にアレンジされた壁紙も含まれているようです。

 

■予約済み記憶域機能

 この機能は、ストレージ容量が少ないPC向けに提供された機能です。

 

今回のメジャーアップデートのように、更新プログラムを適用するために、ある程度の大きさのストレージ領域が必要な場合、その処理に必要なストレージ領域を、あらかじめ確保しておく機能となります。

 

この領域は、ユーザー用のファイル領域としては使用出来ませんが、更新プログラムのインストールには使用する事が出来るようになります。

 

と言うことで、ストレージが32GBと少ないPCにとっては、何となく便利な機能のように感じますが、実際は、更新プログラム用の領域を事前に確保するだけの機能なので、結局の所、普段使うストレージが減らされるだけの話です。

 

つまりは、Microsoft用のストレージ領域を確保し、ユーザー用のストレージ領域を減らしているだけの話です。

 

自分さえ良ければ、ユーザーの事など知った事か !! と言う感じだと思います。

 

■タスクマネージャー

 皆さん、「タスクマネージャー」って使った事ありますか ?

 

私などは、PCの処理が遅くなった時に、どの処理が悪さをしているのか、つま り、どのプロセスがCPを大量に使ったり、あるいはメモリを大量に消費したりしているのかを調査するために使っています。

 

このタスクマネージャーでは、PC内で動いている様々なプログラムに関して、次の様な情報を提供してくれます。

 

・CPU使用量

・メモリ使用量

・ディスクへのアクセス頻度

・ネットワーク消費量

GPU使用量

 

PCのレスポンスが急激に悪化した時に、このタスクマネージャーを見ると、どのプログラムが悪さを働いているのかを知る事が出来ます。

 

そして、悪さをしているプログラムが特定できたら、そのプログラムを強制終了させる事で、PCのパフォーマンスを復旧する事が可能になります。

 

しかし、このタスクマネージャーを表示すると、常に「プロセス」タブの情報が表示されてしまうので、詳細情報を知るためには、別途「詳細」タブをクリックする必要がありました。

 

今回、デフォルト(規定)タブを設定する事が可能に成りましたので、いきなり「詳細」タブの情報を見る事が可能になりました。

 

と言う事ですが、この機能も、私の様な使い方をしている人にのみ嬉しい機能なので、一般のユーザーには、余り関係無いのかもしれません。

 

■検索機能とCortanaの分離

 Windows 10では、その発売当初から、音声アシスタント「Cortana」において、検索する機能を提供して来ました。

 

しかし、今回のメジャーアップデートを適用すると、「Cortana」から検索機能が取り外されてしまうそうです。

 

元々、Microsoft社の思惑では、「Windows 10 Mobile」を普及させ、その中で「AI機能」として「Cortana」も普及させ、AIアルゴリズムを確率しようとしていました。

 

ところが、「Windows 10 Mobile」事業が失敗してしまった事から、「Cortana」の立場も微妙になってしまったようです。

 

それでも、PC市場において、「Cortana」を多くのユーザーに使ってもらえば、まだ生き残る余地もあったようですが、現状、「Cortana」は全く使われていないので、今回、検索機能から分離される事になってしまったようです。

 

■April 2019 Updateの全体像

これまで、「April 2019 Update」で提供される機能の内、全てが「しょぼい機能」ばかりなのですが、その中でも比較的役に立ちそうな機能や気になる機能変更を紹介してきました。

 

しかし、実際には、今回の「April 2019 Update」では、全部で40項目程度の機能追加や機能修正が行われています。

 

そこで、今回のブログの最後に、「April 2019 Update」の全体像をご紹介します。

 

カテゴリ

変更内容

大規模

変更

Windowsサンドボックス

Windows Update関連の変更

検索機能関連

予約済み記憶域

WSL$/WSL.EXE

GUI関係

アクションセンターの改良

ライトテーマの改良

ポインターサイズが16段階/テキストカーソル幅が20段階に

通知領域:マイク利用中のアイコン表示とTipsによるアプリ名表示

通知領域:インターネット未接続の新しいアイコン

通知領域:[Windows Update]アイコンの変更

タスクバー:[検索]アイコンが独立(Cortanaと分離)

[スタート]メニューがフルーエントデザインに対応

[スタート]メニューのグループをまとめて解除可能

[スタート]メニューの内部改良

絵文字入力パネルに[顔文字]/[記号]タブが追加

タッチキーボードの改良(主に日本語以外)

サインインスクリーンがフルーエントデザインのアクリルに

アプリ

GUIからの標準添付アプリのアンインストール(対象拡大)

メモ帳の改良。UTF-8ではBOMなしにも対応

タスクマネージャーの既定のタブが指定可能になった

タスクマネージャーでアプリの高DPI対応が表示可能に

Chrome Extension for Timelineの標準装備

エクスプローラーの軽微な改良

Windows Defenderアプリの改良

ゲームバーの改良(キャプチャー画像のギャラリー)

設定関連

Windowsの設定]アプリのトップページ変更

[検索]アイコンの新設

プリンタダイアログの改良

[システム]-[ストレージ]の改良

[システム]-[集中モード]-[自動規則]の項目追加

[ネットワークとインターネット]-[イーサーネット]-[ネットワークアダプター>]のネットワークプロファイル選択

[時刻と言語]-[日付と時刻]-[インターネット時刻同期]の[今すぐ同期]ボタンの追加

[アカウント]-[サインインオプション]の改良

[個人用設定]-[フォント]でドラッグ&ドロップによるフォントの追加

[セキュリティと更新]-[回復]-[このPCを初期状態に戻す]の改良

[セキュリティと更新]-[Windows Insider Program]の改良

[セキュリティと更新]-[Windows Update]の改良

その他

トラブルシューティングの自動推奨

Fiber Local Storageのスロットサイズが拡大

Windows Mixed Reality内でWin32アプリが起動可能に

電話番号によるアカウントによるサインイン

ナレーターの強化

「アクティビティ履歴」の強化

    

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今回は、「Windows 10 May 2019 Update 良いの? 悪いの ? どっちなの ? 」と題して、Windows 10のメジャーアップデートに関して、下記の機能を紹介しましたが如何でしたか ?

 

  • Windows Sandbox
  • インストール後の再起動設定
  • スタートメニューのアイコン設定定
  • 電源ボタンの変更
  • マイクの利用通知
  • ネットワーク接続ボタン変更
  • アクションセンター変更
  • マウスポインター変更
  • ライトテーマ拡張
  • 予約済み記憶域機能
  • タスクマネージャー変更
  • 検索機能分離
  • 「April 2019 Update」全体像

 

冒頭で紹介した通り、機能変更箇所は多岐に渡るようですが、目玉機能が全くない地味なアップデートになったようですが、今回は、と言うか、今回も、出来れば更新プログラムを適用したくありません。

 

「May 2019 Update」は、2019年5月21日(米国時間)から配布されました。本ブログは、このメジャーアップデートが配布されてから、1ヶ月程度経過してから執筆していますが、下記Microsoft社の情報によると、まだ調査中の障害が8件も残っているようです。

 

URL:https://docs.microsoft.com/ja-jp/windows/release-information/status-windows-10-1903

 

また、今回、バージョン「1903」が提供された事で、過去に提供されたバージョンに関しては、どんどんサポート期限切れとなっています。

 

バージョン

名称

配布日

Home/Pro

サポート終了日

Enterprise/Education

サポート終了日

1507

初期バージョン

2015/07/29

2017/05/09

2017/05/09

1511

November update

2015/11/10

2017/10/10

2017/10/10

1607

Anniversary Update

2016//08/02

2018/04/10

2019/04/09

1703

Creators Update

2017/04/05

2018/10/09

2019/10/08

1709

Fall Creators Update

2017/10/17

2019/04/09

2020/04/14

1803

April 2018 Update

2018/04/30

2019/11/12

2020/11/10

1809

October 2018 Update

2018/11/13

2020/05/12

2021/05/11

1903

May 2019 Update

2019/05/21

2020/12/08

2020/12/08

 

上記の表の通り、現在サポート中のバージョンは、「April 2018 Update」以降のバージョンとなっていますが、「April 2018 Update」自体も、今年の11月にはサポート切れとなってしまいます。

 

Microsoft社は、サポートを停止すると脅迫する事で、何としても「Windows Update」を適用させたいらしいです。

 

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その一方、Microsoftフリークである「Windows Insider Program」向けに提供されているプレビュー版には、既に1年以上先に提供が予定されているメジャーアップデート「開発コード20H1」のリリースが始まっているそうです。

 

このプレビュー版は、Windows 10 Insider Previewのビルド「18836」として、「Skip Ahead」リングでリリースされたそうです。

 

但し、Microsoft社のブログによると、このビルド「18836」には、特に大きな新機能は無く、既存の機能のバグ修正や改良が中心で、新たに、セキュリティ設定の改ざんを防ぐための項目が加わっていると言う事らしいです。

 

また、このビルドとは別に、次回のメジャーアップデート「19H2」に関しても、プレビュー版のリリースが開始していますので、Microsoft社内では、複数のプロジェクトでメジャーアップデートの開発を行っていると思われます。

 

しかし・・・実際の一般ユーザーの多くは、バグの多さから、2018年11月に配布されたバージョン「1809」を敬遠し、1年以上も前、2018年4月に配布されたバージョン「1803」を使っていると推測されています。

 

このような状況で、1年以上も先に配布するバージョンをリリースするなんて・・・やはりMicrosoft社は、多くの一般ユーザーの事情など、全く考えていないことが改めて分かりました。

 

そもそも、「Windows Update」のリリースを開始した当日からバグが発生する事自体、ユーザーの事を理解していない証拠です。

 

私もソフトウェアのバグ修正を担当していましたが、試験項目を設計する際は、ユーザーの使い方を想像して試験項目を作成していました。

 

結局の所、自分達の都合の良い試験だけを実施しているので、直ぐにバグが発生するのだと思います。

 

ちなみに、何度も紹介していますが、自身のPCのバージョンを調べる際は、スタートメニューから「Windowsシステムツール」→「ファイル名を指定して実行」を選択し、名前欄に「winver」と入力すると、PCのバージョンを確認する事が出来ます。

 

くれぐれも、バージョン「1903」は適用しないよう気を付けて下さい。

 

それでは次回も宜しくお願いします。

 

以上

 

【 画像・情報提供先 】

Wikipedia(http://ja.wikipedia.org/)

Microsoftサポート(https://support.microsoft.com/ja-jp)

・日経XTECH(https://tech.nikkeibp.co.jp/

座敷童子 - 神か霊か、はたまた妖怪か ? (その1)

 皆さん、「座敷童子(わらし)」はご存知ですよね ?

 

見た事は無いにしても、様々なTV番組でも取り上げていますので、「座敷童子」と言う言葉だけは聞いた事があると思います。

 

「座敷童子」の容姿は、見た人や、その場所によって異なるようですが、「遠野物語」に記載されている内容を「柳田國男」に伝えた、遠野の収集家 兼 作家の「佐々木喜善」は、「座敷童子」が、『 赤顔垂髪の童子/童女 』と定義付けたようです。

 

上記の画像は、妖怪漫画で有名な故「水木しげる」氏が考えた「座敷童子」ですが、何か、ちょっと違うかな~と言う感じがします。

 

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また、「座敷童子」の正体に関しても、陸に上がった河童とか、その昔、飢饉の時に間引かれた子供であるとか、様々な「正体説」が語られています。

 

 それ以外にも、猿、妖怪、竜宮童子、あるいは火男(ひょっとこ)等、色んな「正体説」が取り上げられています。

 

これら、様々な「正体説」は、暇な大人が、適当な意見を喋っているだけなのかと思ったのですが、民族学者や文学者、あるいは作家等が、結構、真剣に調査して発表した内容になっています。

 

それにも関わらず、未だ、「座敷童子」の正体は謎のままですが、この点に関しては、後で詳しく紹介します。

 

まあ、世間一般、誰でも、そして何時でも「座敷童子」が見える訳ではありませんし、そもそも、その存在自体を否定する人も存在する訳ですから、「座敷童子」の正体など、突き止める事自体が無理な話です。

 

また、「座敷童子に会える」等と言う宣伝文句で客を集め、挙句の果てに、ボイラーの点検不備から火災を起こして全焼させてしまった某旅館もありますが、私個人としは、このような宣伝行為は、立派な「詐欺」ではないかと思っています。

 

今回は、このような迷信の真偽を含め、「座敷童子」に関して、次のような内容を紹介したいと思いますが、説明が結構長くなってしまったので、今回と次回の2回に分割して紹介致します。

 

【 第1回目 】

 

 

【 第2回目 】

  • 座敷童子の正体説(途中から)
  • 座敷童子がいるから裕福になるのか ?
  • 「異人」/「憑き物」の考え方
  • 座敷童子を見ると幸せになれるのか ?

 

 

何となく、一度は出会ってみたいと言う、夢とロマンを感じる「座敷童子」ですが、今回のブログを見ると「興醒め」してしまうかもしれません。

 

それでは今回も宜しくお願いします。

   

遠野物語における座敷童子

 

 それでは、本ブログの最初に、「遠野物語」に登場する「座敷童子」を紹介しますが、今回は、紙面の都合で、原文の紹介は割愛し、現代語に翻訳した内容を紹介します。

 

●第14話「家の神 - オクナイサマ、小正月の行事」

集落には必ず一軒の旧家があって、オクナイサマという神を祀る

その家を大同という

この神の像は、桑の木を削って顔を描き、四角い布の真ん中に穴を開け、これを上から通して衣裳とする

正月の十五日には小字中の人々がこの家に集まってきて、これを祀る

また、オシラサマという神がある

この神の像もまた同じようにして造り設け、これも正月の十五日に里人が集って、これを祀る

その儀式のときには、白粉を神像の顔に塗ることがある

大同の家には必ず畳一帖の部屋がある

この部屋で夜寝る者はいつも不思議な目に遭う

枕を反すなどは常のことである

あるいは誰かに抱き起こされ、または部屋から突き出されることもある

およそ静かに眠ることを許さない

 

●第17話「家の神 - ザシキワラシ」

 旧家にはザシキワラシという神の住み給う家が少なくない

この神は、多くは十二・三歳くらいの童子である

ときどき人に姿を見せることがある

土淵村大字飯豊の今淵勘十郎という人の家では、近頃、高等女学校にいる娘が休暇で帰っていたが、ある日廊下でばったりザシキワラシに遇ってたいへん驚いたことがあった

これはまさしく男の子であった

同じ村・山口の佐々木氏では、母親がひとり縫物をしていたところ、隣の間で、紙のがさがさという音がした

この室は家の主人の部屋で、そのときは東京へ行って不在の折だったので、怪しいと思って板戸を開いて見たが、何の影もない

しばらくの間座っていると、やがてまたしきりに鼻を鳴らす音がした

さては座敷ワラシだなと思った

この家にも座敷ワラシが住んでいるというのは、ずいぶん以前からのことである

この神の宿り給う家は富貴自在ということである

 

●第18話「家の神 - ザシキワラシ、家の盛衰」

ザシキワラシはまた女の子のことがある

同じ山口の旧家・山口孫左衛門という家には、童女の神が二人在すことが久しく言い伝えられていたが、ある年、同じ村の何某という男が町から帰るとき、梁のある橋のほとりで見慣れぬ二人のかわいい娘に会った

なんとなく憂わしい様子でこちらへ来る

お前たちはどこから来たと問えば、おら山口の孫左衛門のところから来た、と答える

これからどこへ行くのかと聞けば、どこそこ村の何某の家に、と答える

その何某は、やや離れた村にある今も立派な暮らしの豪農である

さては孫左衛門の世も末だなと思ったが、それからあまり時を経ずして、この家の主従・二十数人、茸の毒に中たって一日のうちに死に絶え、七歳の女の子ひとりを残したが、その女もまた年老いて子がなく、近頃病で死んだ

 

●第19話「家の盛衰」

 孫左衛門の家では、ある日梨の木の周囲に見慣れぬ茸がたくさん生え、それを食おうか食うまいかと男たちが話し合っているのを聞いて、最後の代の孫左衛門、食わないほうがいいと制したが、下男の一人が言うには、どんな茸でも、水桶の中に入れて、麻の皮を剥いだ茎でもってよくかき回した後に食えば、決して中たることはないとのことだったので、一同この言葉に従い、家の者全員がこれを食った

七歳の女の子はその日外に出て遊びに気を取られ、昼飯を食いに帰ることを忘れたために助かった

不意の主人の死去で人々が動転している間に、遠い親類・近くの親類の人々が、あるいは生前に貸しがあったと言い、あるいは約束があったと言って、家の貨財は味噌の類まで持ち去ってしまうと、この村草分けの長者であったが、一朝にして跡形もなくなってしまった

 

●第20話「前兆」

 この凶変の前にはいろいろな前兆があった

男たちが、刈り置いた馬草を出すのに、三つ歯の鍬でかき回していると、大きな蛇を見つけた

これも殺すなと主人が制したのも聞かずに打ち殺すと、その跡には馬草の下に無数の蛇がいて、うごめき出てきたので、男たちはおもしろ半分に残らずこれを殺してしまった

そして、捨てる場所もないので、屋敷の外に穴を掘ってこれを埋め、蛇塚を作った

その蛇は草を運ぶざるに何杯ともなくあったという

 

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以上が、「遠野物語」に収められている「座敷童子」関連の話ですが、次に「遠野物語拾遺」に収められている「座敷童子」の話も紹介します。

 

●第87話

綾織村砂子沢(いさござわ)の多左衛門どんの家には、元御姫様の座敷ワラシがいた。それがいなくなったら家が貧乏になった。

 

●第88話

遠野の町の村兵(むらひょう)という家には御蔵(おくら)ボッコがいた。籾殻などを散らしておくと、小さな児の足跡がそちこちに残されてあった。後にそのものがいなくなってから、家運は少しずつ傾くようであったという。

 

●第89話

前にいう砂子沢でも沢田という家に、御蔵ボッコがいるという話があった。それが赤塗りの手桶などをさげて、人の目にも見えるようになったら、カマドが左前になったという話である。

 

●第90話

同じ綾織村の字大久保、沢某という家にも蔵ボッコがいて、時々糸車をまわす音などがしたという。

 

●第91話

 附馬牛村のある部落の某という家では、先代に1人の六部(巡礼僧)が来て泊って、そのまま出て行く姿を見た者がなかったなどという話がある。近頃になってからこの家に10になるかならぬくらいの女の児が、紅(あか)い振袖を着て紅い扇子(せんす)を持って現われ、踊りを踊りながら出て行って、下窪という家にはいったという噂がたち、それからこの両家がケエッチヤ(裏と表)になったといっている。

その下窪の家では、近所の娘などが用があって不意に行くと、神棚の下に座敷ワラシがうずくまっていて、びっくりして戻って来たという話がある。

 

●第92話

遠野の新町の大久田某という家の、2階の床の間の前で、夜になると女が髪を梳いているという評判が立った。両川某という者がそんなことがあるものかと言って、ある夜そこへ行ってみると、はたして噂の通り見知らぬ女が髪を梳いていて、じろりとこちらを見た顔が、なんとも言えず物凄かったという。明治になってからの話である。

 

●第93話

遠野一日市(ひといち)の作平という家が栄え出した頃、急に土蔵の中で大釜が鳴り出し、それがだんだん強くなって小一時間も鳴っていた。家の者はもとより、近所の人たちも皆驚いて見に行った。それで山名という画工を頼んで、釜の鳴っている所を絵に描いてもらって、これを釜嶋神といって祭ることにした。今から20年余り前のことである。

 

●第94話

土淵村山口の内川口某という家は、今から10年ほど前に瓦解(がかい)したが、一時この家が空家になっていた頃、夜中になると奥座敷の方に幽(かす)かに火がともり、誰とも知らず低い声で経を読む声がした。往来のすぐ近くの家だから、若い者などがまたかと言って立ち寄ってみると、御経の声も燈火ももう消えている。これと同様のことは栃内の和野の、菊池某氏が瓦解した際にもあったことだという。

 

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こうして見ても、「座敷童子」は、一種類ではなく、複数のパターンがある事が解ります。

 

・十二・三歳くらいの童子

童女の神

・元御姫様の座敷ワラシ

・御蔵ボッコ

・10になるかならぬくらいの女の児

・髪を梳く女

 

「座敷童子」の正体に関しては、後述する章で詳しく紹介します。

 

しかし・・・幼い子どもなら、まだ許せるにしても、大人の女性で、髪を梳いていると言うのは、単なる「幽霊」か「物の怪」としか思えませんが、これも「座敷童子」なのでしょうか ?

 

 また、第93話に登場する「釜嶋神」ですが、これは、明らかに「座敷童子」とは異なる何かだと思います。

 

そして、何と!! 「鳴り釜」は、現在でも本物が存在するらしく、レプリカが、「とおの物語の館(旧:とおの昔話村)」に展示してあります。

 

岩手県で「釜」と言うと、「南部鉄器」を思い浮かべてしまいますが・・・「釜」と言うよりは「どんぶり」に近い形状をしているようです。

 

また、第91話に登場する「六部(ろくぶ)」とは、正しくは「日本回国大乗妙典六十六部経聖」と言い、これを略して「六十六部」とも呼んでいますが、元々は、全国六十六ヶ所の霊場に、一部ずつ納経するために書写された六十六部の「法華経(ほけきょう)」の事を意味していました。

 

その後、そのお経を納めて全国を巡礼する僧侶の事を意味するようになったのですが、この「六部」に関しては、「六部殺し」と言う日本全国に広がる怪談があり、この「六部殺し」と「座敷童子」が密接につながっているという説もあります。

 

この説に関しても、後ほど詳しく紹介します。

 

■座敷童子の立ち位置

次に、「座敷童子」の立場について考えて見たいと思います。

 

って、「座敷童子に立場なんかあるの ?」と思うのが当然だと思います。

 

しかし、まずは、「座敷童子」は、「座敷に居てこその座敷童子」であり、これが外に居ても「座敷童子」には成り得ません。この点が、まずは「座敷童子」の大前提です。

 

そして、次の前提条件として、「座敷童子は家の守り神である」、と言う点も重要だと思います。

 

家の中に居るだけで、何もメリットが無いのであれば、単なる妖怪や幽霊と同じ扱いになってしまいますし、さらに家に居る事がデメリットになってしまうのであれば、「守り神」ではなく、「貧乏神」になってしまいます。

 

このため、取り敢えずは、「座敷童子」としての大前提として、この2点が重要になります。

 

・家の中に居る

・家の守り神になっている

 

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他方、家の中には、次のように、沢山の神様が居ます。

 

・壁土の神様       :石土毘古神(いわつちびこのかみ)、家宅六神の一柱

・岩砂の神様      :石巣比売神(いわすひめのかみ)、家宅六神の一柱

・入り口を守る神様 :大戸日別神(おおとひわけのかみ)、家宅六神の一柱

・屋上の神様      :天之吹男神(あめのふきおのかみ)、家宅六神の一柱

・屋根の神様      :大屋毘古神(おおやびこのかみ)、家宅六神の一柱

・風雨から守る神様 :風木津別之忍男神(かざもつわけのおしおのかみ)、家宅六神

・水の神様        :天之水分神(あめのみくまりのかみ)

・火の神様         :火之迦具土神(ひのかぐつちのかみ)、三宝荒神

・柱の神様         :大黒天

トイレの神様     :烏枢沙摩明王(うすさまみょうおう)、弁財天

・家の門の神様     :天石門別神(あまのいわとわけのかみ)

 

 さらに、遠野地方では、前述の通り、家の中に祀る神様として「オクナイ様」や「オシラ様」等と言う神様もいらっしゃいます。

 

このように、家の中には、沢山の神様がいらっしゃって、私達の日々の暮らしを見守って下さっています。

 

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さて、そこで質問です。

 

これらの神様と、家の守り神になっている「座敷童子」とでは、大きな違いがあります。それは何でしょうか ? 皆さん、お解りになりますか ?

 

これらの神様と「座敷童子」との大きな違いは・・・先の神様達は、神棚等を設けて、人間が、日々ちゃんと祀っていますが、「座敷童子」に関しては、全く祀られていない点が違います。

 

どちらの神様も、家を守っている事に変わりは無いのに、一方は神棚等で祀られるのに、他方は全く見向きもされていません。一体、「座敷童子」だけ、何が違うのでしょうか ?

 

この点は、諸説あるようですが、「座敷童子」は、後からやってくる「来訪神」的な意味合いが強い事が影響していると考えられているようです。

 

 

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 「来訪神」とは、下記の過去ブログでも紹介しましたが、正月やお盆など、一年の様々な節目に、人間の世界を訪れ、怠け者を戒めたり、魔を祓い幸福をもたらしたりするとされる神々とされています。

 

★過去ブログ:岩手の世界遺産と無形文化遺産 -平泉ショックからの出発 その1

                         岩手の世界遺産と無形文化遺産 -平泉ショックからの出発 その2

 

つまり、「座敷童子」は、家に元々いらっしゃる神様とは異なり、後から家にやって来て住み着く事で、家を守ってくれたり、福をもたらしてくれたりする神様と言う事になります。

 

そして、「座敷童子」が居る間だけ、その家は栄えると言うのが通説になっているようです。

 

また、重要なのは、「座敷童子」が住んでいると言う事で、「座敷童子」を見る事ではありません。

 

本ブログの最初に記載した「座敷童子に会える宿」では、「座敷童子」を見ただけで幸運に恵まれる等と、まことしやかに宣伝していますが、本来の「座敷童子」は、見ただけでは意味がありません。

 

遠野物語」や「遠野物語拾遺」では、「座敷童子」が住んでいる家が栄えると伝えておりますが、「座敷童子」を見た人が幸せになるとは、一言も触れていません。

 

また、「座敷童子」を見て幸運になった人を何人か列挙していますが、それは、後付けの理論であり、「見た人全員」が幸運になった訳ではありません。

 

 

よく年末になると、「この売場で3億円の宝くじが発売されました !!」と宣伝している宝くじ売り場がありますが、それと同じです。

 

その売場で宝くじを購入すれば、全員に宝くじが当たる訳ではありません。

 

たまたま、その売場で発売された宝くじに、当選券があっただけの話です。

 

つまり、「座敷童子」も、たまたま、その旅館に宿泊した人が、後に有名人になっただけの話です。

 

「座敷童子」は、見ただけでは幸せにはなれないのです。

 

 

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 他方、「座敷童子」の存在は、地域社会での貧富の格差を納得させる方便として使われているのではないか、と言う説もあります。

 

つまり、「何故、あの家だけ豊かなのか ?」と言う疑問や不満に対する回答として、「あの家には座敷童子が住んでいるから仕方がない。」と言う形で、その他、一般の村人たちが納得すると言う事になります。

 

そして、更に、昔は裕福だった家系が、今では何故か没落してしまった際の理由としても、「あの家には、昔、座敷童子が居たから裕福だったけど、その後、座敷童子が逃げ出したから、今では没落してしまった。」と言う形で、家が没落した理由にも「座敷童子」が活用されていた事も明らかなようです。

 

この点は、前述の「遠野物語」の第18話~第20話を見れば明らかです。

 

山口の旧家「山口孫左衛門」という家の栄枯盛衰が、「座敷童子」をベースに語られています。

 

更に、「座敷童子」が家を去った理由に関しても、その前兆があった事までも詳しく語られています。

 

このように、「村」と言う地域社会の均衡を保つための道具、方便としても「座敷童子」は有効だったと思われます。

■座敷童子の正体説

さて次は、「座敷童子」の正体に、少し迫って見ようと思います。

 

前述の通り、「座敷童子」の正体としては、次のような物が取り上げられています。

→ 陸に上がった河童、飢饉の時に間引かれた子供、猿、妖怪、竜宮童子、火男(ひょっとこ)

 

河童、間引かれた子供、猿、そして妖怪に関しては、別段、説明する必要は無いと思いますが、「竜宮童子」や「火男」、それに「護法童子」に関しては、ほとんどの方は聞いたことも無いと思いますので、それぞれの説を紹介する際に、簡単に「何者なのか ?」を説明したいと思います。

 

「竜宮童子」も「火男」も、似たような内容の話になっており、また、今回紹介する話以外にも、似たような話は数多く伝えられえいるようです。

 

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●「河童」説

 

 それでは、個々の正体説を紹介しますが、最初に「座敷童子 = 河童」説を紹介します。

 

遠野物語」の内容を柳田國男に伝えた「佐々木喜善」は、座敷童子の正体が、陸に上がった「河童」であると言う説が、遠野で非常に多い事を伝えていたそうです。

 

また、彼の著書「奥州のザシキワラシの話」の第26話の中で、次のような内容を紹介しています。

 

『 その夕方下男の一人が、飼葉を遣(や)ろうと思つて馬舎へ行くと、不思議にも馬槽が引繰返つて伏さつているので、起こして見ると一疋(ぴき)の河童が潜んでいた。それから大騒ぎになり、たちまち多勢のために河童は捕われ(中略)どうぞ生命は助けてくだされと、涙を流して詫入つた。(中略)この家の主人、これからかような悪戯をせぬといふ証文を書いたなら宥(ゆる)してやろうと言ふと、河童は左の腕を嚙切つて指で詫証文を書いたそう(中略)この河童はこうして主人の情でやつと宥された後に、川から上つてこの家の座敷に入り、そのままザシキワラシになつたといふことである。 』

 

これは、遠野の土淵村栃内の「古屋敷米蔵爺」の話として紹介された一文ですが、明らかに「座敷童子 = 河童」と言う説を展開しています。

 

 さらに、同じく「奥州のザシキワラシの話」の一話にも、次のような話が掲載されています。

 

『 毎晩、一人の童子が出て来て、布団の上を渡り、又は頭の上に跨つて唸されたりするので、気味悪くかつうるさくて堪らなかつた。漆かきの男は、今夜こそあの童子を取押えて打懲らそうと、待伏していて角力を挑むと、かえつて見事に童子に打負かされてしまつた。その翌夜は同様にして、木挽の福もその者に組伏せられたのである。二人の男はいよいよ驚いて、その次の夜からは宿替をしたということである。もちろんこの家には昔からザシキワラシがおつて、それが後を流れている猿ヶ石川の河童だという噂があつたのである。 』

 

また、「遠野物語」にも、似たような話が掲載されていますので、そちらも合わせて紹介します。

 

遠野物語 第58話「河童」 】

小烏瀬川の姥子淵のほとりに、新屋の家という家がある。

ある日、淵へ馬を冷やしに行き、馬曳きの子が外へ遊びに行った間に河童が現れて、その馬を引き込もうとし、逆に馬に引きずられて厩の前へ来て、馬の餌桶に覆われていた。

家の者が馬の餌桶が伏せてあるので、おかしいと思って少し開けてみたところ、河童の手が出てきた。

村中の者が集って、殺そうか許そうかと話し合ったが、結局、今後は村中の馬に悪さをしないという固い約束をさせてこれを放した。

その河童、今は村を去って相沢の滝の淵に棲んでいるという

 

 

同じ物体を、異なる名で呼ぶ事を「異名同体」と呼んでいますが、「佐々木 喜善」は、この「座敷童子 = 河童」説を信じていたように見受けられます。

 

 他方、この「佐々木 喜善」の「座敷童子 = 河童」説は、柳田國男の「海神少童(わたつみ)」説に影響を受けていると言う考えもあるようです。

 

柳田國男は、その著書「桃太郎の誕生」において、「桃太郎」、「一寸法師」等、日本の昔話は、それぞれが独立した昔話しではなく、その背後には、今では忘れ去られた一つの神話が存在していると言う説を提唱しています。

 

そして、その中の「海神少童」編では、記紀に始まる海神宮の信仰も、これら昔話しに通じる内容となっているとしており、魚を助けるとか、あるいは薪を淵に投げ入れる等の行為を行うと、美女が汚い黄金を生む童子を抱えて現れ、この童子を翁に託すと言う展開になるとしています。

 

ところが、一定の条件を守らなければ、この童子は黄金を産まなくなってしまう点、次のような点も全て共通しているとしています。

 

童子は、ハナタレ小僧、ヨケナイ、ウントク等の名を持つ汚いく醜い小僧。

・小僧の代わりに、子犬、黒猫等の小動物が出現するケースもある

・これら授かった物を育てるには一定の条件が必要になる

・さらに、福徳小槌や打出の小槌の場合もある

・これら授かった物から富を生み出すためにも一定の条件が必要になる

・条件を守らなかったり、より以上の物を望むと童子が去ったり死亡して富が消えてしまう

 

そして、何が「座敷童子」に通じるのかと言うと、「霊童や童神が人海に出現して福をもたらす」と言う点が、類似していると指摘されています。

 

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●「猿」説

 次に「座敷童子 = 猿」説を紹介したいと思いますが、この説は、柳田國男が唱えた説で、「佐々木 喜善」は、次の様に述べて反対しているようです。

 

『 当地の人は、猿と河童とを全く見分ける能力を有するやうに候。(中略)私も未だ河童を見しことあらず。その如何様の物なるかは存じ候はねど、猿なりとは一概にも信じ兼申候。 』

 

要は、「 河童は見たことは無いが、河童と猿の違いくらいは分かるので、馬鹿にするな ! 」と言っているのだと思います。

 

しかし、その半面、遠野物語の第45話「猿の経立(ふったち)」においては、「猿」の妖怪と考えられている「経立」が、人間や河童に似ていると紹介しています。

 

遠野物語 第45話「猿の経立」 】

猿の経立はよく人に似て、女色を好み、里の婦人を盗み去ることがよくある

松脂を毛に塗り、砂をその上に付けているため、毛皮は鎧のようで、鉄砲の弾も通らない

 

そして、この話を踏まえた上で、「佐々木 喜善」は、次のようにも述べています。

 

『 ザシキワラシのこと、御仰せに力を得て多く集め可申候。唯カッパが猿となりしやうにザシキワラシの神聖も地に堕ちはせずやと懸念に存じ候。 』

 

このように、「佐々木 喜善」は、「 カッパと猿が同一視される様に、座敷童子の神聖さが失われる事を恐れている。 」と、座敷童子の神聖さが失われる事を恐れています。

 

 

元々、「河童」の正体は、「猿」であると言う説が数多く唱えられており、中国/四国地方などでは、「猿猴(えんこう)」と呼ばれる河童が居るとされています。

 

つまり、「猿 = 河童 = 座敷童子」と言う三段論法的な考え方で、「猿 = 座敷童子」説が唱えられているのだと思います。

 

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●「竜宮童子」説

次は、本章の最初に紹介した「竜宮童子」が、「座敷童子」の正体であると言う説を紹介しますが、最初に「竜宮童子」とは何者なのかを紹介します。

 

【 竜宮童子

年の瀬に正月用の(あるいはなど)を売っていたおじいさんがいたが、一向に品物が売れなかった。

 

売れ残っても商売にならないため「龍宮に差し上げます」と言って水中に売れ残りを捨ててしまった。

 

帰ろうとした所、龍宮に招かれ、もてなしを受けた後、一人の子供(龍宮童子)を贈られる。

 

帰宅後、その子供がおじいさんとおばあさんの願う物を次々と出してくれるため、とても裕福になるが、その子供は非常に汚い(あるいは醜い)ため、邪険にされて追い出されてしまう。

 

すると、今まで出してくれた金品は全て失われてしまい、家は元のように貧しくなってしまった。

 

この説は、「富の源泉」に焦点を当てた考え方になっているように見受けられます。

 

「座敷童子」も、家に居着くことで、その家に「富」を与える存在として認識されていますので、「座敷童子 = 富の源泉」となります。

 

これまでに紹介した「河童 = 座敷童子」説や「猿 = 座敷童子」説では、容姿の類似性から「座敷童子」の正体説が唱えられていました。

 

ところが、「竜宮童子 = 座敷童子」説では、「竜宮童子」も「座敷童子」も、どちらも「富の源泉」としてとらえる事で同一視されています。

 

このため、「竜宮童子」のみならず「座敷童子 = 河童」説で紹介した下記の小僧達やこれも最初に紹介した「火男」も、「座敷童子」の正体として取り上げられています。

 

→海神少童、ハナタレ小僧、ヨケナイ、ウントク等の名を持つ汚いく醜い小僧

 

また、「醜悪な小僧達」からもたらされる「富」は、異界、あるいは外の世界からもたらされると言う点と、「座敷童子」自身が、「来訪神」として、外の世界から訪れると言う点も一致していると考えられているようです。

 

 

他方、これらの「小僧達」は、全て「汚く醜い容姿」となっていますが、「座敷童子」に関しては、どちらかと言うと「綺麗」、あるいは「かわいい」身なりをしているように見受けられます。

 

この見た目の違いに着目した場合、この「座敷童子 = 竜宮童子」説は、直ちに却下されると思われます。

 

●「護法童子」説

次は、「座敷童子 = 護法童子」説を紹介しますが、こちらも、まずは「護法童子」が何者なのかを紹介します。

 

【 護法童子

「護法童子」とは、密教の奥義を極めた高僧や修験道の行者/山伏達の使役する「神霊」や「鬼神」の別名とされています。

 

一般的に、「童子」形で語られることが多いため「護法童子」と呼ぶことが広く定着してしまったようですが、鬼や動物の姿で示されることもあるそうです。

 

 他方、平安時代前期の鎮守府将軍で「平 将門の乱」を平定した「藤原 秀郷」と言う人物がいます。

 

この「藤原 秀郷」は、別名「俵藤太(たわらとうた)」とも呼ばれており、彼が、琵琶湖の唐橋を通りかかった際、橋下に住む竜神から、三上山に住む百足(むかで)を退治して欲しいと頼まれ、その依頼を引き受けて百足を退治する話があります。

 

この伝説は、「俵藤太物語」と言う御伽草子に記載されており、この百足退治の話は、その中の「俵藤太の百足退治」として紹介されています。

 

その後、百足を退治したお礼として、「俵藤太」は、竜神から沢山の宝物をもらって、めでたしめでたしとなりますが、その宝物の中には、二人の童子が含まれており、この二人の内の一人が、「心得(こころえ)童子」と呼ばれており、この童子も「護法童子」と同類と考えられているようです。

 

ちなみに、「心得童子」は、何も命令しなくても主人の心の中を知り、それを叶えたり、用を足したりしてくれるのだそうです。

 

これら「座敷童子童子神」と言う点に重点を置いた「柳田國男」は、自身の著書の中で、「座敷童子」と「護法童子」、および「心得童子」に類似点が多いことから、「座敷童子 = 護法童子/心得童子」と言う説を展開しています。

 

「座敷童子」の正体に関しては、ここまで紹介した内容以外に、次のような正体説があります。

 

・火男

・間引かれた子供

・職人の呪い

 

今回は、ページの都合上、上記3個に関しては、次回ブログに掲載致しますが、特に「間引かれた子供」説は、座敷童子の正体としては、一番信憑性が高い説と考えられています。

 

 しかし、この「間引かれた子供」に関しては、「佐々木 喜善」は、「奥州のザシキワラシの話」と言う書物の中で、下記のような、とても気持ちの悪い話を紹介しています。

 

『 不時に死に、又は昔時無残な最期を遂げた童子の霊魂は、そのまま屋内に潜み留まり、主に梁の上などに棲んでいる。 』

 

何か、ホラー映画「呪怨」に登場した、白塗りの子供「佐伯俊雄」を彷彿とさせますが、この話以外にも、気味の悪い話が伝わっているようですので、それに関しては、次回、紹介致します。

 

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今回は、「座敷童子(わらし) - 神か霊か、はたまた妖怪か ? 」の「その1」として、次のような内容を紹介しましたが、如何でしたか ?

 

 

遠野物語」、および「遠野物語拾遺」においては、計13話もの「座敷童子」が収録されていますので、遠野地域では、「座敷童子」の存在は、日常風景となっていたように思えます。

 

しかし・・・それ以上に凄いのは、今回は紹介できませんが、「佐々木 喜善」が、大正13年(1924年)に、雑誌「人類学雑誌」に寄稿した「ザシキワラシの話」です。

 

この「ザシキワラシの話」には、全国の「座敷童子」に関して、83個もの伝承が記載されています。

 

まあ、その内の66話は、奥州、つまり東北地方の「座敷童子」ですから、やはり東北地方においては、「座敷童子」は数多く目撃されていたのだと思います。

 

「ザシキワラシの話」は、余りにも掲載事例が多いので紹介出来ませんが、興味のある方は、下記情報提供元「J-STAGE」から参照して見て下さい。

 

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それにしても・・・東北地方において、66箇所以上の目撃情報があった「座敷童子」ですが、それらの「座敷童子」は、現在は、何処に行ってしまったのでしょうか ?

 

「座敷童子」が住み着いていた家が、壊されたり、あるいは改築されたりした事が原因で、どこか別な場所に引っ越してしまったのでしょうか ?

 

しかし、「座敷童子」が引っ越したのであれば、その引越し先の家では、新たに「座敷童子」目撃されているはずですから、新しい目撃情報が生まれるはずですが・・・

 

となると・・・やはり「座敷童子」は、最初から存在しない者だったのでしょうか ?

 

あるいは、「日本狼」や「日本カワウソ」のように、絶滅してしまったのでしょうか ?

 

しかし、そもそも「座敷童子」に関して、「絶滅」って事自体、有り得るのでしょうか ?

 

「座敷童子」は、何とも、話が尽きない存在です。

 

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という事で、次回の「その2」では、今回に引き続き、「座敷童子の正体」の残りの3個の説から始めて、下記の情報を紹介します。

 

  • 座敷童子の正体説(途中から)
  • 座敷童子がいるから裕福になるのか ?
  • 「異人」/「憑き物」の考え方
  • 座敷童子を見ると幸せになれるのか ?

 

次回は、TV等でよく取り上げられている「座敷童子に会える宿」に関しても、その真偽の程を検討してみたいと思います。

 

また、単に「座敷童子」が見えるとか居たとかの話だけではなく、遠野物語にも登場する「六部」の存在から、民俗学の視点で、「座敷童子」の存在意義を紹介します。

 

次回は、何か、少し難しい話になりそうな雰囲気ですが、次回も宜しくお願いします。

 

以上

 

 

 

【 画像・情報提供先 】

Wikipedia(http://ja.wikipedia.org/)

コトバンク(https://kotobank.jp/)

・日本古典文学摘集(https://www.koten.net/tono/)

・探検コム(https://tanken.com/index.html)

・妖怪大好きブログ(http://blog.livedoor.jp/choupirako/)

J-STAGE(https://www.jstage.jst.go.jp/browse/-char/ja)

 

 

出来る社員のPC整理術_まずは見た目の整理から - その1

  今回の「お役立ち情報」は、「出来る社員のPC整理術_まずは見た目の整理から」と題して、PCの中身を整理することで、仕事の効率化の一助になる情報を紹介します。

 

「PCを整理するだけで仕事を効率化出来るの ? 」と思うかもしれません。

 

しかし、弊社の過去ブログでも紹介したように、ウォール・ストリート・ジャーナル紙には、『 一般的なビジネスパーソンは、1年間に6週間分もの時間を探しものに費やしている。」と言う記事が掲載された事があります。

 

つまり、仕事に必要な情報を探し出すだけで、6週間分もの無駄な時間を使ってしまっていると言う事ですから、必要情報を素早く探し出すだけでも、仕事を効率化する事が可能になると言う事です。

 

6週間と言うと・・・1日8時間勤務とすると、「8時間 × (7日 × 6) = 336時間」と言う事ですかね ?

 

★過去ブログ:身の回り整理術~見た目スッキリで業務効率化 - その1

                      :身の回り整理術~見た目スッキリで業務効率化 - その2

 

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上記の過去ブログでは、「その1」では、机周りに積み上がっている紙の資料の整理術を紹介しましたし、「その2」で、主に、PC内のフォルダーやファイルの管理方法による業務効率化を紹介しました。

 

 

【 その1 】

・書類の整理方法

・会社としての規則化

・整理のイベント化

【 その2 】

・フォルダー管理方法

・ファイル管理歩法

・バックアップの重要性

 

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今回の「PC整理術」も、上記と似てはいますが、ちょっと趣旨が異なります。

 

前回は、フォルダー/ファイルへの名前の命名方法を規格/統一すると言う、いわば仕分け方法によるPCの整理術でした。

 

つまり、ドライブ内に、インデックスを作る事で、必要とする情報に、素早くアクセス出来る環境を構築し、必要な情報を探し出す時間を、大幅に短縮出来る仕組みを紹介しました。

 

今回は、これとは異なる、下記のような情報を、情報量が多いので2回に分けて紹介します。

 

【 第1回 】

  • 整理/整頓とは ?
  • 「5S」とは ?
  • デスクトップの整理方法
  • 「ドキュメント」フォルダーの整理方法
  • 不要ファイルの削除

 

【 第2回 】

  • PCの最適化
  • SSDの寿命
  • フォルダーの階層管理
  • ディスクの空き容量管理
  • Outlookのデータ整理

 

 

今回は、主に、PC内の整理/整頓に焦点を当てつつ、合わせて便利ツール等も紹介して行きたいと思っています。

 

それでは今回も宜しくお願いします。

 

 

 

 

 

■整理/整頓とは ?

 

今回は、前述の通り、PC内の整理/整頓に焦点を当てた情報を紹介しますので、最初に、「整理/整頓とは何ぞや」と言う話を紹介します。

 

一般的に「整理/整頓」と言うと、「物を片付ける。」、あるいは「見た目をキレイにする。」等と考えられていますが、本当に、それだけでしょうか ?

 

良く、「物を片付けても直ぐに散らかってしまう !!」と言う泣き言と言うか、言い訳を耳にしますが、それは、「整理/整頓」の意味を勘違いしているからだと思います。

 

「直ぐに元に戻ってしまう~」と言う人は、物を、揃えて並び替える事、見た目をキレイにするを「整理/整頓」だと思っているのではないでしょうか ?

 

物を並び替えて揃え、見た目をキレイにするだけでは、不要なデータも、そのまま残っていますので、必要な情報を直ぐに入手することが出来ません。

 

だから、必要な情報を入手するために、せっかくキレイに整えた資料を、ひっくり返して必要な情報を探し出すので、また物がゴチャゴチャになってしまうのです。

 

「整理/整頓」とは、「物をキレイに置く」ことではありません。「必要な物」と「不必要な物」を分けて、「不必要な物」を捨て、「必要な物」を使いやすいように置くことです。

 

もう少し詳しく説明しますと、そもそも「整理」と「整頓」は、全く異なる行動です。

 

・整理    :「必要な物」と「不必要な物」を分けて、「不必要な物」を捨てる行動

・整頓    :「必要な物」を何時でも、誰でも、直ぐに入手出来る状態にする行動

つまり、最初に物を「整理」し、その次に物を「整頓」する事になります。

 

[ ]「物」や「データ」、つまり「情報」は、「情報」が出来上がった時点から劣化が始まります。

 

「情報」は、劣化すると価値が低下しますので、価値が下がった「情報」は捨てられ、より新しくて利用価値の高い「情報」に置き換わります。

 

何時までも古い情報を持ち続けるからデータが増え、データが増えるから必要なデータを瞬時に入手する事が出来なくなってしまうのです。

 

加えて、情報の「整理/整頓」を行う事で、保持する情報の重要性や機密度を把握する事が可能になります。

 

情報の機密度を把握する事が出来れば、セキュリティの管理も正しく行う事が出来るようになります。

 

情報やデータの「整理/整頓」を行う事で、次のようなメリットが生まれます。

 

・情報を最新に保つ事が出来る。

・必要な情報を直ちに入手する事が出来る。

・必要な最新情報を直ちに入手する事で作業を効率化する事が出来る。

・情報の機密性を把握する事でセキュリティを管理する事が出来るようになる。

 

 

もうメリットだらけです。

  

■「5S」とは

「整理/整頓」のメリットが理解出来たと思いますので、それでは次に、「整理/整頓」に関する、基本的な「5S」を紹介したいと思います。

 

皆さん、ビジネスパーソンですから、「5S」と言う言葉自体は、これまでに1回くらいは聞いた事があると思います。

 

「5S」とは、製造業やサービス業等の職場において、作業員が働きやすい職場環境を、改善、維持、および管理するための行動を、5個の言葉で表したスローガン(標語)の略称です。

 

各職場において徹底すべき行動を5個掲げ、その5個の行動を表す標語が、全てローマ字の「S」で始まる言葉なので、「5個のS」、つまり「5S」と呼ばれるようになったと言われています。

 

そして、5個の「S」とは、次の5種類の行動を表しています。

→ 整理(Seiri)、整頓(Seiton)、清掃(Seisou)、清潔(Seiketsu)、躾(Sitsuke)

 

この「5S」は、元々は、製造業における工場で、仕事に必要なモノだけに絞り、仕事を行いやすいように整理整頓することによって、作業の効率化を図ったり、生産性を向上させたりするための、職場改善活動の一環として生まれた行動です。

 

どこの企業が最初に始めたのかは解らないようですが、現在では、様々な企業で「5S」活動が取り入れられると共に、さらに行動範囲を追加し、「6S」とか「7S」、あるいは「10S」まで広げている企業もあります。

 

・6S  :作法(Sahou)を追加。日本電産グループ

・7S  :しっかり(Sikkari)、しつこく(sitsukoku)を追加。東芝グループ

・10S :習慣(Syukan)、しつこく(sitsukoku)、しっかり(Sikkari)を追加。セガエンタテインメント

 

 

「整理/整頓」については前章で紹介しましたが、改めて、「5S」とは、どのような行動なのかを紹介します。

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【 整理 】

必要な物と不必要な物を分離し、不必要な物を捨てることです。現在、および将来に渡り、必要な物か否かを判断し、不必要を捨てる行動です。過去の視点は必要ありません。過去にどれだけ役に立った物であっても、現在や将来に役に立たないのであれば捨てる事になります。

 

【 整頓 】

必要な物を使いやすいように配置する事です。整理によって、自分が管理する物は、必要な物だけになります。必要な物を適切な場所に、適切な置き方で、適切な量だけ配置するのが整頓です。整理ができて、初めて整頓が可能になります。

 

【 清掃 】

身の回りの物や場所を綺麗にし、いつでも使えるようにする事です。「整理/整頓」された状態を維持するための行動です。「整理/整頓」された状態は、放置すれば直ぐに崩壊します。常に意識して崩れる予兆を見つけ、手を打って清掃する事が必要になります。

 

【 清潔 】

誰が見ても綺麗であり、綺麗な状態を保とうという気持ちにさせる事です。「整理/整頓」が維持されていることが一目瞭然で、崩れていればすぐに判る状態になることです。何も無い所のゴミや汚れは、小さなものでも目立つため誰もが気付けます。しかし、色々な物が散乱していれば、一つのゴミや汚れに気付くことはありません。清潔とは、このように誰もが汚れに気づく環境を作ることです。

 

【 躾(しつけ) 】

職場のルールや規律を守り、習慣付ける事です。ルールを守る習慣によって、信頼し合い、協力し合う組織風土を作り上げる事です。ルールは、文書で示すだけでなく、道具や環境を通したルールを守る仕掛けが必要です。細かなルールの全てを記憶する事は無理があるので、作業の随所で守るべきルールが解るようにします。自らチェックし、自ら直すことを、習慣化させます。人に指摘されて直すのではなく、自ら正しい状態にしようとする気持ちを醸成します。お互いに褒めて称え合うことで、やる気を導き出し、成長させる事にあります。

 

職場において、このような「5S」の行動を取る事で、次のメリットがあるとされています。

 

・業務効率化

・ミス/事故の防止等、安全性の向上

・生産性の向上

・職場の雰囲気の改善

 

しかし・・・一部企業では、「5S活動」の本質を見失ってしまう「目的と手段の履き違い」が発生していると言う指摘もあるようです。

つまり、「5S活動」の時間だけが増加し、逆に生産性が低下すると言う問題が発生していますが、これは、「5S活動」の本質を忘れてしまった事が原因です。

 

たとえ良い事でも、やり過ぎは良くありません。論語に「過ぎたるは及ばざるが如し」と言う言葉ありますが、将に、この故事の通りだと思います。

 

 

 

 

 

■デスクトップの整理方法

それでは、ここからは、「整理/整頓」の具体例を紹介しますが、まずは、PCのデスクトップの「整理/整頓」から紹介します。

 

皆さんの同僚の中に、PCのデスクトップに、アプリケーションやファイルのアイコンを「山のように」貼り付けている方は居ませんか ?

 

私は、こんなデスクトップを見ると、もう、これだけでムカムカしてしまいます。

 

昔から、『 デスクトップには、そのPCを使っている人間の性格が現れる。 』とも言われています。

 

このように、何でもかんでも、一度使ったファイルやアプリケーションを、常にデスクトップに貼り付けている人は、何事に関しても、「整理/整頓」が出来ない人間と思われても仕方が無いと思います。

 

その昔、上記画像のようなデスクトップを持つ友人の家に遊びに行った時がありますが・・・本当に、部屋の中も、このデスクトップと同様、「ゴミ屋敷」一歩手前状態でした。

 

この時に、「あ~デスクトップを同じだ !」と、つくづく思った事を想い出しました。

 

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作業中のファイルや、あると便利だと思われるアプリケーションを、デスクトップに貼り付けておけば、次回、作業を開始する時は、簡単に作業を開始出来るので、確かに、その時は便利に感じるかもしれません。

 

しかし!! 一度その業務が終わったら、デスクトップから該当ファイルやアプリケーションを削除すれば良いのに、そのまま残して置くから、このような「カオス状態」になってしまうのです。

 

何度も言いますが、「整理」とは、『 必要な物と不必要な物を分離し、不必要な物を捨てること 』です。「整理」が出来ないから、こんな「カオス状態」になってしまうのです。

 

さて、このようなカオス状態のデスクトップに関しては、次の手順で「整理」すれば良いと思います。

 

(1)アプリケーションのインストール時に自動作成されたショートカット等、不要なファイルがあれば削除する。

(2)エクスプローラーを使って、文書は「ドキュメント」、写真は「ピクチャ」等と、適したフォルダーに(コピーではなく)移動する。

(3)何度も使用するファイルでも、一旦ドキュメント・フォルダーに移動し、デスクトップには「ショートカット」を作るようにする。ショートカットは元ファイルへのリンクが記されたアイコンです。ショートカットがあればファイルは簡単に開けるし、不要になれば元ファイルとは無関係に削除できるので、デスクトップの整理が楽にできます。

 

「ショートカット」の活用の仕方に関しては、過去ブログでも紹介していますので、こちらも参考にして下さい。

 

★過去ブログ:身の回り整理術~見た目スッキリで業務効率化 - その2

 

これで、デスクトップは、綺麗に「整理/整頓」されると思います。

 

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そして、本章の最後に、究極のデスクトップ整頓方法を紹介します。それは・・・デスクトップには、一切、アイコンやショートカットを貼り付けない方法です。

 

「はあ~ ?!  それじゃ、いちいちエクスプローラーやスタートメニューから、必要なファイルやアプリケーションを探し出さなきゃないから面倒でしょう !!」

 

となりますが、私は、近頃では、デスクトップには、一切、アイコンやフィルを貼り付けていません。

 

右の画像が、私のデスクトップですが、ご覧の通り、何も貼り付けていませんが、別段、特に問題なく仕事を行っています。

 

まあ、確かに、以前と比較すると、操作が1回だけ増えてしまいましたが、それも慣れれば問題ありません。

 

それでは、このデスクトップの管理方法を紹介します。

 

(1)デスクトップのタスクバーに「デスクトップ・ツールバー」を追加する。

①タスクバーの空白域にカーソルを移動する。

②右クリックで表示されるメニューで、「ツールバー」→「デスクトップ」をクリックする。

③タスクバーの左側に「デスクトップ >>」が表示される。

④「>>」部分をクリックすると「デスクトップ」フォルダーにある項目が表示される。

 

(2)デスクトップからアイコンを消す

①デスクトップの何も表示されていない箇所にカーソルを移動する。

②マウスを右クリックして「表示」に合わせる。

③「デスクトップ アイコンの表示」の「✓」をオフにする。

 

これだけです。

 

上記、(1)、および(2)の作業は、順番が逆でも問題ありません。デスクトップからアイコンが消えた後は、デスクトップに存在したアイコン群に関しては、タスクバーの「デスクトップ」をクリックするとメニュー形式で表示する事が出来ます。

 

従来は、作業中に、デスクトップからアプリケーションを起動させていた場合、「Windowsボタン + D」でデスクトップを表示させ、必要なアプリケーションのアイコンをクリックしていたと思います。

 

しかし、今後は、一旦デスクトップに戻る必要は無く、そのままの状態で、タスクバー内の「デスクトップ」をクリックするだけで、使いたいアプリケーションを起動させる事が出来るようになりますので、ある意味、この方が、PCが使いやすくなる感じもします。

 

どうでしょうか ?

 

 

 

 

 

■「ドキュメント」フォルダーも整理整頓

次に、「ドキュメント」フォルダーの整理方法を紹介します。

 

「ドキュメント」フォルダーとは、Windows 10に最初から用意されている個人用フォルダーの一つです。

 

Windows 10の個人用フォルダーには、次のようなフォルダーが用意されています。

 

→ 3Dオブジェクト、ダウンロード、デスクトップ、ドキュメント、ピクチャ、ビデオ、ミュージック

 

これら個人用フォルダーには、あるデータを保存すると、データの種類により、そのデータが自動的に保存されるフォルダーです。

 

例えば、データの種類により、次のような決まりでデータが保存されるようになります。

 

例1:Wordファイルを保存する。         → 「ドキュメント」フォルダーに保存される。

例2:動画(拡張子.mp4)を保存する。      → 「ビデオ」フォルダーに保存される。

例3:iTunesのデータを保存する。       → 「ミュージック」フォルダーに保存される。

例4:画像を保存する。                 → 「ピクチャ」フォルダーに保存される。

 

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私は、開発や営業で使う資料に関しては、それぞれのプロジェクトや案件毎に、Cドライブ以外の場所に、個別のフォルダーを作成して、そこに保存しています。

 

このため、私のPCの「ドキュメント」フォルダーには、Outlook等のアプリケーションが勝手に作成するデータ以外は保存されませんので、この「ドキュメント」フォルダーに関しては、特に、管理する必要はありません。

 

しかし、私のような資料管理を行わずに、作成した資料を個別のフォルダーに保存せず、ヤミクモに保存している人は、この「ドキュメント」フォルダーに、データが、ドンドン溜まって行く事になります。

 

このため、何も意識せずに資料を保存している人は、「ドキュメント」フォルダーを、ある一定期間毎に「整理/整頓」する必要があります。

 

ファイルの整理方法には、様々な方法があると思いますが、次のような手順で良いと思います。

 

(1)エクスプローラーで「ドキュメント」フォルダーを開く。

(2)ファイルを名前順に並び直す。

(3)ファイル名で内容が判断出来ない場合、中身を参照して相応しいファイル名に変更する。

(4)必要に応じて、ファイルを相応しいフォルダーに移動する。

(5)上記作業を行った後、不要なファイルは削除する。

(6)年代別、あるいは年度別のフォルダーを作成し、過去データを移動する。

 

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ちなみに、Cドライブ以外にデータを保存するのは、最近のPCは、CドライブがSSD(Solid State Drive)になっているからです。

 

SSDとは、半導体メモリを、ディスクドライブの様に扱えるようにした補助記憶装置で、次のようなメリットがあるとされています。

 

・読み書きの速度が非常に早い

・消費電力や発熱が少ない

・作動音が無い

 

つまり、CドライブをSSDにする事で、PCの起動や処理パフォーマンス、それに他アプリケーションのパフォーマンスもアップします。

 

このようにメリットが多いSSDですが、まだ単価が高いので、PCのCドライブに割当られる容量が少ないのが弱点です。

 

このため、貴重なSSDで構成されたCドライブに、不要なデータを沢山保存すると、Cドライブのファイル容量が不足しがちになってしまいます。

 

故に、私は、Cドライブには個別のフォルダーを作成せず、通常のHDD(Hard Disk Drive)で構成されている別ドライブに資料を保存するようにしています。

 

但し、この場合、通常のHDDに資料が保存される事になるので、データへの読み書きのアクセス速度は遅くなってしまいますが、単なる資料作成ですので、実際の業務運用には、何も影響はありません。

 

 

また、次回ブログで詳しく説明しますが、「SSD」には、書き込み回数の制限があり、ある一定回数以上の書き込みを行うと、それ以上は、データを書き込む事が出来なくなってしまいます。

 

つまり、「SSDには寿命がある。」と言う事です。

このため、「SSD」に対しては、必要最低限の回数しか書き込みを行わないように、PCのディスク構成を変更する必要があります。

 

と言う事で、デフォルト設定として、Cドライブに設定されている個人用フォルダーを、Dドライブに変更する方法を紹介します。

 

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Windows 10」の場合、次のような作業を行う事で、個人用フォルダーを、Cドライブ以外に移動する事が出来ます。

 

(1)スタートボタンをクリックしてアプリの一覧画面を表示する

(2)アプリの一覧から「Windowsシステムツール」をクリックしてサブメニューを表示し、「PC」をクリックして「PC」画面を表示する

(3)下記のような個人用フォルダーから、保存先を変更したいフォルダーを選択して右クリックを行う。

(4)表示されたメニューから「プロパティ」を選択する。

(5)選択したフォルダーのプロパティが表示されるので、「場所」タブを選択する。

(6)「場所」タブの画面中程「移動」をクリックする。

(7)移動先を選択するエクスプローラー画面が表示されるので、(例えば)Dドライブを選択する。

(8)Dドライブの内容が表示されるが、移動先フォルダーが存在しないので、右クリックして「新規作成」→「フォルダー」を選択して、新規フォルダーを作成する。

(9)新規作成フォルダーを移動先として選択する。

(10)プロパティ画面に戻るので、画面下「OK」ボタンをクリックする。

(11)「フォルダーの移動」画面が表示され、新しい保存先への変更を確認するメッセージが表示されるので、「はい」を選択する。

(12)データの移動処理が行われ、移動処理が終了するとプロパティ画面が消えて処理が終了する。

 

 

以上が、個人用フォルダーの移動処理となりますが・・・移動したフォルダーには、各種アプリが使用するデータが含まれていますので、該当アプリを起動すると、「ファイルが存在しません」等と言うワーニング・メッセージが出力されます。

 

例えば、「ドキュメント」フォルダーを移動した後、Officeの「Outlook」を起動すると、メールアドレス毎に保持している拡張子「pst」ファイルが見つからない、と言うメッセージが出力されます。

 

その場合、移動先の「Outlook」ファイルを選択して、エラーとなったメールアドレスに対して、拡張子「pst」ファイルの場所を指定する必要があります。

 

このため、私個人としては、本当は、「ドキュメント」フォルダーを移動したいのですが、「ドキュメント」フォルダーの移動は取りやめ、それ以外の個人用フォルダーだけを移動した方が良いと思います。

 

また、Apple社のアプリ「iTunes」を使っている場合、「ミュージック」フォルダーに、「iTunes」用のファイルが保存されていますので、「iTunes」を起動した場合、上記のようなファイルの再設定処理が必要になります。

 

 

 

 

■不要ファイルの削除

次は、不要データの削除です。

 

不要データにも様々な種類がありますが、今回は、「キャッシュ」データの削除の仕方を紹介します。

 

しかし、その前に「キャッシュ」データとは何かを、簡単に紹介します。

 

「キャッシュ」データとは、英語のスペル、「cash(現金)」ではなく、「cashe(隠し場所)」と言う意味の方を用います。

 

単純な和訳だと、この通り、「隠し場所」とか「貯蔵所」、あるいは「貯蔵物」と言う意味になってしまいますが、IT用語としての「キャッシュ」は、「貯蔵所」が近い感じがします。

 

コンピューターでは、データへのアクセスを行う場合、メモリを用いてデータの読み書きを行うと、HDDを使う読み書きよりも、何十倍もの速さで読み書きを行う事が出来ます。

 

コンピューターのCPU(Central Processing Unit:中央演算装置)の内部には、CPUから高速でアクセスする事が出来る「キャッシュメモリ」と言うメモリが内蔵されています。

 

この「キャッシュメモリ」は、メインメモリよりも、遥かに高速に読み書きできるため、使用頻度の高いデータを記録しておくことで、メモリからの読み込み時間を削減して通信パフォーマンスを向上する事が出来ます。

 

これはインターネットを使用した時の通信でも同じ事が言えます。

 

インターネットでWebページを閲覧した時に、訪問したWebページの情報も、ブラウザ用の「キャッシュ」に一時的に保存する事で、次に同じページを訪問する際に、ページ表示時間を大幅に短縮する事が出来るようになります。

 

「一時的に保存」と言いますが、この閲覧情報は、利用者が意識しないと、どんどん溜まって行ってしまいます。

 

「キャッシュ」が満杯になると、古いデータが削除されて新しいデータが書き込まれますが、表示速度の低下や、最悪、ページが表示されなくなる等の障害が発生するケースもあります。

 

このため、インターネットを快適に利用するためには、定期的に「キャッシュ」を削除(クリア)する必要があります。

 

このインターネットを閲覧した際に作成される「キャッシュ」ですが、作成方法、および作成場所は、インターネットを閲覧する際に使用する「ブラウザ」によって異なります。

 

インターネットを閲覧するために使われる「ブラウザ」としては、現在、次のようなブラウザが提供されています。

 

Google Chrome       :Google社が提供するブラウザ。国内外シャア1位

Internet Explorer(IE) :Microsoft社が提供する旧型ブラウザ。国内シェア2位

Firefox             :Mozilla Corporationによって開発/提供されているブラウザ。国内シェア3位

Microsoft Edge      :Microsoft社が提供する最新ブラウザ。国内シェア4位

Safari             :Apple社が提供するブラウザ。国内シェア5位

Opera              :ノルウェーOperaソフトウェアが開発したブラウザ。現在中国資本傘下。

 

 

そこで、例えば、日本国内、および海外においても利用シェア1位となっている「Google Chrome」における「キャッシュ」のクリア方法を紹介します。

 

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Google Chromeにおけるキャッシュのクリア方法 】

①画面右上の「」というボタンをクリックする。(「Google Chromeの設定」と表示)

②「その他のツール」 →  「閲覧履歴の消去」を選択する。

③閲覧履歴の消去パネルが開くので、任意の「期間」を選択する。

④今回はキャッシュのクリアなので、「キャッシュされた画像とファイル」をチェックする。

⑤「閲覧履歴データを消去する」ボタンをクリックする。

 

 

次に、Microsoft社が提供する「Microsoft Edge」でキャッシュをクリアする方法は、次の通りです。

 

Microsoft Edgeでキャッシュをクリアする方法 】

①画面右上の「…」というボタンをクリックする。(「設定など」を表示)

②表示されるメニューから「設定」を選択する。

③「設定」の右側のメニューから「プライバシーとセキュリティ」を選択する。

④そこで表示された画面で「クリアするデータの選択」をクリックする。

⑤「閲覧データの消去」の画面において、削除したいデータにチェックを付ける。

⑥その後、「クリア」ボタンをクリックすると選択したデータが消去される。

 

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今回は、手動で「キャッシュ」をクリアする方法を紹介しましたが、例えば、複数のブラウザを使い分けている場合、そのブラウザ毎に「キャッシュ」をクリアしなければならないので、非常に面倒です。

 

私なども、Chromeは、使いやすいブラウザなので、仕事でインターネットを使う場合には、Chromeを使っていますが・・・いかんせん、メモリを大量に消費するので、処理スピードが求められる場合とか、あるいはFlashを使う場合には、Edgeを使っています。

 

そして、このように、用途によってWebブラウザを使い分けている場合等は、使っているブラウザ毎に「キャッシュ」をクリアしなければならないので、非常に運用が面倒になってしまっています。

 

このようなケースで便利なのが、「CCleaner」と言うツールです。

 

この「CCleaner」と言うツールは、無償版と有償版があり、有償版には、ファイルのリカバリー機能等、様々な機能が付加されていますが、不要ファイルの削除だけ行いたいのであれば、無償版で十分です。

 

そして、この「CCleaner」には、キャッシュの削除機能があり、かつ使用しているPCにインストールされている全てのブラウザの「キャッシュ」を一括で削除する事が出来ます。

 

上の画像には、アプリケーションとして、私のPCにインストールされているFirefoxOperaSafariChrome等、全てのブラウザの情報が表示されていますし、別タブとなる「Windows」側には、EdgeとIEの「キャッシュ」の情報も表示されています。

 

この「CCleaner」と言うツール、無償版でも結構便利なツールなのですが・・・過去にマルウェアの踏み台となった経緯があります。

 

2017年7月、「CCleaner」の開発元である「Piriform」のサーバーにマルウェアが侵入したそうですが、その後、この「Piriform」が、別会社「Avast」に買収されました。

 

その後、買収先である「Avast」が、2017年9月に最新版をリリースしたところ、マルウェアが攻撃を開始し、日本を含む大手IT企業が標的型攻撃に会ってしまったそうです。

 

攻撃対象となったのは、SamsungIntelVMwareASUSなどのほか、日本ではNEC富士通、およびソニーも含まれていたそうです。

 

私が使っていたバージョンもマルウェアに感染していたようですが、何故か、私のPCには、マルウェアは侵入しなかったようです。

 

皆さんもフリーソフトを使用する際は、この「CCleaner」の例もありますので、注意が必要だと思います。

 

 

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ところで、ブラウザ毎に保持する情報としては、「キャッシュ」とは別に「Cookie(クッキー)」と言う一時情報もあります。

 

「CasheとCookie ?  それって同じデータじゃないの ?」と思っている方がいるかもしれません。

 

どちらもインターネットでWebページを閲覧した時に作成される一時データですが・・・データの内容と用途が異なります。

 

Cashe :閲覧したWebページの情報。次回以降、同一ページを訪問する際の処理スピードがアップする。

Cookie :訪問したユーザの情報。ID、パスワード、メールアドレス、訪問回数等が保存されている。

 

Cookie」は、ユーザ自身の情報を、ユーザのPCに保存します。ユーザ情報を保存しておくことで、Webページを再訪問した時に、ユーザを特定し、ユーザ情報を入力する手間が省く事が出来ます。

 

例えば、ショッピングサイトに訪問した時に、既にログイン状態になっていて、かつ以前カートに入れた商品が、そのままカートに残っているのは、Cookie機能が働いているからです。

 

さらに、この「Cookie」情報は、Webページの閲覧履歴として、利用者の趣味や嗜好を示す指標としても活用出来るので、ターゲティング広告に利用されています。

 

個人のPCに、このような個人情報が残っている分にはまだ大丈夫ですが、ネットカフェ等、家の外のPCに、このような個人情報を残して置くのはリスクがあります。

 

不特定多数が使用するPCを使った後は、必ず「Cookie」は削除した方が良いと思います。

 

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と言う事で、個人情報をターゲティング広告に使われたくない場合、Webブラウザを使用する度に、「Cookie」を削除する必要がありますが・・・これも面倒ですよね。

 

このため、Webブラウザには、「Cookie」を保存するか否かを設定する事が出来ますし、前述の「CCleaner」等のツールでは、使用している全てのブラウザに関して、「Cookie」を一括で削除する事が出来る機能も提供しています。

 

PCには、想像以上に個人情報が保存されていますので、注意した方が良いと思います。

  

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今回は、「出来る社員のPC整理術_まずは見た目の整理から - その1」として、次の内容を紹介しましたが如何でしたか ?

 

  • 整理/整頓とは ?
  • 「5S」とは
  • デスクトップの整理方法
  • 「ドキュメント」フォルダーの整理方法
  • 不要ファイルの削除

 

そもそも、私も、今回のブログを書くまで、正直なところ、「整理」と「整頓」の意味を正しく理解していなかった事に気が付いた次第です。情けない・・・

 

今回、偉そうに、「上から目線」で「整理/整頓」の意味をお伝えしましたが、実は私は、「整理」も「整頓」も、物を片付ける行為だと思っていました。

 

まさか、「整頓」が、必要な物を直ぐに入手出来る状態にする事だとは思っても見ませんでしたが、皆さんは如何でしたか ?

 

今更ですが、「整理」と「整頓」が同じ行為なら、何も、わざわざ言葉を分ける必要はありません。「整理」、あるいは「整頓」の、どちらかの言葉だけで事は足りると思います。

 

さすが日本語、その辺りは、奥が深いものがあります。

 

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次に紹介した「5S」、これは、製造業の工場でよく見かける標語ですよね !

 

工場見学とかに行くと、「安全第一」と一緒に「実践しよう職場の5S !」とか「5S運動を実施しよう!」とかのポスターが貼られているのを見たことがあるかと思います。

 

この「5S」は、トヨタが提唱した「改善(KaiZen)」と同様、「Five S」と言う言葉で、海外でも用いられるようになっています。

 

話は、脇に逸れちゃいますが、本当に、日本の工場等の現場では、世界に通じる様々な行動を生み出すものだと、本当に感心してしまいます。

 

・改善

・QC活動

・5S活動

・ラジオ体操

 

これらの活動は、そのオリジナルは日本だと思います。「ラジオ体操 ?」と思うかもしれませんが、工場や建設現場における「ラジオ体操」は非常に重要な活動です。

 

「ラジオ体操」と言うと、夏休みに、子供達が行う「ラジオ体操」を想像しがちですが、とある研究会が、建設現場でのラジオ体操実施率を調査したところ、半数以上、56.9%において、「ラジオ体操」を実施していると言う数値が得られたそうです。

 

そして、何故、これ程まで「ラジオ体操」が普及しているのかと言うと、その全てにおいて、次のような理由を挙げています。

 

・事故防止につながる

・健康維持・健康増進につながる

 

健康維持/増進は、理解しやすいと思いますが、何故、事故防止に役立つのかというと、朝、現場に出勤して、ボッーとしたまま作業を行うと、「チコちゃんに叱られる !」だけならまだしも、やはり事故を起こしやすいのだそうです。

 

このため、作業に入る前に「ラジオ体操」を行い、身体を目覚めさせた上で作業を開始すると、それだけで事故率が減少することが明らかになっています。

 

このような理由で、一時は、建設現場以外でも、会社の朝礼時に「ラジオ体操」を取り入れる企業が多かったのですが・・・現在では、普通の企業では「ラジオ体操」は、絶滅危惧種になってしまったようです。

 

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これら以降の情報は、実際のPCの「整理/整頓」術の話になりますので、今後のPC運用において、参考にして貰えればと思います。

 

そして、次回「その2」においては、次のような情報を紹介します。

 

  • PCの最適化
  • SSDの寿命
  • フォルダーの階層管理
  • ディスクの空き容量管理
  • Outlookのデータ整理

 

その中における「SSDの寿命」は、今回の主目的「整理/整頓」からは、ちょっと逸れた情報なのですが、私的には、非常に興味深い話でした。

 

SSD(Solid State Drive)」に関しては、今回のブログ中「ドキュメント・フォルダーも整理整頓」で紹介しましたが、しかし「SSD」に寿命があるなんて・・・今では都市伝説みたいになってしまいましたが、かつての「ソニータイマー(Sony Kill Switch)」を思い出してしまいました。

 

ソニータイマー」とは、皆さんもご存知だと思いますが、これは、『 ソニー製品は、1年間のメーカー保証期間終了直後に故障が頻発する。』と言う、実話に近い状況から生まれた都市伝説です。

 

この都市伝説に関しては、2007年、ソニーの社長(当時:中鉢良治氏)も株主総会で認めており、品質管理を徹底する旨の発言をしたとされています。

 

とは言え、(次回説明しますが)5年でPCが使えなくなってしまうのは、技術の進歩を考えると仕方が無いとも思えますが、何とも「やるせない気持ち」になってしまいます。

 

それでは次回も宜しくお願いします。

 

以上

 

 

【 画像・情報提供先 】

Wikipedia(http://ja.wikipedia.org/)

Microsoftサポート(https://support.microsoft.com/ja-jp)

フリーソフト100(https://freesoft-100.com/)

 

奥州安倍氏の伝説 - 実は生き延びていた編(その3)

 前々回、そして前回のブログでは、「奥州安倍氏の伝説 - 実は生き延びていた編」と題して、次のような内容を紹介しました。

 

【 前々回 - その1

 

【 前回 - その2

 

「その2」では、「安倍宗任」にのみスポットを当て、「宗任」本人と、その子供達についての伝説を取り上げました。

 

安倍宗任」は、捕虜となって遠方への配流となったのですが77歳まで生き延び、その子孫達も、各地で「名を成す」存在になっていますので、数多くの伝説が残っています。

 

「その1」では、兄「貞任」と一緒に語り継がれる伝説を3個紹介しましたが、単独、およびその子供達にかんする伝説は9個も残っているようです。

 

安倍宗任」は、文武両道に優れた武将と伝わっていますので、当時の武士ならず、庶民にも人気があったと推測されます。

 

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そして今回ですが、「その3」として、まあ、「番外編」みたいな感じになってしまいますが、「安倍貞任」の息子や娘達に関して、次の内容を紹介します。

 

  • 安倍時頼の子供に関する伝説
  • 安倍貞任の子供関する伝説

 

「安倍時頼」には、これまでにも紹介しています通り貞任/宗任以外にも7人の息子、合計9人の息子がいますが、その詳細が解っているのは、貞任と宗任だけです。

 

しかし、伝説と言う形で長男「良任」と八男「則任」の情報があるようですので、そちらを紹介します。

 

ちなみに、「安倍時頼」には、娘が3名おり、長女「有加一乃末陪(ありか いちのまえ)」が、奥州藤原氏の祖「藤原清衡」の母となっています。

 

そして、「安倍貞任」の子供は、正確には、何名いるのか解らないようですが、息子が3名いたとされていますが、娘の存在は確認されていません。

 

しかし、伝説としては下記の娘がいたとされていますので、今回、下記の子供達の伝説を紹介します。

 

・息子「高星(たかあき)丸」に関する伝説

・娘「卯の花姫」関する伝説

・娘「貞姫」に関する伝説

・娘「真砂姫」に関する伝説

・その他「金ケ崎地方」に伝わる伝説

 

安倍貞任」の娘は、「卯の花姫」、「貞姫」、「真砂姫」、そして「白糸姫」と複数名の名が挙げられていますが、伝説の内容は、どれも似たような内容になっていますので、本当は一人しかいなかったのかもしれませんが・・・今となっては何が本当なのかは、さっぱり解りません。

 

それでは今回も宜しくお願いします。

 

 

■「安倍頼時」の子供に関する伝説

ここまで、「安倍頼時」の息子の内、次男「貞任」、そして三男「宗任」に関する伝説を紹介してきましたが、前述の通り、「頼時」自身と、その長男に関する伝説を紹介します。

 

まずは、「安倍頼時」の伝説から紹介します。

 

●古賀稔康 著「松浦党祖考」

伊万里市にある「松浦党研究連合会」の会長だった故「古賀稔康(こが-やすとし)」氏が昭和52年(1977年)に出版した「松浦党祖考」には、次の内容が記載されているようです。

 

安倍宗任」は、父「安倍頼時」と共に、康平五年(1062年)、松浦に流配され、「頼時」は、松浦市志佐町白浜に、「宗任」は、小値賀島に流された。

 

「頼時」は、白浜に庵を結び、同地に祀られている「景行天皇」と「神功皇后」の妹「余等比咩命」の社に、日夜家運再興の祈願をこめ、庵で生れた六人の児の幸を祈った。

 

寛治二年(1088)に、一族流配の刑を解かれ、「宗任」は、松浦、彼杵二郡および壱岐島の司頭職となった。

 

「頼時」は、神助を感謝して淀姫神社を造営し、海浜に王島神社を建立、壱岐島より杜氏を招いて神酒を献じて家運再興を奉告し、六人の子に所領を分配した。

 

 

安倍頼時」は、天喜5年(1057年)に、鳥海柵(現:岩手県金ケ崎)で戦死した事になっていますので、この伝説では、その後も5年間、「源 頼義/義家」親子と戦い続けた事になりますが・・・何とも奇妙な話です。

 

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次は、この「安倍頼時」の長男「安倍良宗(よしむね)」に関する伝説を紹介しますが、この人物、実在し、かつ盲目であった事は、「吾妻鑑」や「陸奥話記」にも記載されています。

 

「安倍良宗」は、別名として「井殿」、「良任」、あるいは「安東太郎」とも呼ばれていたそうですが、生没年不詳で、何処に住んで、何をしたのか等、一切不明となっています。

 

このため、様々な話が、様々な場所で生まれているようです。

菅江真澄 著「にえのしがらみ(贄の柵)」

菅江真澄(すがえ-ますみ)」とは、江戸時代後期(1754~1829年)の旅行家/紀行家で、本名を「白井秀雄」と言い、信州、東北、そして蝦夷地を遍歴し、その土地の紀行文を数多く残しています。

 

菅江真澄」は、東北地方を、くまなく訪れているので、弊社ブログにも何度も登場する人物ですが、彼が、「藤原泰衡」が、旧臣だった「河田次郎」に裏切られて殺害された場所(秋田県大館市)を訪れた際に書いた「にえのしがらみ」に、「安倍良宗」について触れた箇所があるので、それを紹介します。

 

 

『 なお高く上れば、小さな堂がある。ここは安倍頼良の嫡男、厨河の次郎貞任の兄、井殿盲目安東太郎良宗が若くして身まかった塚だ。 

 

近くに十三森というのがあり、井殿冠者良宗のために、十三仏を置いたという。 

 

また堂屋敷というのがある。七ツ館、蝦夷館、また、ここにも桂清水の観音というのもあると案内が言う。 

 

盲目となった兄のために、これだけ祈った兄思いの貞任の人柄が偲ばれる 』

 

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胆沢町史「高山掃部長者」

岩手県胆沢郡が編纂した「胆沢町史」には、目が見えなかった「井殿」は、前九年の役から逃れて胆沢郡上幅村に住み着き、その子孫が「高山掃部長者」になったと言う伝説があるようです。

 

そして、これは「安倍氏」とは全く関係なのですが、この「高山掃部長者(たかやまかもんちょうじゃ)」に関しては、面白い「大蛇伝説」があるので、そちらも合わせて紹介します。

 

【 大蛇伝説 】

その昔、胆沢に慈悲深い長者がいた。しかしその女房は欲深く、やがて大蛇となって夫や子供を喰い、屋敷に火をかけ、止々井沼(とどいぬま)に住みついて、若い娘の生贄を求めて暴れた。

 

何度目かの生贄に、肥前の「さよ姫」が、郡司の娘の身代わりとなる。

 

しかし、観音信仰のあつい娘の前に、長者の女房であった大蛇は退治されてしまうといった話の筋である。

 

ちなみに。この「さよ(佐用)姫」に関しては、これ以外にも、と言うか、次のような多くの伝説が残されており、どちらかと言うと、こっちの伝説の方が有名なようです。

 

百済救済を命じられた大伴狭手彦が遠征の途上に佐用姫を妻とし、佐用姫は出征のために船出する夫を見送るため領巾を降り嘆き悲しんだ。その後、あまりの悲しみのために石になった。』

 

大伴狭手彦と別れて後も思い続けていると、夜ごと大伴狭手彦に似た男が通うので、後をつけると、それは山の沼にすむ大蛇で、姫をさらって沼に入ったという。』

 

「さよ姫」は、「佐用姫」、「小夜姫」、「佐夜姫」、あるいは「小夜媛」等と、様々な字で書かれていますが、すべて同一人物です。

 

また、上記「石になった」とか、「蛇の飲み込まれた」等の伝説は、日本各地に広がっているようです。

 

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他方、江戸時代中期の安永年間(1772~1781年)に、仙台藩内の様子を記した「安永風土記(風土記御用書出)」には、長者の屋敷跡から「焼米(炭化米)」が出ると紹介されています。

 

このため、昭和33年(1958年)に、岩手大学「板橋教授」等によって発掘調査も行われたそうですが、炭化米が数カ所で発見された以外、建物跡などを証明する遺跡なども発見されなかったそうです。

 

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●佐藤弥六 著「陸奥評林」

津軽藩士「佐藤弥六」の著書「陸奥評林」には、「安倍頼時」の長男「安倍良宗」は、盲目であったため「前九年の役」から逃れる事ができて「津軽十三(とさ)」に住んだと記載されているようです。

 

そして、その後、「奥州藤原氏」の二代「基衡」の次男であり三代「秀衡」の弟「秀栄(ひでひさ)」が、初代「十三藤原氏」となったとされています。

 

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ちょっと「安倍氏」からは話が逸れますが、元々、「津軽十三(現:五所川原市)」には、「安倍頼時」の八男「安倍則任(のりとう)」が、白鳥城を築いて治めていた土地でもあります。

 

「安倍則任」は、白鳥城に因み、自らを「安倍白鳥八郎則任」と称していましたし、また「十三左衛門尉」とも名乗りっていましたが、子供が居なかったので前述の二代「基衡」の次男「秀栄」を養子に迎えたとの事です。

 

そして、「津軽系図」によると、この「十三秀栄」は、自らを「御館次郎」と名乗り津軽六郡を支配して「津軽氏」の祖になったと伝えています。

 

しかし、「津軽氏の祖」に関しては諸説あり、別の説では「南部氏」の分家「南部久慈氏」の流れをくむ「大浦光信」を「津軽大浦家」の家系を祖とする説もあるようです。

 

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津軽十三」は、別名「十三湊」ともよばれ、天然の良港だったのですが、現在は「十三湖」として汽水湖になってしまっています。

 

津軽十三」に関しては、平安時代末は、前述の通り「十三藤原氏」が支配していましたが、その後「十三藤原氏」は衰退して行き、鎌倉時代後期には、「安倍貞任」の次男と言われる「高星丸」を祖とする「安東氏」が周辺一帯を支配したとされています。

 

「高星丸」に関しては、次章で紹介しますが、室町時代以降は、「南部氏」が勢力を伸ばし、「安東氏」は、南部氏に敗れて蝦夷地に退いてしまったそうです。

 

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このように、津軽においても、「安倍氏」や「藤原氏」の子孫達が活躍していたようですが、鎌倉幕府を開き、当時の日本を支配していた「源氏」も、津軽までは影響力を及ぼすことは出来なかったようです。

 

 

 

 

■「安倍貞任」の子供に関する伝説

ここで、奥州安倍氏の家系を明らかにするために、家系図を用意しました。今回登場する人物には赤丸を付けてあります。

 

 

 

 

こうして「安倍氏」と「藤原氏」の家系を明らかにすると、「安倍氏」の血筋は、脈々と受け継がれていた事が明らかにあります。

 

ちなみに、「安倍貞任」の子供に関しては諸説あり、第二子は女の子と言う説もありますが、この子は行方不明となったと記録されているようです。

 

長男に関しても、「千代童子」、あるいは「千世寿丸」等と名前は諸説あるようです。また、戦後、まだ幼い事から(12歳前後)、助命も検討されたようですが、「清原武則」の諫言で処刑されてしまったようです。

 

それでは、本章では、「安倍貞任」の子供達に焦点を当てて、各地に伝わっている伝説を紹介したいと思います。

 

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●息子「高星(たかあき)丸」

青森県蓬田村の村史によると、前九年の役の末期、当時3歳だった「高星丸」が、乳母と共に厨川柵から逃げ延び津軽藤崎に辿り着いた。

 

その後、成長した「高星」は、藤崎城主となり津軽六郡と外ヶ浜、下北郡一帯を支配したと伝わっているようです。

 

また別の説では、当時、この津軽地域は、「安倍頼時」の八男「安倍白鳥三郎則任」が支配していました。

 

このため、厨川柵から逃れてきた「高星丸」は、叔父である「則任」を頼って津軽に逃れ、「則任」の庇護の元、藤崎城主となって「安東氏」を名乗るようになった、と伝わっています。

 

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次は、「安倍貞任」の娘の伝説となりますが・・・既にお解りの通り、「貞任」には女の子はいません。

 

それにも関わらず、「貞任」の娘に関しては、様々な伝説が語られていますので、今回は、その内、数件を紹介します。

 

●「卯の花姫」伝説

この伝説は、山形県長井市に伝わる話で、次の様な内容となっています。

 

東北を支配する安倍族の武将「安倍貞任は、弟の「宗任」と共に、この地を守っていました。

 

朝廷に背いたとして「源 頼義/義家」親子が、安倍一族を打つために東北に攻め入ってきました。

 

「貞任」には、「卯の花姫」という娘がいて、その娘は敵方である義家に恋をしてしまいました。

 

「義家」は、姫に手紙を送り、「貞任」側の手の内を盗み出そうとしました。

 

「義家」に騙された「卯の花姫」は、情報を漏らしてしまい、遂に父である「貞任」は、戦いに敗れて亡くなってしまいました。

 

父の死後、信じていた「義家」からの便りは途絶え、騙されていたことに気づいた「卯の花姫」は、三淵渓谷に身を投げました。

 

その後、「卯の花姫」は、竜神となり三淵を守る水神様となり、地元の「五所神社」に祀られたと伝わっています。

 

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●「貞姫」伝説

この話は、秋田県大仙市に伝わる話で、次の様な内容となっています。

 

奥羽征伐の「義家」は、神岡町神宮寺の鶴の羽形城に立て籠もった「安倍貞任」を攻めたが、前は玉川と雄物川の合流地で、雨期で水量があり、両軍は川をはさんで対峙していた。

 

馬で川原を歩む「義家」を遠目に見て「貞任」の娘「貞姫」は恋心を燃やし、川を渡り、「義家」の胸に抱かれた。

 

「貞姫」の懐胎を知った「貞任」は諦めさせようとしたが、姫の心は変わらず、怒った父は、姫を生きながらにして山頂に埋めた。

 

この城は、「義家」の猛攻で落ちた。「笛が沢」は、姫が笛を吹きつつ「義家」の元に通った沢であり、「カツラ沢」は、姫がカツラを落としたところ、「カモジ沢」は、姫が捕手にカモジを投げつけた沢、「忍び長根」は、忍ぶ恋路だった。

 

「白粉沢」は、姫が死出の化粧をした沢といわれ、毎年5月4日に姫神山の沢の水が白く濁るのは、姫が米をとぐため、5日に山頂に白旗がはためくのは、姫の体内の子が父義家を慕うためという。

 

山頂にある姫神の宮は、村人が姫の悲恋をあわれんでたてたものという。鶴羽形城の名は、元桜樹にとんでいたところからきたという。

 

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●「真砂姫」伝説

花巻市東和町砂子の「大沢瀧神社」に伝わる伝説となります。神社の由来によると、次のようになっています。

 

『 康平五年(一〇六二年)陸奥守兼鎮守府将軍源頼義が、厨川柵を攻め滅ぼし、俘囚の長兼六郡の郡司安部頼時の長男安部貞任を戦死させた。源氏の基盤を固めた前九年の役である。

 

安部貞任が、一族の本拠地奥六郡から北の厨川へ、山峡を忍んで駒を進めたであろう、栄華の後の寂しい最後の逃避行となった。

 

安部貞任の娘「真砂姫」が父貞任の後を追いこの地大沢の滝川にさしかかった。父の身を案じ、父の身代わりとの思いだったのであろうか、この滝川に身を投じてしまった。

 

後に源頼義の子八幡太郎義家が「真砂姫」を哀れみ、現在の古滝大明神の地に社を建立して「瀬織津姫命」を勧請、姫の霊を弔ったと伝えられており、地区内外を問わず厚い信仰を集め今日に至っている。

 

現在の社殿は文政年間(一八一八~一八二九年)の建立で二度目の改築と伝えられ、「迦具土命」との合祀となっている。特に縁結びの神様として地域社会の心の結び合いの所縁として親しまれており、毎年九月九日賑やかに例大祭を行っている。

 

なお、当地「砂子」の地名は「真砂姫」に由来するとの説がある。 』

 

と言う伝説なのですが、もう少し脚色を加えると、次のようになっているそうです。

 

 

当初、真砂姫は、父「貞任」や、その他の一族郎党と一緒に厨川を目指していたそうですが、途中ではぐれてしまい、付き従う家臣は「直義」ただ1人となってしまったそうです。

 

そして、大澤の地に到着すると馬を降り、

 

「父は既に戦で死んでしまったかもしれない。自分1人生きていても仕方がありません。ただ、幼い弟、千代童丸の命だけは救って欲しいと義家公に伝えて下さい。」

 

と直義に伝えると、手紙を書き、切り取った自分の髪で、かつえ義家からもらった観音像を包み、それを直義に渡した。

 

それから、自分が乗ってきた愛馬「大鹿毛(おおかげ)」に、「よく、ここまで私と共に来てくれました。これから先は自由に生きなさい。」と言い、鞍と手綱を外したそうです。

 

それから姫は、大澤の瀧の石の上で法華経を唱えた後、川に飛び込み姿が見えなくなってしまったが、滝壺から白い光が飛び出して東の空に消えたそうです。

 

愛馬「大鹿毛」は、涙を流しながら山の上まで行き、西に向かって二度(or 三度)鳴いてから倒れて死んでしまったそうです。

 

この事から、その後、この山を「大鹿山」と呼ぶようになったそうですし、また、付けていた鞍を捨てた場所を「鞍沢村」と名付けたそうですが、現在は「倉沢」となっているそうです。

 

そして、残された家臣「直義」は、翌日、義家が陣を敷いている笹丘城に行き、姫からの手紙を渡して、一部始終を義家に話して聞かせたそうです。

 

義家は、姫を哀れに思い、真砂姫の霊を「瀬織津姫命」として祀ったと伝わっているそうです。

 

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●金ケ崎地方に伝わる伝説

次は、岩手県南部「金ケ崎町」に残っている伝承を紹介します。こちらの伝承も、上記で紹介した内容と似た話になっているようです。

 

・大林城(百岡城)伝説

林城は、その昔、百岡城とも言い、安倍氏の砦だった。この城には、「安倍貞任」の姉と妹も同居していたが、姉妹揃って「源 義家」に懸想(恋)し、城内の機密を漏らしたために落城したと伝わっています。

 

・菊が森伝説

安倍貞任」の娘(あるいは妹)である「お菊」と「お鶴」が、「源 義家」に自軍の機密を漏らしたので処刑された。この事から、後世の人達が「お菊」のために塚を建て、その塚が「菊が森」と呼ばれたが、今では、もう存在しない。

・つるべ落とし伝説

上記伝説で登場した「お鶴」に関しては、六原丸森の難所となっている深い谷に投げ落とされて処刑されたので、後世の人達は、この谷を「つるべ落とし」と名付けた。

 

・白糸姫伝説(その1)

安倍貞任」の娘「白糸姫」が、「源 義家」に軍事機密を漏らして生き埋めにされた。この姫を弔うために義家が建立したのが「本宮観音堂」である。あるいは、ここが「白糸姫」の墓所である。

 

・白糸姫伝説(その2)

別の「白糸姫伝説」では、この姫は、「安倍貞任」の娘ではなく、父「頼時」の妻となっており、次のような内容となっています。

 

 

江刺市伊手の山の中に、「田束(たつかね)山自生院」という天台宗のお寺があり、この寺に、背が高くて綺麗な女性が、屈強な武士達と一緒に暮らしていた。

 

いつ頃から、この寺で暮らし始めたのか村人達には分からなかったが、何時からか「御堂さま」と呼ぶようになったが、家来の武士達は「白糸姫」と呼んでいた。

 

この「白糸姫」、実は「安倍頼時」の妻で、元々は身分の低い生まれだったが、「頼時」に嫁ぐため、関白「藤原道長」の養子となり、その後「安倍頼時」と結婚したので、「御堂さま」と呼ぶようになったそうです。

 

なぜ、この様な高貴な姫が山中に隠れて暮らしているのかと言うと、義理の息子「安倍貞任」に捕まった「源 義家」を逃した事で、「貞任」から追われる身になってしまったそうです、

 

ところが、前九年の役で、夫は戦死し、養父も既に他界していたので、戦後、「義家」が、この姫を哀れに思い、金ケ崎に住まわせたと伝わっている。

 

そして、この姫が暮らしていた場所を「白糸城」と呼ぶようになったそうです。

・白糸姫伝説(その3)

前九年の役の最中、「源 義家」は、「安倍貞任」との戦に敗れ、鳥海柵に捕らわれてしまったそうです。

 

「源 義家」は、何とか柵から脱出しようと、「貞任」の娘「白糸姫」を次のような言葉で、たぶらかしたそうです。

 

『 俺を逃してくれれば夫婦になる。また、その時、貞任が持っている神通力の巻物も一緒に持って来てくれ。』

 

「義家」を信じた姫は、巻物を「義家」に渡して逃してしまったそうです。

 

巻物には、戦で勝つための秘策が書かれており、次の戦で、貞任軍は負けてしまったのですが、「白糸姫」が、「義家」に巻物を渡して逃した事を知った「貞任」は、「白糸姫」を生き埋めにしてしまったそうです。

 

これを知った「義家」は、「白糸姫」を哀れに想い、お堂を建立して十一面観音を祀ったそうですが、これが現在の「本宮観音堂」である。

 

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今回は、「奥州安倍氏の伝説 - 実は生き延びていた編」の第3回目として、次のような内容を紹介しましたが如何でしたか ?

 

 

今回、「安倍氏」に関する「実は生きていた」伝説を紹介しましたが、似たような伝説を聞いた事はありませんか ?

 

それは、弊社ブログで過去に紹介した「源 義経北行伝説」です。

 

★過去ブログ:岩手県内における義経伝説 ? 信じたくなる話ばかり Vol.2

 

「源 義経」の場合、上記ブログにも記載していますが、本当に良く出来た(と言えば変な話ですが)伝説で、ちゃんと、「義経」が出現した場所が線で繋がるのが不思議でした。

 

しかし、今回紹介した「安倍伝説」は、さすがに「義経北行伝説」に比べると質が落ちます。

 

「安倍一族」は、様々な場所に登場するのですが、全て、行き当たりばったりの感じです。

 

安倍氏」にかんしては、まだまだ伝説がありますので、機会があれば別の伝説を紹介したいと思います、

 

それでは次回も宜しくお願いします。

 

以上

 

 

【画像・情報提供先】

Wikipedia(http://ja.wikipedia.org/)

・日本古典文学摘集(https://www.koten.net/tono/)

いわき市鹿島の極楽蜻蛉庵(https://blog.goo.ne.jp/ah8671)

・学校法人中村学園アーカイブ(http://www.nakamura-u.ac.jp/library/kaibara/archive05/)

国文学研究資料館(https://www.nijl.ac.jp/)

・近代書誌・近代画像データベース(http://base1.nijl.ac.jp/~kindai/index.html)

・はてノ鹽竈(https://blogs.yahoo.co.jp/mas_k2513)

・千時千一夜(https://blogs.yahoo.co.jp/tohnofurindo)

陸奥評林 - 国立国会図書館デジタルコレクション(http://dl.ndl.go.jp/)

七戸町ホームページ(http://www.town.shichinohe.lg.jp/index.html)

蓬田村ホームページ(http://www.vill.yomogita.lg.jp/index.html)

・秋田の昔話・伝説・世間話(http://namahage.is.akita-u.ac.jp/monogatari/)

・遠野文化研究センター(http://tonoculture.com/)

 

進化し続けるサイバー攻撃 - サイバー空間は悪者ばかり ?

 今回の「IT系のお役立ち情報」では、久しぶりにサイバー攻撃についての情報を紹介したいと思います。

 

前回、サイバー攻撃マルウェア等のウイルスに関しては、2018年8月に、下記ブログで「セキュリティソフト」についての情報を紹介しました。

 

★過去ブログ:セキュリティ・ソフトウェアのアレコレ

 

このブログでは、自分のPCに、セキュリティソフトがインストールされているか否かを確認する方法から、セキュリティソフトで出来る事/出来ない事まで、結構様々な事を紹介しました。

 

しかし、犯罪者によるサイバー攻撃は、本当に際限なく行われ、かつ日々進化を遂げています。

 

弊社のお客様でもあった「IPA(Information-technology Promotion Agency/独立行政法人情報処理推進機構)」様では、毎月何件ものセキュリティ情報を発信しています。

 

 IPAによると、脆弱性(セキュリティホール)が多いのが、次のソフトウェアとなっているようです。

 

Microsoft社 :IE(Internet Explorer)

Adobe社     :Acrobat Reader、Flash Player

Oracle社    :Java

 

これら3社のソフトウェア製品に関しては、毎月、あるいは毎週のように脆弱性が報告されているようです。

 

Google社が、自社のWebブラウザChrome」から、JavaFlash Playerを締め出したのも納得が行く対応だと思います。

 

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 このように世の中では、相も変わらずサイバー攻撃が行われており、なおかつ、攻撃の手口も日々進化を遂げており、もう素人レベルでは、正規の動作なのか、それともサイバー攻撃なのかさえ、簡単には判断が出来ない状況になってしまっています。

 

そこで、今回は、次のようなサイバー攻撃を紹介したいと思います。

 

 

しかし、最後の善玉ワームは、名前の通り、マルウェアを駆逐してくれる良いウイルスです。

 

詳しくは、該当の章で説明しますが、このウイルス、現時点では、誰が作成したのか解らない謎のウイルスですが、確かに「IoT」機器に侵入したマルウェア「Mirai」の動きを抑止しようと頑張ってくれるようです。

 

現代では、人間の身体以外、ソフトウェアの中でも、善玉菌と悪玉菌が戦いを繰り広げる世の中になってしまったようです。

 

それでは今回も宜しくお願いします。

  

■人の目では識別不能な「ホモグラフ攻撃」

 皆さん、「ホモグラフ(Homo Graph)」と言う言葉はご存知ですか ?

 

「ホモ(homo)」は、ギリシャ語で「同じ」を意味し、「グラフ(graph)」は「文字」を意味していますので、両方合わせて『 同じ文字/同形異義語 』と言う事になります。(※同綴異義語:どうてつ-いぎご)

 

つまり、発音の仕方は問わず、スペルが同じ、次の様な文字が「ホモグラフ」となります。

 

・wind    :「風」      /    「巻く」

・down    :「下方向」  /    「鳥の綿毛」

・lead    :「鉛」      /    「導く/先行」

・sound   :「音」      /    「健全/堅実」

・bass    :「楽器バス」 /    「魚バス」

 

そして、「ホモグラフ攻撃」とは、WebサイトのURLを正規サイトと酷似した異なる文字で偽装し、Webサイト閲覧者を偽サイトに誘導する攻撃となります。

 

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通常、WebサイトのURL(Uniform Resource Locator)には、インターネット上のWebサイトの住所を指定する事になっており、弊社のホームページのURLは、次の様な形式となっています。

 

エム・システムのホームページ:http://msystm.co.jp/

 

また、より安全に通信を行う事が出来るURLには、「http」の後ろに「s」を付けた「https」と言うプロトコルがあります。(※正確には、SSL/TLSプロトコルにより提供されるHTTP通信)

 

・HTTP     :Hyper Text Transfer Protocol

HTTPS    :Hyper Text Transfer Protocol Secure / 通称「SSL通信)

 

HTTPは、インターネット内での通信を「平文」で行っているので、悪意のある第三者がインターネット通信を傍受した場合、通信内容を盗聴することが可能となってしまっています。

 

 このため、SSL通信は、当初、インターネット決済やネットバンキング等、インターネット内で電子決済を行う場合に、通信内容を暗号化する事で、個人情報の盗聴やデータ改ざんを防止する事を目的として利用されていました。

 

しかし、その後は、公衆無線LANの拡大や、アメリカ政府、特にNSAが2007年から運用を開始した「PRISM」と呼ばれる通信監視プログラムへの対抗措置として、SSL通信が拡大しています。

 

 このため、現在、Google社のWebブラウザChrome」では、SSL通信を行っていないWebサイトに関しては、意図的に、「保護されていない通信」と、嫌味の様に表示する仕様に変更されています。

 

また、SSL通信を行っている場合、WebブラウザのURL欄に「カギ」マークが付きます。

 

この「カギ」マークは、該当Webサイトがセキュア(安全)な環境で行われている事を示しており、「カギ」マークをクリックすると、このWebサイトを保証する証明書等の情報を参照する事が出来ます。

 

SSL    :Secure Sockets Layer

TLS    :Transport Layer Security

 

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このように、URL情報に、SSL通信を行っていると言うマークが表示されていれば、普通、誰でも、そのWebサイトは安全なサイトだと思ってしまいます。

 

しかし、次の画像を、よ~く見て下さい。

  

 

 

URL情報は「https://www.apple.com」と、アメリカのApple社のURLとなっており、なおかつSSL接続を示すカギマークまで付いています。

 

しかも、カギマークをクリックすると、ちゃんと証明書情報まで表示され、ちゃんとApple社のURLを表示し、安全な接続とまで表示されます。

 

   

 

 

にも関わらず、表示されているのはApple社のWebサイトではありません。これは、一体どういう事なのでしょうか ?

 

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   このサイトは、「The Hacker News」と言う、ソーシャル・ニュース・サイトの「Mohit Kumar」氏が、「ホモグラム攻撃」の危険性を啓発するために作成したデモサイトです。悪意のあるページではないので安心して下さい。

 

「ホモグラフ」と「ホモグラフ攻撃」の意味は、本章の最初に紹介した通りです。

 

今回、「Mohit Kumar」氏は、Apple社のURLを偽装したページを作成し、皆さんを偽ページに誘導しました。

 

このサイトの本当のURLは「https://www.xn--80ak6aa92e.com/」なのですが、一部、「ホモグラフ攻撃」対策を施していないブラウザでは、この通り「https://www.apple.com」と表示されてしまうのです。

 

    

 

 

今回、「Mohit Kumar」氏が行ったのは、「ホモグラフ攻撃」の進化版と言われています。

 

本来、「ホモグラフ攻撃」は、もっとシンプルで、例えば、下記のような偽装となるそうです。

 

ケース1:https://www.apple.com     → https://www.appie.com      「l」と「i」

ケース2:https://www.google.com/  → https://www.G0OGLE.com/   「O」と「0(ゼロ)」

ケース3:https://www.microsoft.com/  → https://www.rnicrosoft.com/ 「m」と「r / n」

 

ケース1は、英小文字「l(エル)」を英小文字「i(アイ)」で偽装し、ケース2は、英大文字「O(オー)」を数字「0(ゼロ)」で偽装、ケース3は、英小文字「r(アール)」と「n(エヌ)を連続させて「m(エム)」に見せかけて偽装しています。

 

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このように、通常は、よく見れば、人間の目でも、何とか偽造を見破れるのですが、先の「Mohit Kumar」氏の「ホモグラフ攻撃」は、(使用ブラウザによっては)人間の目では判別不可能です。

 

この「ホモグラフ攻撃」」は、前述の通り、進化型の「ホモグラフ攻撃」で、文字コードを悪用した攻撃です。

 

Webブラウザでは、通常、文字コードとして「Unicode(ユニコード)」が使われていますが、この文字コードとは別に「Punycode(ピュニコード)」と言う文字コードも存在します。

 

Punycode」とは、詳しく説明すると、かなり複雑な説明になってしまいますので、今回は簡単に説明しますが、現在、インターネットでは、日本語のドメインも使用可能となっています。

 

ところが、ドメインを管理するサーバー(DNSサーバー)では、日本語を、そのまま使用することは不可能となっています。

 

このため、英数字以外の言語で入力された文字列を、DNSサーバーで取り扱う事が出来るように、日本語のドメイン名を英数字コードに変換する必要があり、その際に使用する文字コードが「Punycode」となっています。

 

例えば、弊社のドメイン名を日本語ドメインで使用する場合、次のように日本語ドメインが「Punycode」に変換されます。

 

日本語「エムシステム」 → Punycode「xn--ick4ag6c5gd」

 

そこで、問題の「Mohit Kumar」氏の「ホモグラフ攻撃」ですが、このケースでは、次のように「Punycode」に変換されます。

 

Punycodehttps://www.xn--80ak6aa92e.com」 → Unicodehttps://www.аррӏе.com」

 

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現在、多くのブラウザでは、前述の進化型ホモグラフ攻撃にも対応しており、私が確認した所では、下記ブラウザでは、URL欄に「https://www.xn--80ak6aa92e.com」と入力しても、ちゃんと「Punycode(ピュニコード)」そのものが表示されるようになっているようです。

 

   Chrome

・Edge

Opera

Safari

Firefox

 

但し、ChromeFirefoxでも、古いバージョンでは、この「進化型ホモグラフ攻撃」に対応していませんので、早急に最新版にアップデートする事をお勧めします。

 

なお、古いバージョンでも、あるコマンドを入力する事で、Punycodeの自動変換をOFFにして、偽装サイトか否かを区別する事が出来るように、ユーザー側で対応策を打つことは可能な様ですが、それならば最新版にアップデートした方が簡単だと思います。

 

ちなみに、ChromeFirefoxも、「Mohit Kumar」氏からの指摘を受け、この攻撃への対応を行った事が記録されているようです。

 

 

 

マルウェア「Stuxnet」の脅威

    次は、過去にも本ブログでも過去に紹介したマルウェア「Stuxnet(スタックスネット)」の脅威を取り上げたいと思います。

 

本ブログでは、下記2つの記事で、このマルウェア「Stuxnet」を取り上げて紹介しています。

 

【 過去ブログ 】

IoT ~ 日本復活か ? それとも破滅か ?

新種のサイバー攻撃に備える ~ 感染したらもうお終い その2

 

このマルウェア「Stuxnet」に関しては、確認は取れてはいないですし、当事者も(当然)認めていないのですが、その筋の方々の話では、アメリカの「国家安全保障局(NSA)」とイスラエル参謀本部諜報局の情報収集部門の一部署「8200部隊」が共同で開発してイランの核施設を攻撃したと言う話が伝わっています。

 

この攻撃では、USBメモリマルウェア「Stuxnet」を仕込み、このUSBを、インターネットから隔離されたウラン濃縮のために使用する遠心分離機の制御装置に接続させることで、マルウェアを感染させたと言われています。

 

マルウェア「Stuxnet」に感染した制御装置は、遠心分離機の回転速度を急激に早めることで、大量の遠心分離機を破壊し、最終的に、イランの核開発を大幅に遅らせる事が出来たと言われています。

 

イランの核施設を攻撃したマルウェア「Stuxnet」に関しては、様々な実行条件を付加し、このイランの核施設の環境でしかマルウェアが動作しないような仕組みになっていた事が明らかになっています。

 

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    そして、このマルウェア「Stuxnet」は、Windows OSの脆弱性を攻撃する仕組みとなっており、この攻撃では、「Windows Shell(シェル)」に存在した脆弱性を攻撃しています。

 

この脆弱性は、今を遡ること約9年、2010年8月に検出され、「CVE-2010-2568」と言う番号で管理されており、修正パッチ番号「MS10-046」を適用する事で修正することが出来ます。

 

そして、この脆弱性ですが、下記のWindows OSに存在しています。

 

・PCの場合      : Windows XPWindows Vista、およびWindows 7

・Serverの場合  : Windows Server 2003、および2008

 

 

他方、マルウェアの攻撃対象が、「Windows Shell(シェル)の脆弱性」と言うことですが、これは・・・説明するのが難しいのですが、「Shell」とは、Windows OSを制御するための一種のコマンドです。

 

今回のケースでは、この「Shell」と言うコマンドの処理が不完全だったためにOSに脆弱性が生まれてしまい、犯罪者に、脆弱性を攻撃する機会を与えてしまった事になります。

 

このため、犯罪者が、この不完全さ(脆弱性)を悪用する攻撃用プログラムを埋め込んだWebサイトを作成し、ユーザーが、そのサイトを閲覧すると、犯罪者が、このユーザーのPCを制御できるようになってしまうと言うものです。

 

犯罪者が、社員の1台のPCを掌握してしまえば、その1台のPCを踏み台にして、次のような攻撃を仕掛ける事が可能になります。

 

・社内LANを経由して他のPCにも感染を拡げる

・社内の機密情報にアクセスして情報を盗み出す

・機密データを改ざんしたり、消去したりする

・取引会社にもマルウェアの感染を拡げる

 

社内に潜り込む事さえ出来れば、後は、犯罪者の意のままになってしまいます。

 

この修正パッチ「MS10-046」に関しては、詳しくは、Microsoft社が提供する下記情報をご覧下さい。

https://docs.microsoft.com/ja-jp/security-updates/securityadvisories/2010/2286198

 

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『 何だ~、攻撃対象は、古いOSばかりじゃん !! 』と思うのが当然ですが、未だに、この攻撃が猛威を振るっているそうです。

 

例えば、社内のPCのほぼ全て、95%が「Windows 10」に切り替わっていても、残りの5%で、まだ「Windows 7」を使っており、かつ該当の修正パッチ「MS10-046」を適用していない場合、社内には、5%の攻撃リスクが残っている事になります。

 

さらに、「IoT」機器や、工場等で使っている各種制御用のWindows OSは、未だに「Windows XP」とか「Windows Vista」を平気で使っています。

 

さらに、「Windows XP」や「Windows Vista」は、とっくの昔に、Microsoft社のサポート対象OSから除外されていますので、自動的に修正パッチも適用される事もありません。

 

利用者が、自ら修正パッチを探し出して、個々のPCに修正パッチを適用しなければならないのですが・・・

 

未だに、このようなサポート切れのPCを使っている、俗に言う「ITリテラシーの低い」会社において、このような面倒な作業を行うはずもありません。

 

このため、10年近く前に発見され、とっくの昔に修正用パッチが配布されているにも関わらず、いまだにマルウェア「Stuxnet」の攻撃は無くならないのです。

 

その上、このマルウェア「Stuxnet」には、数多くの亜種も確認されているので、余計にタチが悪い状況になってしまっているそうです。

 

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    元々、このマルウェア「Stuxnet」は、前述の通り、アメリカとイスラエルの非常に優秀な技術者が開発して生み出しているので、言葉は悪いですが、非常に高性能なマルウェアとなっています。

 

オリジナルの「Stuxnet」は、イランの核施設のみを攻撃対象にしていたので、自己複製機能は持ち合わせていなかったと考えられています。

 

しかし、その後に発生した「亜種」には複製機能が付け加えられたために、脆弱なネットワーク内を移動しながら、他のデバイスを攻撃し続けるようになってしまったそうです。

 

そして問題なのが、前に指摘した通り「IoT」機器と産業用制御システム、それと監視制御システムです。

 

これらのIT機器は、通常のPCとは異なり、最初から、非常に長期間の利用を想定して導入されているために、古いWindows OSが、サポート期間が終了した後でも平気で使われています。

 

他方、Microsoft社は、アメリカ軍や連邦政府のように、特別な料金を支払わない限り、サポート切れのOS用には更新プログラムは提供しません。

 

このため、「IoT」機器、産業用制御システム、あるいは監視制御システムに「Stuxnet」が感染すると、このマルウェアは、何年でも潜伏したままの状況となります。

 

そして、このIT機器に、誰かが別のPCを接続したとたん、自己複製機能を活性化して感染を拡げる事になります。

 

本当にウイルスと同じです。

 

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  マルウェア「Stuxnet」は、何度も紹介する通り、イラン核施設攻撃用のサイバー兵器として開発されたのですが、これを「NSA」から盗み出したのが「Shadow Brokers」と呼ばれているグループです。

 

そして、この「Shadow Brokers」は、実は、別のランサムウェア「WannaCry(ワナクライ)」を、同じく「NSA」から盗み出してリークしたハッカーグループでもあります。

 

ランサムウェア「WannaCry」に関しては、下記の過去ブログで紹介しています。

 

【 過去ブログ 】

新種のサイバー攻撃に備える ~ 感染したらもうお終い その1

セキュリティ・ソフトウェアのアレコレ ~ ソフトに無理を求めるな !

 

ランサムウェア「WannaCry」は、2017年5月頃から世界中に拡散し、多くの企業や政府を恐怖に陥れましたが、これも「NSA」から盗み出された下記2個のサイバー攻撃用ツールをベースに開発されていたとされています。

 

・EternalBlue :「Windows SMB1.0(SMBv1)」が特定リクエストを処理する際のセキュリティ上の欠陥

・DoublePulsar :NSAが開発したバックドアツール

 

しかし、これまで、本ブログでは、マルウェアを開発したのが「NSA」としていますが、本当は、別のハッカー集団「Equation Group(イクエーション・グループ)」と言うグループが開発したと言われています。

 

つまり、「Equation Group」とは、「NSA」の一部門と言うことです。

 

このハッカー集団「The Equation Group」に関しては、2015年、セキュリティ企業「Kaspersky」が、このグループの存在を明らかにしましたが、少なくても、2001年には、既に活動を開始していたと考えられており、現在では、世界で最も高度な知識を持つハッカーグループとされています。

 

「Equation Group」=「NSA」と言う確たる証拠は無いのですが、余りにも高度な技術を持ち過ぎているため、ここまで高度な技術を持つのは「NSA」以外に考えられないと言うのが、その理由となっているそうです。

 

ちなみに、この「Equation Group」が開発したマルウェア「nls_933w.dll」と言うプラグインは、感染するとハードドライブ内のファームウェアを再プログラミングする機能を保持しており、何より恐ろしいのは、検知がほぼ不可能で、かつディスクをフォーマットしても生き残り、さらにOSを再インストールしても消し去る事が出来ないのだそうです。

 

前述のカスペルスキー社のディレクター「Costin Raiu」氏は、自身のPCが「nls_933w.dll」に感染した可能性がありそうなら、もはやハードドライブを破壊するしか対応策は無いと言っています。

 

本当に「どんだけ~!!」と言う感じです。

  

 

スパイウェア「XKeyscore」と「MALLARD」

 次は、ウイルスの話ではなく、またもや「NSA(National Security Agency)」が使っていた上記2個のスパイウェアの情報を紹介します。

 

・XKeyscore :インターネット上のデータ検索分析システム

・MALLARD  :ネットワーク通信傍受システム

・PRISM    :アメリカの大手ネットワーク・プロバイダーのデータ監視

・Echelon  :軍事目的の通信(各種信号/電磁波/通信)傍受システム

 

参考までに、前章で紹介した「PRISM」や後で登場する「Echelon(エシュロン)」も記載しましたが、まあ、どれも似たような監視システムです。

 

規模で比較すると、「XKeyscore」が、一番大規模な仕組みのような感じがします。

 

「XKeyscore」システムは、個人名を入力すると、関連する個人のメール記録、電話通話記録、ネット閲覧記録を検索出来ますし、該当者のPCやスマートフォンにもアクセスして盗聴や盗撮までも行えるシステムと言われています。

 

もう、この監視システムは、「何でもござれ」的な監視システムで、アメリカと同盟関係にある一部の国に設置された700以上のサーバーの支援を受けて稼働し、1日に20テラバイト以上のデータを取得することが出来ると報告されているようです。

 

テラバイト(terabyte)とは、1兆990億(1,099,511,627,776)バイトとなり、写真が1枚5MBだとすると、約22万枚分の容量となります。

 

他方、「MALLARD」は、1時間当たり、50万回のネットワーク通信を傍受することが出来るシステムとなっているそうです。

 

そして、その分析結果によると、50万件の内、サイバー攻撃に関係するデータは、1件だけだったと暴露されています。

 

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 ところで、今回紹介したスパイウェア「XKeyscore(エックスキースコア)」と「MALLARD(マラード)」ですが、実は、この情報も元CIA(Central Intelligence Agency)職員だった「エドワード・ジョセフ・スノーデン(Edward Joseph Snowden)」氏が暴露した情報となっています。

 

この「スノーデン」氏は、数多くの機密情報を暴露しており、先の「PRISM」によるデータ監視の件も、彼が暴露した情報です。

 

そして、今回、スノーデン氏は、次の情報を、新たに暴露しました。俗に言う「スノーデンの日本ファイル」です。

 

・日本の「防衛省情報本部電波部(DFS)」とNSAは密接な協力関係にある

・しかし、日本は、アメリカにとって主要なパートナーではなく「サードパーティ」扱いである

・トップは当然アメリカで、セカンドパーティーには、イギリス、カナダ、オーストリアニュージーランドで、アメリカを含め、これら5カ国を「ファイブアイズ」と呼んでいる

・日本にも「MALLARD」の施設があり、それは福岡県にある「自衛隊太刀洗通信所」である

NSAとDFSは、日本で「MALLARD」を共同運営して通信を監視している

・日本政府はネットワーク通信傍受システムの構築を図っており、その中心は「内閣情報調査室」、俗に言う「内調」である

・「内調」のトップ「北村内閣情報官」が、NSAを訪れ協議を行っている

自衛隊は、自衛隊イラク派遣に反対する動きを監視するため一般市民までも監視対象としている

青森県三沢の米軍施設では「エシュロン(Echelon)」が運用されており、「9.11」直後、電話で「ビン・ラディン」等と言うと雑音が入った

アメリカの防諜活動を支援するために日本政府は経費負担を行っておりその原資は税金である

・日本にも「XKeyscore」が提供されている

・内調は、安倍首相の選挙対策のため、「XKeyscore」を用いて対立候補の情報を収集していた

大韓航空機撃墜事件では、日本が傍受したソ連の通信記録を、アメリカが国連に提出した。これにより、それ以降、日本ではソ連の通信傍受が困難になった

・日本が捕鯨活動を再開するための準備データがアメリカによって傍受され、得られたデータが反捕鯨国に渡されていた

 

以上が、日本ファイルの概要になりますが・・・日本でNSAの監視ツール「MALLARD」や「Echelon」、さらには「XKeyscore」までもが運用されている事が明らかになりました。

 

しかし、その半面、逆に、日本もNSAに監視されていたとは、何とも情けない話です。

 

これらの情報は、2018年5月31日(木)の「NHKスペシャル」で報じられたスクープ情報です。

 

この番組は、その後、各方面に影響を及ぼし、番組放送後、防衛省に対して、「MALLARD」に関する情報公開請求が行われたようです。

 

その結果は・・・当然の事ながら、情報不開示となったのですが、情報不開示となった事に対して審査会が開かれ、不開示の妥当性が審議されていますし、さらに不開示の取り消しを求める請求もあったようですが、結局、情報は公開されずじまいです。

 

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 何とも凄まじい情報戦争が行われていたようですが、日本国民は、全くの他人事、「上の空」状態です。

 

もう少し事態を深刻に受け止めるべきだと思います。

 

特に、アメリカに日本が監視されていたと言う点と、「XKeyscore」が首相の選挙戦で使われていたと言う点には恐怖を感じます。

 

今後、アメリカとは二国間の貿易協議を開催する事が決まっていますので、その協議のために「XKeyscore」や、その他監視ツールが使われると、機密情報が「筒抜け」になってしまいます。

 

先に挙げた2007年の「IWC(国際捕鯨委員会)」総会の件では、日本が総会のために用意したシナリオが、反捕鯨国であり、かつ「ファイブアイズ」のメンバーであるニュージーランドに事前に漏れていた事で、日本の立場が悪くなった事が明らかになっています。

 

その結果、「IWC」における日本の立場は悪化を辿り、とうとう2018年12月26日、日本政府は、「IWC」から脱退し、日本の領海と「EEZ(排他的経済水域)」内での商業捕鯨を、2019年7月から再開する事となってしまいました。

 

アメリカとの二国間協議でも、このような情報漏洩が起きないよう、細心の注意を払う必要があります。

 

と言っても、「XKeyscore」から逃れる手段ってあるのでしょうか ?

 

 

それと、「XKeyscore」が、安倍首相の個人目的のために使われたと言う点も非常に問題だと思います。

 

「内調」は、この事実を否定していますが、「内閣」と言う組織が関わっているので、疑わしいグレーと言うか、ほぼ真っ黒、確信犯だと思います。

 

一度、私用で監視ツールを使ってしまうと、もう歯止めが効かなくなります。

 

また、イラク派兵問題に関しても、防衛省が一般市民を監視すると言う事態も起きています。

 

もはや、日本においては、自衛隊文民統制(シビリアンコントロール)は、有名無実化してしまったのでは無いかと危惧しなければならない状況になりつつあるのかもしれません。

 

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 自衛隊で諜報活動を行うのは、「陸上幕僚監部第二部別室」、あるいは「陸上幕僚監部第二部」、俗に「陸幕二部」と呼ばれ、現在では、「陸上幕僚監部運用支援・情報部別班」、あるいは「別班」と呼ばれる組織です。

 

このため、通常、日本における諜報活動は、先の「内調」と「陸幕二部」が行っていることは、周知の事実でした。

 

ところが、2018年10月に発売された【 自衛隊の闇組織 秘密情報部隊「別班」の正体 】と言う本では、とんでも事が暴露されています。

 

この本は、共同通信編集委員の「石井 暁」氏が書いた本なのですが、その中で、上記「別班(旧・陸幕二部)」が、国内のみならず、身分を偽装して海外で諜報活動を行っており、この活動に関しては、防衛大臣や首相には報告されていない、と言う事実が書かれています。

 

この活動は、第二次世界大戦後、冷戦時代(1947年~1991年)から、首相や防衛大臣に知らされず、独断でロシア、中国、韓国、そして東欧に活動拠点を設け、ビジネスマン等に身分を偽装した自衛官が、諜報活動を行っていたそうです。

 

陸幕の情報本部長経験者の話では、別班は「DIT(Defense Intelligence Team/防衛情報チーム)」とも呼ばれ、数十人存在するメンバーは、全員、陸自小平学校「心理戦防諜課程」の卒業者とされています。

 

 そして、この課程は、戦時中に、防諜活動を行っていた「陸軍中野学校」の後継課程とされているそうです。

 

活動報告は、情報の出所を明示しない形で、陸上幕僚長と本部長にのみ報告される体系となっているそうです。

 

この件に関して、石井氏は、防衛省陸自に問合せたそうですが、当然、どちらも「別班」の存在自体を認めていないそうです。

 

また、当時の小野寺防衛相にインタビューした際には、『 陸幕長に過去と今、そのような機関があるのかという確認をしたが、ないという話があった。 』と回答した上で、さらに『 長くても2年ぐらいしかいない大臣になんて言うはずがない。そういうことかなあ。 』と言う一言を口にしたとも記載されています。

 

 自衛隊法には、【 自衛隊文民である首相や防衛相が指揮監督する】、と明記 されていますが、やはり、日本は、当初から「文民統制(シビリアンコントロール)」が効かない国なのだと言うことを、改めて認識しました。

 

このような事をブログに書くと、私も、「XKeyscore」の監視対象になってしまうのかもしれません。

  

マルウェアと戦う善玉ワーム「Hajime」

 本ブログの最後は、ちょっと面白い話題を紹介します。

 

2016年9月から10月に掛けて、セキュリティ対策が手薄な「IoT機器」を踏み台にした、史上最大級と言われる「DDoS攻撃」が行われました。

 

DDos攻撃」とは、 『 Distributed Denial of Service attack 』の略で、日本語では、『 分散型サービス妨害攻撃 』と翻訳されている攻撃で、サーバーに大量データを送りつけることで、サーバーの処理能力をオーバーさせて、サーバーをダウンさせる攻撃です。

 

この攻撃では、次のサイトが攻撃対象となり、欧米のサイトは、一時恐怖に見舞われました。

 

アメリカのセキュリティ情報サイト「Krebs on Security」 :攻撃規模「620Gbps」

・フランスのインターネットサービスプロバイダー「OVH」   :攻撃規模「1.5Tbps」

アメリカのDNSサーバープロバイダの「Dyn(ダイン)」    :攻撃規模「1.2Tbps」

 

攻撃規模ですが、「Gbps」とか「Tbps」と言う表現になっていますが、それは下記の通りです。

 

・Gbps :Giga Bytes per Second/1秒当たりのギガバイト

・Tbps :Tera Bytes per Second/1秒当たりのテラバイト

 

つまり、1秒間当たり1テラバイトのデータが、Webサイトのサーバーに送りつけられた事を意味しています。1秒間に、これほど大量のデータを送りつけられたら、どんなに処理能力が高いサーバーでも瞬時にダウンしてしまうと思われます。

 

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  そして、その時に使用されたマルウェアが、日本のアニメ「未来日記」から名前を取った「Mirai」と言うマルウェアです。

 

   このマルウェア「Mirai」を開発した人物は、当初、「Anna-senpai(アンナ先輩)」と言うハンドルネームを名乗っていましたが、実際には、下記2名の人物です。

 

・Paras Jha(21歳)

・Josiah White(20歳)

 

この2名は、「Protraf Solutions LLC」と言うDDoS攻撃を沈静化させるサービスを提供していた会社の共同経営者だったそうです。

 

つまり、自分達でDDoS攻撃を仕掛け、それを沈静化させることで利益を上げていたことになりますので、まるで、放火犯と消防士が一体化したサービスを提供していた事になります。

 

全く、悪知恵が働くと言うか、何と言うか・・・ビジネスモデルとしては美味い考え方かもしれませんが、罪まで犯してビジネスを成立させるのは、許されない行為だと思います。

 

そして、2017年12月13日、上記2名に、もう一人「Dalton Norman(21歳)」という人物も加えて、これら3名に対して、司法省が有罪判決を下したと発表されています。

 

これで、マルウェア「Mirai」の攻撃は収まるかと思いきや、何と「アンナ先輩」は、「Krebs on Security」を攻撃した数日後、2016年の9月中に「Mirai」のソースコードを公開してしまったのです。

 

このため、全世界にマルウェア「Mirai」の亜種が拡散してしまい、もはや手が付けられない状況、カオスとなってしまったそうです。

 

 ヨーロッパでも、この「Mirai」の亜種による攻撃が発生し、ドイツ・テレコムやイギリスのプロバイダーが攻撃されたようです。

 

ちなみに、「アンナ先輩」は、日本のアニメが好きな「アニオタ(アニメオタク)」だったようで、前述の通り、マルウェアの名前は日本のアニメです。

 

・Mirai      :アニメ「未来日記

・アンナ先輩  :アニメ「下ネタという概念が存在しない退屈な世界」に登場する「アンナ・錦ノ宮」

 

そして、かれら3名は、クリック詐欺も行っていた事も判明していますの、詐欺に関しては、懲役5年/250,000ドルの罰金、ソースコードの公開に関しては、5年以下の懲役/250,000ドルの罰金、および執行猶予3年と言う判決が下されています。

 

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全く、トンデモナイ事をしでかした2名ですが、このマルウェア「Mirai」の登場と時を同じくして、「Mirai」に似た別のマルウェア「Hajime」が、セキュリティ企業「Rapidity Networks」によって発見されています。

 

この「Hajime」は、「Mirai」に遅れる事1ヶ月、2016年10月頃に発見され、2017年春には、数十万台にまで感染を広げている事が確認されていたそうです。

 

マルウェア「Hajime」も、「Mirai」同様、Telnetポートが開かれ、デフォルトのパスワードを使っている無防備なIoTデバイスを通じて拡散しデバイスにログインします。

 

その後、デバイスに感染すると、複数の段階を経て実行プロセスを覆い隠し、ファイルシステム上に自らのファイルを隠す処理を行うので、「Mirai」よりもステルス性と先進性が高いと評価されているそうです。

 

  

 

 

そして、「Mirai」との大きな違いは、「Hajime」は、「DDoS攻撃」等は一切行わず、その代りに、次のメッセージを10分毎に表示するだけなのだそうです。

 

→ 『 Just a white hat, securing some systems(システム保護をめざす、善意のハッカー) 』

 

さらに「Hajime」は、その言葉通り、IoT機器に感染すると、「Mirai」が侵入を試みる、該当デバイスの23、7547、5555、および5358番ポートへのアクセスをブロックすることで、機器のセキュリティを強化しているそうです。

 

現時点でも、「Hajime」が、本当に「善玉ハッカー」か否かの確認は取れていないものの、その可能性はあると言う点で、専門家の意見は一致しているそうです。

 

但し、「Hajime」は、モジュール形式のプログラムなので、何時でも新機能を追加したり、あるいは処理を変更したりすることが可能となっているので、将来に渡り「善玉」でいるか否かは、作者以外、誰にも解らないとされています。

 

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さらに「Hajime」とは別に、やはり「Mirai」の侵入を防ぐ「BrickerBot」と言うマルウェアも発見されています。

 

このマルウェア「BrickerBot」も、「Mirai」や「Hajime」同様、初期設定のアカウントとパスワードを利用したブルートフォース(総当り)攻撃によってIoT機器に接続します。

 

ところが、マルウェア「BrickerBot」が「Hajime」と異なるのは、感染したIoT機器のストレージを破壊することによって、そのデバイスを恒久的なサービス妨害状態に陥れ、使い物にならなくしてしまう点です。

 

   

 

 

また、詳しい説明は省略しますが、マルウェア「BrickerBot」には、バージョン1~4まで存在する事が確認されているようです。

 

ところで、こちらのマルウェア「BrickerBot」に関しては、作者とコンタクトが取れ、取材も行われたようです。

 

この「BrickerBot」の作者は、ハンドルネーム「Janit0r」と名乗り、コンピュータヘルプサイト「Bleeping Computer」の取材に対して、マルウェアの作成意図を次のように語っています。

 

『 IoT機器のセキュリティ騒動は、セキュリティの知識が十分にないメーカーが、セキュリティの知識がまったくないユーザー向けに、パワフルなネット常時接続端末を開発していることに原因がある。ネットで市販のIoT機器を見てみたが、工場出荷時とほぼ同じ状態で使われているものが大半だ。 [中略]

 

例えば、Avtech製の防犯カメラ10台のうち9台は「admin/admin」というデフォルト設定のままで使われていた! 自動車や工具だったら即販売停止になるレベルだ。IoT機器だけ特別扱いなんておかしい。昨年のインターネットの惨状を見た後ではもう誰も、セキュリティの弱いIoT機器に問題がないなんて言えないはずだ。 [中略]

 

このプロジェクトのことは自分では「インターネットの化学療法」だと思っている。自分の役目はさしずめ(『ドクター・フー』の)「ザ・ドクター」だ。化学療法なんてきついもの健常者にすすめる医者はいない。しかしネットの病状は2016年第3四半期、第4四半期に進行し、普通の治療では立ちゆかなくなった。重篤な副作用も出るには出るが、DDoSに駆り出されるボットネットが数百万台規模ともなれば、放置するわけにもいかない。本当はもっとうまい方法で再発に対処できればいいのだけど。

 

自分の目的はDDoS攻撃に使われるゾンビのIoT機器の数を管理可能な数に抑えることともうひとつ、問題意識の向上を図ることにある。IoT問題はみんなが考えている以上に深刻な問題なんだ。ぞっとする話もいくつか知っている。 』

 

まあ、確かに、IoT機器が危ないと言うのは、私も3年位前から感じており、弊社過去ブログでも、その危険性を紹介しています。

 

★過去ブログ:IoT ~ 日本復活か ? それとも破滅か ?

 

   しかし、だからと言って、人様の持ち物を勝手に破壊するのは犯罪です。これでは、環境テロ集団「グリンピース」や「シー・シェパード」と同じです。

 

このような過激な行動を取る人物は、自分を神か何かと勘違いしているフシがありますが、困ったモノです。

 

しかし、これら「Hajime」や「BrickerBot」は、まだ前述の最強のマルウェア「Stuxnet」には及ばないようで、機器を再起動すればメモリ上のマルウェアは消えて無くなってしまうそうです。

 

やはり、本当にIoT機器のセキュリティを強化するのであれば、ファームウェア自体を修正するしか対応策は無いと思われます。

 

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今回は、「進化し続けるサイバー攻撃 - サイバー空間は悪者ばかり ?」と題して、次のような情報を紹介しましたが如何でしたか ?

 

 

しかし・・・いつも言っていますが、本当に、犯罪者は、「よくそんな事まで考えるよな~」的な事を実行します。

 

文字コードを悪用したり、HDDをフォーマットしても生き残ったり・・・一体、どうすれば、そんな事を思いつくのか ?  本当に頭が良いのか ? それとも考え方が普通とは異なるのか ?  凡人の私には、全く理解出来ません。

 

「XKeyscore」と「MALLARD」も同樣です。本当に、よくもまあ、こんな監視プログラムを作ったものです。

 

そして、日本国内でも「XKeyscore」や「MALLARD」が使われているとは・・・これも驚きでした。

 

アメリカの映画では、NSAが、監視衛星や人工知能を駆使して、一般市民を監視するストーリーはよく見られますが、まさか日本でも同様の事が行われているとは思いもよりませんでした。

 

2018年11月には、日本政府は、日本版の衛星利用測位システム(GPS/Global Positioning System)を担う衛星「みちびき」を4基打ち上げて本番稼働を開始しました。

 

日本でも「XKeyscore」が運用されているとすれば、恐らく、この衛星にも何らかの監視ツールが組み込まれているのだと思われます。

 

その半面、日本もアメリカから監視され、数多くの情報が、日本以外の「ファイブアイズ」に伝えられていたとは・・・何とも恥ずかしい限りです。

 

日本には、数多くの米軍施設があり、その中でも、青森県三沢基地で「Echelon」が運用されているのは、既に、10年以上も前から周知の事実となっています。

 

このため、赤坂にあるアメリカ大使館を始め、三沢基地以外にも、何らかの監視ツールが運用されているとは思っていましたが、全て「筒抜け」状態にあるとは思いもよりませんでした。

 

やはり日本人は、戦後は、ぬるま湯の中で暮らす、「茹でガエル」状態だったのだと、改めて気が付かされました。

 

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それにしても、マルウェアスパイウェア・・・サイバー空間は「悪者」だらけです。

 

まあ、「Hajime」や「BrickerBot」は、一見「善玉」に見えるかもしれませんが、「BrickerBot」は、客観的に見れば、他者の所有物を破壊している訳ですから犯罪者、「悪玉」です。

 

「Hajime」は、作者の意図が解りませんが、現状では「善玉」のように見られますが・・・何時キバを剥き出すか解らないので、その分だけ恐怖を感じます。

 

「Hajime」は、2017年当時、一時40万台以上感染したと見られていましたが、その後、感染数は減少し10万台まで減ったと思われていますので、現在は、数千~数万台規模に減少していると思われます。

 

そして、「BrickerBot」に関しては、感染数は確かでは無いようですが、一説では100万台とも200万台とも言われるIoT機器を破壊したと言われているようです。

 

もう、こうなるとサイバーテロと同じレベルです。何かを始めるのに、「思い込み」は必要ですが、こうなると、もはや手の付けようがありません。まさに、「狂信者」です。

 

今後も、サイバー空間は危険に満ちた空間になると思います。また、今後、サイバー空間は、さらに皆さんの身近な存在になって行きますので、常に注意しながらアクセスするようにして下さい。

 

それでは次回も宜しくお願いします。

 

以上

 

【画像・情報提供先】

Wikipedia(http://ja.wikipedia.org/)

NHKオンライン(https://www.nhk.or.jp/)

Targeted Individuals IN JAPAN(https://tiinjapan.wordpress.com/)

・ギズモード・ジャパン(https://www.gizmodo.jp/)

GIGAZINE(https://gigazine.net/)

・THE ZERO/ONE(https://the01.jp/)

 

 

 

 

奥州安倍氏の伝説 - 実は生き延びていた編(その2)

  前回のブログでは、「奥州安倍氏の伝説 - 実は生き延びていた編(その1)」と題して、「安倍伝説」に関して、次のような内容を紹介しました。

 

 

★過去ブログ:奥州安倍氏の伝説 - 実は生き延びていた編(その1)

 

その中では、北は岩手県から始まり、福島県山形県、長野県、群馬県京都府、そして福岡県と、「安倍氏」にまつわる伝説がある事が解りました。

 

  今回、「実は生きていた。」に焦点を当てたブログなのですが、私的には、京都府に伝わっている「安倍貞任がゾンビ(Zombie)になった。」と言う伝説が、非常に興味深かったです。

 

死体を切り刻んでも生き返って祟りをもたらすとは、本当に、ゾンビ以上の恐怖だと思います。

 

ゾンビは、映画では、クビを切り落とせば大人しくなりますが、「安倍貞任」は、それだけではダメだったようです。

 

また、「平 将門」や「崇徳天皇」も祟り神となったのですが、さすがに「ゾンビ化」はしなかったと思います。

 

日本において、「死体が生き返った」と言う伝説は、この「安倍貞任」以外、存在しないのでは無いでしょうか ?

 

イザナギ」は、死んだ妻「イザナミ」に会いに行きましたが、そこは死者が住む「黄泉国」ですから、「イザナミ」は生き返った訳ではありません。

 

死んだ後に祟りをもたらすケースは、上記、および前回も紹介した「平将門」、「崇徳天皇」、そして「菅原道真」等、数多くの「祟り神」は存在します。

 

しかし、死んでも生き返り、なおかつ祟をもたらす等、聞いたこともありません。

 

まるで「イエス・キリスト」のようです。しかし、念のために申し上げると、「キリスト」は、祟り神ではありませんが・・・

 

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さて、そんな最強の「安倍氏」に関してですが、今回は、「その2」として、「安倍宗任」のみが関わる伝説として、次の内容を紹介します。

 

 

 

 

まあ、「安倍宗任」は、戦死しておらず、当時としては異例の長生きで、77歳まで生きていたと伝わっていますので、今回のシリーズの主旨、「実は生きていた」とは少し異なりますが・・・

 

それでは今回も宜しくお願いします。

 

 

 

■「安倍宗任」とは

 

  貞任の弟「安倍宗任」は、何度も紹介している通り、岩手県胆沢郡金ケ崎にあったとされる「鳥海柵」の主とされていましたが、盛岡市「厨川柵」での敗戦後、「源 頼義/義家」親子に降伏し、都に連行されてしまいます。

 

そして、その後、伊予国に3年、次に筑前国宗像郡に配流され、水軍「松浦党」や「宗像氏」との間で重要な関係を築き、平安時代末「嘉承3年(1108年)」、77歳で死亡したとされています。

 

文武両道に秀でた武将とされ、平家物語には、都に連行され晒し者となっていた時に、都の貴族から、梅の花を指して「これは何か?」と嘲笑された際に、次のように答えたエピソードが記載されています。

 

『 わが国の 梅の花とは見つれども 大宮人はいかがいふらむ 』

 

  流された場所に関しては、上記の通り、伊予国筑前国と言うのが一般的なようですが、一説には、最初から筑前国と言う説もあるそうです。

 

何れにしろ、やはりカリスマ性を備えていたようで、流された先々で力を付け、そのため再流布されたと考えられています。

 

再流布先の宗像村(現:宗像市)では、大島(筑前大島)に拠点を作り、この地で、三男二女を設けたのち、77歳で没しています。

 

大島には、平成29 年(2017年)、世界遺産に登録されている宗像三社の一つ「中津宮」と、北側にある沖ノ島にある「沖津宮」を拝むための「沖津宮遥拝所」が存在しています。

 

宗像大社」と「宗像氏」に関しては、下記の過去ブログで、詳しく紹介していますので、そちらも合わせてご覧下さい。

 

★過去ブログ:早池峰信仰と瀬織津姫命 ~ 謎多き姫神に触れる その5

 

そして、「安倍宗任」の息子達も優れた才能を備えていたようで、中には、後世に名を残す人物もいたようです。

 

  ・長男「宗良(むねよし)」の家系

大島太郎・安倍権頭として、大島の統領を継ぐ。子孫は、九州の剣豪となり、その後、九州の氏族「秋月氏」に仕え、「安倍立剣道」と言う流派の開祖(安倍頼任)となった。ちなみに、「秋月氏」は、鎌倉時代から現在まで続く歴史ある一族である。

 

・三男「季任(すえとう)」の家系

肥前国松浦に渡り、水軍「松浦党」の娘婿となり、「松浦三郎大夫実任」と名乗った。その子孫「松浦高俊」は、「平清盛」の側近となり水軍を率いて活躍した。

 

 

さて、このような「安倍宗任」ですが、「実は生きていた」ではなく、本当に生きていた訳ですから、これも本ブログの趣旨からは、少し話が逸れてしまいます。

 

しかし、実際には「安倍宗任」が訪れていない地に、様々な異なる伝説が残されている事は、非常に興味深いと思います。

 

 


 

■母子石の伝説(塩竈市)

 

  江戸時代後期「文政5年(1822年)」に、仙台の儒学者舟山萬年」の記した「鹽松勝譜(えんしょうしょうふ)」と言う地誌に、宮城県塩竈市の「母子石」伝説が記載されています。

 

【 鹽松勝譜 】

母子澤 坪浦赤坂ノ西南ニアリ石ハ大サ八九尺アリテ。上ニ大小二足跡アリ。土人レヲ母子石ト名ツク。傳ヘ曰ク。古安倍宗任己ニ擒セラレ。

 

多賀城ニアリ。其妻一兒ヲ携ヘテ玆ニ流落スルヤ。徒行素跣流血淋漓シ。足跡石ニ痕ス。人見テ之ヲ哀ミ。此石ニ就テ石浮圖ヲ建テ。其血痕ヲ鐫ム。後浮圖破壊シテ獨リ此石ヲ存ス。

 

 【 現代語訳 】

坪浦赤坂の西南にある母子澤にある石は、大きさ約9尺ある。その上には、大小2つの足跡が残っている。

 

地元の人達は、これを「母子石」と名付けている。

 

言い伝えによると、前九年の役において投降した安倍宗任多賀城に囚われていた。

 

そのとき、宗任夫人が一児を連れて夫に会わんとこの地を彷徨い続けたようで、その際、裸足であったがために足が血まみれになり、件の石にもその血痕が残っていたとのことです。

 

  これを憐れんだ人々は足形に残っていた血痕を型どおりに彫り、傍らに石造りの卒塔婆を立てたのだそうです。ただ、後に卒塔婆は壊れてしまい、いわゆる母子石のみが残ったのだそうです。

 

但し、この石碑や足跡には、次の異なる言い伝えも残っているようです。

 

・人柱伝説(鹽竈神社)

  2005年(平成6年)6月に出版された「鹽竈神社(押木耿介著)」によると、多賀城が完成間近になった時、征夷大将軍大野東人」は、人柱をたてて城の永久の護りにする事を決めたそうです。

 

そして、人柱に選ばれたのは、親子3名で暮らしている地元の男だったそうです。男性が人柱になる日、その妻と娘は、近くの石の上に佇み、いつまでも泣いていたそうです。

 

そして、泣き声が止んだ時、母と娘は、死んでしまっており、二人が立っていた石の上には、母娘の足跡が残されていたそうです。

 

この地域を「母子沢(ぼしさわ)」と言うのは、この「母子石」に由来しているそうです。

 

親子の愛情伝説(奥鹽地名集)

  2010年(平成11年)、東北学院大学経営学部の斎藤善之教授によって編纂され「NPOみなとしほがま」が出版した江戸時代の塩竈の歴史を著した「新釈奥鹽地名集」に、この伝説の説明が記載されています。

 

「新釈奥鹽地名集」とは、作者は不明ですが、江戸時代中期「寛政4年(1792年)」に出版された「奥鹽(おうえん)地名集」と言う地誌の新訳版で、そこには、この石に関しては、次のように紹介されています。

 

【 新釈 】

母子沢堤の東の方で、西向きの畑の中にある。母子の足跡のある石である。

 

伝えて言うには、昔、貧家で母によく仕える子があった。その子が七、八歳の頃、母が病で食事を摂らなくなると、子も食事を摂らず、昼夜離れず、寝食を忘れ介抱したけれども、母はついに亡くなってしまった。

 

子は(母を)慕い、別れを悲しむことは普通でなかった。その後も母が生きているかのように、母への孝行の限りを尽くしたという。

 

天も感ずることがあったのだろうか、母恋しの縁が自然に備わり、母子の足蹟が今、石の表面に現れている。母子沢というのも、この石による名と申し伝えている。

 

白菊町にある。石の表面に大小の足形がみえることから、古来より名石・奇石とされ、地元の信仰を集めてきた。

 

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ちなみに、塩竈市教育委員会では、これら複数の伝説から、「人柱伝説」を採用し、「母子石」の紹介看板には、前述の内容を記載しています。

 

 


 

■思惑(おもわく)橋の伝説(多賀城市)

  昭和60年(1985年)に、多賀城市史編纂委員会が出版した「多賀城市史」によると、多賀城市留ヶ谷の玉川に架かる「おもわくの橋」に関しては、次のように紹介しています。

 

【 郷土の伝承 】

留ヶ谷の玉川に架かる橋が「思惑橋」または「安倍待橋」とも呼ばれている。

 

  昔、「安倍貞任」がこの地を過ぎるとき、見染めた女に通うため渡った橋なのでこの名があり、「貞任」が残した騎馬の蹄の跡を渡る者が踏むと、必ず踏み抜いたという

 

【 塩松勝概 】

安倍宗任」が虜となって都へ送られるとき、その妻がこの地まで追ってきたがおよばず、橋の上で涙を流した。

 

多賀城市塩竈市は、隣り合った自治体ですので、両者で、「安倍宗任」の妻が関係する伝説があるのは、ちょっと興味深い点かもしれません。

 

 

 

 

■宗任が母と再開(山形県鶴岡市)

  前九年の役の際に、「安倍頼時」の妻、つまり「安倍宗任」の母は、少数の従者と共に衣川から落ち延びたそうです。

 

このため、「安倍宗任」が、落ち延びた母を探しに出かけ、鶴岡市金峰山の近くの山麓の庵で、母と再開することが出来たと言う話が、鶴岡市の黄金地区(旧:黄金村)に伝わっているそうです。

 

そして、その後、その山は「母狩(ほかり)山」と呼ばれるようになったと伝わっており、黄金地区には「阿部」の姓が多いと言われています。

 

まあ、「奥州安倍氏」の方の字は「安倍」ですが、こちらの字は「阿部」となっている点は、ちょっと気になるところです。

 

また、「母狩山(標高751m)」の北には、「安倍貞任/宗任」兄弟が、鎧を納めたと伝えられている「鎧が峰(標高566m)」と呼ばれている山もあるそうです。

 

無事に母と再開した「宗任」は、母を連れて安倍氏再興を試みようとしたのですが、母に断られたので再起を諦め、近くの峰に登り、洞窟(or 寺)の中に自らの鎧を奉納したと伝わっており、この、鎧を納めた山が「鎧が峰」と呼ばれているそうです。

 

  

 

 

安倍宗任の涙石(福島県いわき市)

  福島県いわき市勿来(なこそ)町には、「安倍宗任」が流した涙が石になったと言う伝説があるようです。

 

但し、この「涙石」に関しては、、趣旨が全く異なる、2つの話が地元に残っているようです。

 

 

●「悔し涙」説

前九年の役で、八幡太郎源義家に討たれた「安倍貞任」の家来、太郎と次郎は、主君の敵討ちをしようと、義家の陣中に忍び入ろうとしたそうです。

 

しかし、それを貞任の弟である「安倍宗任」に見つけられてしまった。

 

宗任は、2人の家来の一途な忠義心に強く感動しながらも、それが無益なことであることを涙ながらに訴え、敵討ちを思いとどまらせた。

 

その時、宗任が流した大粒の涙が、この大きな石になったのだという。

 

●「別れの涙」説

その昔、「勿来の関」と言われてた場所で、「安倍宗任」が、戦地に赴く「源 義家」を見送った時に流した涙が石になった。

 

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この石は、高さ、幅、奥行きは、ともに約2メートルで、石は大きくふたつに割れているとの事です。

 

しかし、「悔し涙」説の方は、嘘にしても、まだ納得できますが、「別れの涙」に関しては、全く理解出来ません。

 

何で、一族を滅ぼした「源 義家」との別れで泣くのでしょうか ? 嘘にも程があると思います。

 

 

 

 

■宗任神社(茨城県下妻市)

  茨城県下妻市には、「安倍宗任」と「安倍貞任」を御祭神とした「宗任神社」があります。

 

前回ブログでも、安倍兄弟を御祭神とする「阿部神社」を紹介しました。

 

「阿部神社」は、貞任が主祭神ですが、「宗任神社」は、名前の通り、宗任が主祭神なので、今回のブログの方に記載しました。

 

茨城県神社庁の解説によると、この神社の由緒は、次の通りとなっています。

 

 

縁起記には、前九年の役(1051~1062年)が終わってからの47年後となる、平安時代末「天仁2年(1109年)」に、安倍氏の臣「松本七郎秀則」、および息子「八郎秀元」が、亡君主「宗任」公の神託により、旧臣二十余名と共に公着用の青龍の甲胄・遺物を奉じて奥羽の鳥海山の麓から当地に来往して鎮齊した。

 

鎮座するにあたって宗任公の霊は、「天の道、人の道を行くを宗とする意味で宗道と地名を改めれば、人はすこやかに、地は栄えるようになるであろう」と告げる。以来この地は宗道となった。

 

鎌倉時代には、豊田三十三郷幸嶋十二郷の総社として多くの人々から信仰され、地方の豪族小田氏治・豊田将基なども信仰した。

 

江戸時代、三代将軍「家光公」より代々、朱印地五石を与えられる。本殿拝殿寛永年間に家光公より寄進。明治6年4月1日村社に列格。同12年村内大火のため類焼。同17年再建造営。

 

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この話は、まあ、伝説というよりは、「安倍宗任」ゆかりの神社の話と言う事になると思います。

 

史実によれば、「安倍宗任」は、この神社が創建される前年、嘉承3年(1108年)に亡くなっていますので、何となく辻褄は合っているような感じはします。

 

が、何故、茨城県なのでしょうか ? その点に違和感を覚えます。

 

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  次の伝説は、全て大分県に伝わっている伝説ですので、北から順に伝説を紹介します。

 

由布院市  :安倍宗任の三男「季任」起源の「熊群(くまむれ)神社」

大分市    :白木地区、安倍宗任の子孫「安倍貞観」が開いた「龍雲寺」

竹田市    :宗任は地元の娘と結婚。息子は鎌倉武将「緒方三郎惟栄」

豊後大野市 :これも地元の娘と結婚。息子は鎌倉武将「緒方三郎惟栄」

 

■熊群神社(大分県由布院市)

  この「熊群神社」は、修験道の道場として有名な神社で、「恐怖の鎖場」があるようです。

 

そして、「安倍宗任」の三男「季任(実任)」が創建した神社となっているようです。

 

「安倍季任」に関しては、本章の最初に説明した通り、後に松浦水軍の一員となる人物です。

 

それでは、この神社の由緒を紹介しますが、「安倍季任」は、この地に住んでいた事になっているようです。また、由緒に関しては、微妙に異なる二つの説があるようです。

 

【 由緒 その1 】

  奥州の乱で有名な安倍宗任の三男三郎実任。野畑村加倉に住し狩を楽しみとす。

 

或時、山上に熊の群れを発見。是を射んと近付けば皆逃げ去り、その跡に釈迦・弥陀、観音の三尊像あり。実任これを持ち帰り尊崇。或夜、実任の夢枕に老翁現れ、我は彦山大権現なりと告げる。

 

よって、実任、山上に三尊をまつり、熊群大権現の起源とする。

 

神社の九十九の石段は、鬼が一夜で築いたと云われています。又、この山は、天正十一年田北紹鉄、国東の田原氏と謀りて大友に反し戦った古戦場でもあります。

 

【 由緒 その2 】

武将安倍宗任の末子実任は、理由があって熊群山麓の鹿倉に住みつき、狩猟に明け暮れていました。

 

ある日、獲物を追って山深く分けいったところ、熊が群れている所に行きあたりました。不思議に思った実任は、熊を追い払って近づいてみました。すると岩の間に阿弥陀如来薬師如来観音菩薩の仏像三体があったのです。

 

その夜、実任の夢枕に英彦山大権現が現れ、仏像三体をまつるようにとの御告がありました。こうして実任が村人と力を合わせて建立したのが熊群権現社だといわれています。 

 

 

まあ、どちらも、「安倍宗任」とは、直接関係がありませんが、その息子が創建者と言うことで、今回紹介しました。

 

 


 

宝珠山龍雲寺(大分県大町市)

  次は、大分県大町市白木にある「宝珠山龍雲寺」を紹介します。

 

しかし・・・この寺の創建に関する由緒は沢山あり、どれが真実なのか解らない状況になっているようです。

 

真偽の程は別として、取り敢えず、その由緒を紹介します。

 

ちなみに、、この白木地区には、「安倍姓」を名乗る一族が沢山あり、自らを「奥州安倍氏」の子孫と考えてるようです。

 

また、この「龍雲寺」ですが、創建当初は、この寺号ではなく、「龍岸寺」と言う寺号だったと伝わっていますが、何故、寺号を変更したのかまでは解りませんでした。

 

【 安倍貞観説 】

  この龍雲寺は、一説によると、開始時期は曖昧となっている南北朝時代(1331~1394年)ですが、この南北朝時代に、「安倍宗任」の子孫と言われる「安倍貞観」と言う人物が、江州(近江)から一族を引き連れて豊後国白木に着いて定住して開山したと伝わっています。

 

但し、「奥州安倍氏」の家系に「安倍貞観」なる人物の名は見当たりません。

 

安倍宗任説 】

 

そして、もう一説は、「安倍宗任」が伊予国に流された後、豊後国に渡り、そして白木の地に辿り着き、兄「安倍貞任」を弔うために建立したのが龍雲寺であると言う説です。

 

安倍貞任の子説 】

  さらに・・・もう一つ別の説もありますが、これは・・・空想物語のような内容ですが、それを紹介すると次のような内容です。

 

「厨川柵」の戦いの折り、「安倍貞任」の家来「山田太郎貞矩」が、貞任の次男「千賀麿(当時3歳)」を連れて柵から逃れ、越後を超えて佐渡に渡り、その地の有力者「安田蔵人光定」に身を寄せた。

 

「安田光定」は、「千賀麿」を養子として迎え、名を「安田三郎貞言」と改めた。

 

「安田貞言」が15歳になった時、叔父「安倍宗任」が筑前国に居ることを知り、その地を訪れ再開した。

 

その後、「安倍宗任」の命を受け、豊後国に住んでいた宗任の三男「安倍季任(実任)」を訪ね、暫く「安倍季任」の世話になった後、白木に移り住み、雲龍寺を創建した。

 

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  今となっては、どの説が本当か、また全て嘘なのか等、全く解りましたが、とにかく現在では、雲龍寺内に、通称「貞任堂」と呼ばれる建物「心殿窟」があり、その中には、「安倍貞任/宗任」の兄弟の戒名が書かれた位牌や像が祀ってある、と言う事です。

 

戒名が書かれた位牌は、上の画像の通りですが、戒名は、次の通りです。

安倍貞任   :宝山院殿月心常観大居士

安倍宗任   :珠林院殿中峰円心大居士

 

どちらも、俗に言う「院号居士」となっていますので、位牌が作られた時代が南北朝時代だとすると、摂家、あるいは将軍家並の称号だと思います。

 

さらに、この位牌を納めてある仏壇の奥、紫の幕の中には、「安倍貞任」と伝わる木彫りの像が安置されています。但し、この像は、江戸時代中期、明和3年(1766年)に作成された物との事です。

 

こうなって来ると、どれも「眉にツバ」を付けたくなる話のように思えます。加えて、この雲龍寺の向かい側には、「天満社鬼神社」と言う珍しい名前の神社があり、そちらも「安倍宗任」の創建と伝わっていますので、こちらも紹介します。

 

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  最後に、「宝珠山龍雲寺」に関して、少し気になる点があったので書き加えて置きますと・・・

 

位牌の後ろ、「貞任」像を納めている厨子の扉に描かれている家紋は、「三つ鱗(うろこ)」と呼ばれる家紋で、「北条氏」が用いていた家紋です。

 

また、同じ「北条氏」でも三角形部分の形が、正三角形と二等辺三角形とで、家系が異なります。

 

・正三角形      :北条氏の家紋。北条氏は、伊豆国出身の豪族で鎌倉幕府の執権職を世襲した一族。別名「鎌倉北条氏」、あるいは「執権北条氏」

二等辺三角形   :後北条氏の家紋。後北条氏は、伊勢平氏の一族である伊勢新九郎盛時(北条早雲)を祖とする関東の戦国大名

 

と言うことで、この家紋は「鎌倉北条氏」の家紋となるのですが、ここ大分県は、北条氏とは縁もゆかりも無いと思います。

 

何故、この龍雲寺に北条氏の家紋が付いた厨子があり、その中に「安部貞任」の像があるのか理解に苦しみます。

 

ひょっとしたら、この像は、「安部貞任」の像ではなく、「鎌倉北条氏」に縁のある武将の像なのかもしれません。

 


 

■天満社鬼神社(大分県大分市)

  この「天満社鬼神社」は、名前の通り、「天満社」と「鬼神社」が合体し、一つの神社となっています。

 

向かって左側が「鬼神社」で、右側が「天満社」となっています。

 

そして、御祭神ですが、「鬼神社」と言う事で、鬼を祀っているのかと思いきや、御祭神は「大巳貴命(おおなむじのみこと)」、つまり「大国主命」となっています。

 

  「天満社」」の方は、当然、御祭神は「菅原道真」です。

 

神社の由緒は、その由緒書によると次の通りです。

 

【 由緒 】

ときは南北朝の末世安部氏の末裔東方より来りこの地に住し邦拓きの神大巳貴命を産土神に祀り信仰す。

 

いくばくにして宗家に老媼あり。幼にして氣をやみ氏神に帰依し厚く神徳に浴す。

 

 

  長じて呪術を専らにしその名遠郷に聞え参ずるもの市の如し。

 

衆人皆畏む齢至りて白寿に達す。

 

老媼一夕偉を整へ板戸を塞ぎ神前に至る。家人大いに心痛す食なく祝詞すること四十余刻忽然息絶ゆ。

 

村人その面容の凄じきこと鬼人とはかくあらんかと噂しあいたりとぞ名門新太郎貞氏この老媼こそ神の化神ならんと敬して日ならずして傳来の鬼面を献ず。

 

後人これに做い繪馬鬼面を奉じ詣ずる者近郷より他国に及び神幸の厚きを皆嬉ぶ依って以後鬼神社と称す今まにまつわる社名及び繪馬鬼面これに由来する。

 

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これを、現代語に訳すと、次のような感じかと思います。

 

【 現代語訳 】

  時は、南北朝の末、安部氏の末裔が、東方よりこの地に来て大巳貴命を祀った神社を起こした。

 

この一族には老婆が居たが、小さい頃に精神を病んで氏神を篤く信仰するようになった。

 

さらに、この娘は、年を取ると呪術が得意となり、その名声は遠くまで聞こえるようになり、多くの人が集まるようになり、まるで、その様は「市場」のようだった。

 

この老婆は、皆が驚くほど長寿で、年を取り白寿(99歳)となった。

 

そして、ある日の夕方、老婆は身だしなみを整え、神社の出入り口を戸板で塞いで祈祷を始めた。

 

家族は、老婆が食事も摂らないので心配していると40刻(約20時間)過ぎた当たりで突然死んでしまった。

 

村人が、その凄まじい死に顔を見て、「鬼のような顔とは、このような顔の事を言うのだろう」と噂し始めた。それを聞いた新太郎貞氏は「この老婆こそ神の化身だ」として鬼の面を奉納した。

 

後の世では、この貞氏の真似をして鬼の面を奉納して詣でる者が、近隣の村や他国にまで及び、さらに、そのご利益が凄いので、それ以降は「鬼神社」と呼ばれるようになり、それが現在に至る社名と鬼絵馬に伝わっている。

 

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と言うのが、「鬼神社」に掲げられている由緒書の内容です。「安倍」が、「安部」と書かれているのが気になるところではあります。

 

  他方、神社に、このような由緒書が掲げられているにも関わらず、誰が言い出したのかは解りませんが、別の由緒もあるようですので、そちらも紹介します。

 

【 宗任の母親説 】

 

安倍宗任」の母は「新羅(しらぎ)」と言う名前だが、幼少時は「竜の乙女」と言う幼名だった。

 

宗任は、母の死後、祠を建てて祀った。

 

豪胆な「安倍宗任」であるが、母親の前に出ると別人のように大人しかったので、豊後の人々は、宗任の母親は、宗任よりも強い鬼神だと評判していた。

 

その宗任の母を祀った祠が、「鬼神社」の奥の院となっている。

 

また、「白木」と言う地名も、その起源は、宗任の母親「新羅」から付いたものであり。前述の雲龍寺の寺号も、その起源は、宗任の母親の幼名「竜の乙女」に因んで付けられたとされています。

 

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さらに、鬼神社に掲げられている由緒書に登場する「老婆」を、宗任の母親「新羅」に置き換えて紹介しているケースもあるようです。

 

  こちらも、「何がなんだか」状態になっているようです。

 

ちなみに、「鬼神社」は、明治10年頃までは、山の頂上に建立されていたそうですが、「頭痛に効く」事が有名となり参拝者が多いので、現在の地に遷座したそうです。

 

また、「鬼神社」の御神体は、元々は「御幣」だけだったそうですが、神社の拡張工事の際、木の根本から「土製の鬼面」が出土したので、これを御神体にしているそうです。

 

 

 

 

■「緒方三郎惟栄」の祖(竹田市/豊後大野市)

  平安時代末、豊後国大野郡緒方庄は、宇佐神宮の荘園であり、そこの荘官に「緒方三郎惟栄(これよし)」と言う人物が居ました。

 

この人物は、当初、「平重盛」と主従関係を結んでいましたが、「源 頼朝」の挙兵に際し、平家に反旗を翻し源氏方に付き、九州地方の地方豪族をまとめ、太宰府から平氏を追放しています。

 

その後、宇佐神宮平氏方に付いたので、これと対立し、宇佐神宮を焼き討ちにしたために、上野国流罪となるところでしたが、平氏追討の功により罪を許されて再び平氏と戦って功を上げたそうです。

 

ところが、「源 義経」と「源 頼朝」が対立した際には義経側に付き、義経と一緒に九州に渡ろうしたのですが嵐により失敗し、捕らえられて上野国流罪となっています。

 

その後、罪を赦されたのですが、再び豊後に戻ったとも、病死したとも伝えられており、最後は、その消息はわからないそうです。

 

そして、この「緒方三郎惟栄」に関しては、次のような伝説があるそうです。

 

【 竹田奇聞/大分県竹田市

  豊後に落ち着いた「安倍宗任」は、安倍家を再興するためには、地方豪族の娘を娶るのが得策と考え、万寿寺の住職に、嫁の斡旋を依頼したそうです。

 

その結果、緒方郷の豪族「四隠田大太夫」の娘で、30歳を超えても嫁がずにいた娘を見つけたそうです。

 

ところが、この娘は、「穴之森神」を信奉して良縁を望んでいたので、万寿寺の住職は、これを説得して、宗任に嫁がせたそうです。

 

そして生まれた男の子に「緒方郷」を与えたので、名を「緒方惟栄」とした。

 

【 大分の伝説/大分県豊後大野市

安倍宗任」は、土豪の大太夫に接近し、その娘の「花本」と結婚して「大弥太」と言う息子を授かったそうです。そして、その子孫が「緒方惟栄」となった。

 

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  さすがに、豊後国(現:大分県)は、「安倍宗任」の三男「季任(実任)」が住み着いて、「松浦水軍」として活躍した土地だけあり、「安倍伝説」が多く残っているようです。

 

また、豊後国以外の土地に関しても、「安倍宗任」の伝説が多く残っていると言う事は、日本全国において、いかに「安倍宗任」の人気が高かったのかを如実に物語っていると思われます。

 

文武両道に優れていたにも関わらず、囚われの身となり、都の貴族に馬鹿にされようとも、その才知により、見事に貴族を打ち負かす姿は、当時、および後世の武士に人気があるのも納得が行くものだと思われます。

 

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今回は、「奥州安倍氏の伝説 - 実は生き延びていた編」の第2回目として、次のような内容を紹介しましたが如何でしたか ?

 

 

安倍宗任」に関しては、最初に記載した通り、実際には、「前九年の役」では死んではいないので、前回分も含めて、数多くの伝説が残されています。

 

特に、最後に流された「豊後国(現:大分県)」には、多くの伝説が残されているようです。

 

しかし、逆に、最初に流された「伊予国(現:愛媛県)」には、伝説も、また何を行っていたのか等、全く記録が無いのが気になります。

 

ここまで数多くの伝説が残されている「安倍宗任」ですが、「伊予国」における記録が無いのは、意図的に、「安倍宗任」の記録が削除されたのではないかと疑ってしまいます。

 

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安倍宗任」を処刑せずに救った「源 頼義」は、賊軍討伐の恩賞として、正四位下「伊予守」に任ぜられていますので、「安倍宗任」と「源 頼義」は、ある期間一緒に「伊予国」で過ごしたと思われます。

 

記録では、「伊予守」任命後も、京都で家臣のために恩賞獲得に奔走しており、実際に伊予国に赴任したのは、任命された2年後となっていますので、「安倍宗任」と一緒に伊予国に居たのは、たった1年のようです。

 

安倍宗任」は、3年間、「伊予国」で暮らし、伊予国で力をつけてきた事を理由に「豊後国」に配流されてしまいますが、この3年間の記録は、恐らく「源 頼義」により消されてしまったのではないかと思われます。

 

ちなみに、「源 頼義」の長男「源 義家」は従五位下「出羽守」、次男「源 義綱」は「右衛門尉」に任ぜられているそうです。

 

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と言うことで、次回、3回目は、「安倍貞任」と「安倍宗任」以外、次の人物に関する伝説を紹介します。

 

→ 貞任の兄「安倍良宗」

 

→ 貞任の子「高星丸」

→ 貞任の娘「卯の花姫」、「貞姫」、「真砂姫」、白糸姫」

 

特に、「安倍貞任」に関しては、3名の子供が居たとされていますが、全て男の子であるにも関わらず、なぜが沢山の「姫」が存在したような状態になっています。

 

さっぱり訳が解りませんが、詳しくは次回で紹介したいと思います。

 

それでは次回も宜しくお願いします。

 

以上

 

 

画像・情報提供先】

Wikipedia(http://ja.wikipedia.org/)

・日本古典文学摘集(https://www.koten.net/tono/)

いわき市鹿島の極楽蜻蛉庵(https://blog.goo.ne.jp/ah8671)

・学校法人中村学園アーカイブ(http://www.nakamura-u.ac.jp/library/kaibara/archive05/)

国文学研究資料館(https://www.nijl.ac.jp/)

・近代書誌・近代画像データベース(http://base1.nijl.ac.jp/~kindai/index.html)

・はてノ鹽竈(https://blogs.yahoo.co.jp/mas_k2513)

・千時千一夜(https://blogs.yahoo.co.jp/tohnofurindo)

陸奥評林 - 国立国会図書館デジタルコレクション(http://dl.ndl.go.jp/)

七戸町ホームページ(http://www.town.shichinohe.lg.jp/index.html)

蓬田村ホームページ(http://www.vill.yomogita.lg.jp/index.html)

・秋田の昔話・伝説・世間話(http://namahage.is.akita-u.ac.jp/monogatari/)

・遠野文化研究センター(http://tonoculture.com/)